帰社

「お久しぶりです。」


そう言って笑った俺を見て、皆絶句していた。


懐かしい、と思った。

ヤクザのような風貌の社長も、奇妙で物騒な社訓も、ここの殺伐とした空気も。なにより―――

「ツツジ先輩!」

俺は麗しき想い人の姿を見つけ、すぐに駆け寄った。

「キクチノ君久しぶり。少し遅かったね。」

先輩は他の社員と違って、俺がこの場にいることにあまり動じていないようだった。驚くほど無表情で、話し声には一切抑揚が無い。

先輩のこの冷たい感じ、そもそも先輩と会うこと自体がひどく久しぶりに思えて(まあ実際そうなのだが)言葉にできないくらい嬉しかった。


他の社員たちは皆作業の手を止めて、黙って俺を観察していた。まあそれもそうかと心の中で苦笑いをする。

死刑囚菊池野かがりが刑務所から脱走した、というニュースはおそらくもう大々的に報道されており、当然ここの社員たちも知っているだろう。

俺は、別にまたここで働かせてほしいと言いに来たわけじゃない。ただ、ツツジ先輩に会いたかっただけだ。



沈黙を破るように、社長が口を開いた。

「おい、キクチノ。」

年の割に嗄れた声で話すこの社長は、見た目も相まって、妙に威圧感のあるおっさんだった。

「はいなんでしょう」

くるりと社長の方へ体を向けた。

「社訓、まさか覚えてないとか言わねえだろうな。」

そう言って社長が壁に掛けられた社訓に視線を移したので、俺もそっちを見た。


我が社の社訓はこのようなものだ。

一、会社に迷惑をかけるな。ヘマしたら二度とここには来るな。

二、銃弾は一人一日五発まで。無駄使いは厳禁。これは仕事だ。

三、できるだけ死ぬな。後始末が面倒くさい。


馬鹿馬鹿しい、とつくづく思う。これは社訓というよりほとんど社長の愚痴だ。

多分社長は一番のことを言っているのだろう。

『ヘマしたら二度とここには来るな』

俺のやったことはヘマに値するらしい。まあしょうがない。目立つことがタブーに等しいこの会社で、死刑宣告されて全国的に名が知られている奴なんて、足手まといでしかない。会社としても、もう俺とは関わりたくないのだろう。

会社こっちは仕事でやったことならどうにかしてやれるんだ。でも、これはお前個人が勝手にやったことだ。もうどうもしてやれねえんだよ。」

社長がうんざりしたように言った。他の社員たちも、表情にこそ出していないものの、そうだそうだと静かに同調しているように見える。


「帰れ。今すぐ。」

そう言って社長は、いつどこから出したのかもわからない拳銃の銃口を俺に向けた。


やだなあ、なんでそんなこと…と言いかけて、言葉を止めた。

俺に向けられた銃口は、社長のものだけではなかった。

辺りを見回すと、が銃を構えていた。もちろん、俺の近くにいるツツジ先輩も。

なるほどな、と納得した。俺が会社ここに来たらこうしろと指示を受けていたのだろう。でも、こいつらは俺が死なないことは知っている。

なら、なぜ。


「キクチノ」

社長が下卑た笑みを浮かべながら言う。

「身体は不死身でも、心はそうじゃねえよな?こっちは。お前を連れ戻すためなら、なんだってしていいって言われてんだよ。殺さなければな。」

まあ死なねえか、と嘲笑うように吐き捨て、近くにいた社員に低い声で言った。

「あいつを会議室に連れていけ。」


この建物に会議室なんてものはない。

―――拷問部屋のことだ。


全く悪趣味な人たちだ。俺の心を死なせてその後に刑務所に突き出そうってことか。さっき「帰れ」と言っていたが、端から帰す気はなかったらしい。


今の俺は丸腰だ。それにここにはしかいない。戦闘になればいくら俺が不死身でも勝ち目はないだろう。


俺は大人しく、社員に連れて行かれることにした。


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