或る死刑囚の告白

「それでは、これが最後の質問になります。」

僕はそう言いながら、向こうの壁の掛け時計をちらっと見た。

面談終了まで、あと五分。

最近はコツを掴んだのか、面談を丁度いい時間で終わらせられるようになってきた。今日も良い感じだ。心のなかで小さくガッツポーズをする。


「あなたが今、一番後悔していることは何ですか?」

目の前の死刑囚の目を見つめ、ゆっくりと語りかけた。

彼はパチパチと軽く瞬きをし、さほど考える様子も無く、

「愛する人としばらく会えなくなってしまったことですかね。面会にも全く来てくれなくて悲しいです。」

と伏し目がちに言った。

愛する人、恋人だろうか。

しばらく、という表現にいささか違和感を感じたが、来世とかそういったスピリチュアルな意味かなのかと気づいて、彼は系の人なんだなと少し意外に感じただけで、さほど気に留めなかった。

「もし、その人ともう一度会えるとしたら、あなたは何をしますか?」

少し間を置いてから、僕は言った。もちろん、これは皮肉だ。 死刑判決を受けた者に「もう一度」などという甘えは許されない。

でも、別に悪意があるわけじゃない。純粋に、彼がどう答えるのか気になっただけだ。ほんの好奇心である。

?」

不思議そうに彼が言った。

彼は初め僕の質問を聞いてキョトンとしていたが、やがてみるみるうちに唇の端がつり上がっていった。本能的に、厭な気配を感じた。これは苦笑いでも、純粋な笑顔でも、困った笑顔でもない。



狂気――――



「会えるとしたらじゃなくて、」


何故だか分からないが、咄嗟に、彼を殺さなければ、と思った。それと同時に、もう無理だとも。

なにか、ひどく大きくて恐ろしいものを、彼は纏っていた。声を出したくても口すら動かない。

肺が圧迫されているんじゃないかと思うくらい、息がしづらかった。


「会うんだよ。」


そう言った彼の声は、ひどく遠くに聞こえたようにも思えるし、耳元で囁かれたようにも思えた。

よくわからないのは、意識が混濁しているからだろうか。

――何か、変なガスでも吸わされたのか。

彼を止めなければと思うのに、体が鉛のように重くて、動かせない。


突然、僕の視界から彼の姿が消えた。

と同時に、頭に震えるような強い衝撃を受けた。そしてようやく、ああ、彼がいなくなったんじゃなくて僕が倒れたのか、と理解した。冷たくて硬い床の感触。ズキズキと激しく痛む身体。

もうだめだ、と思った。



意識を手放す直前、どこか遠くで、地鳴りのような爆発音と人々の悲鳴が聞こえた―――気がした。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る