拷問!?

俺はこれから、人生で初めて拷問を受ける。


社員の中には仕事でヘマしたとか何とかでここで拷問されたやつもちらほらいるが、俺はなかなかに仕事ができたので今まで拷問される側になることはなかった。まあ当然ことはあるが。


相変わらず、会議室ここにはなんとも言えない厭な雰囲気が漂っている。

声が外に漏れにくいよう地下に設置されているため、妙に肌寒くて気味が悪い。

それにここは平然と拷問が行われている場所なので、当然、拷問にかけられた可哀想な奴らの飛び散った血や吐瀉物の臭いがわずかに残っている。

拷問側はマスクの着用を許されるが、この部屋では側に人権はない。当然、マスクをつけることは認められず、悪臭が漂う中拷問を受けるという最悪オブ最悪な体験をしなければならないのだ。


「ほぅら、キクチノ。今どんな気分だ?」

椅子に縛り付けられて身動きが取れない俺を見下ろしながら、社長がニヤニヤと笑っている。なんとも下卑た笑い方だった。今すぐ殺してやりたい、と思った。

「いや、どんな気分って聞かれましても…。」

まったく、なんでこんな奴が社長なんてやっているんだ。いよいよこの国も終わりである。

俺は椅子から数メートル離れたところに立っているツツジ先輩のほうをちらっと見た。

マスクをつけているため表情はよくわからないが、俺にはなんだか少し嫌そうな顔をしているように見えた。

嫌、というのは拷問をすることに対してだ。

日頃から慕ってくれている後輩を自らの手で拷問するのは、彼女としても本意ではないのだろう。


「今回は情報を吐かせることが目的じゃねえからな。自白用の拷問はしない。ただ痛めつけてお前の心を壊すだけだ。」


社長の言葉に、俺は小さく舌打ちをした。

ただ警察に突き出すだけなら、睡眠薬か何かで眠らせてその間に済ませればいいだけのことだ。それでもわざわざ拷問にかけるだなんて、どこまで行っても悪趣味な奴だ。


当たり前だが、俺としては拷問を受けたくない。

だって痛いもん。

俺はまだ不死身になったばかりの新人アンデッドなので詳しいことはよくわからないが、どうやら『命に関わる怪我以外は治らない』らしい。

つまり体をバラバラにされたり心臓を撃たれたりしたらもちろんそれは死に直結するので自動的に治るが、指を失ったりするだけの所謂死に直結しないような怪我は自動的には治らない。らしい。

不死身というのは前列が極めて少ないためマニュアルのようなものが一切ない。だから俺は体を張って探り探りで自分の状態を知るしかないのだ。

会社ここの連中がアンデッドについてどこまで知識があるのかはわからないが、拷問というくらいだからじわじわと絶妙に嫌な感じの痛めつけ方をしてくるんだろう。


最悪…。


思わず顔を顰めた。


「じゃあ、早速始めようか。」

社長の声に、今まで黙って俺を見つめていた社員たちがいそいそと準備を始めた。 


さて、どうするのが正解か。

まず拘束を解かなければいけない。

実は、俺は三十秒もあればこの縄を解くことができる。

だが、この状況で後ろ手でこそこそと縄を解くのはほとんど不可能だ。


別のことに注目を集めさせ、かつ時間を稼ぐ。


そのためには―――


小さく息を吐いて、自分に言い聞かせた。

俺は馬鹿だから、これくらいしか思いつかなかったんだ。しょうがない。今は、これ以上良い方法が思いつかない。だから、やるしかないんだ。


たとえ、想い人が目の前にいたとしても。


すぅーと息を大きく吸って、その全てを声に乗せた。


「いやだよぉ!!助けて!!!いやだ!死にたくないよぉぅ!!!痛いのやだああ!!!やめてよおおお!!!ママァああ!!たすけて!!ママー!!!」

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