第9話 山の中の集落。

 母の実家は、新潟の山の中にある、小さな集落でした。

 夏休みになると、私のうちや、従姉妹たちの家族も集まって、大賑わいに。


 家はもちろん今風の家ではなく、茅葺かやぶきほど古くはないけれど、柱やはりが丸太でした。

 窓も、当時はまだサッシではなく、木枠の窓で、鍵もねじのように差して回すタイプのものでした。


 その家は母の弟である叔父が継いでいて、二歳下と、四歳下の双子の従兄弟がいました。

 うちのほかに、母の妹である叔母がやっぱり年下の従妹を二人連れてきていて、みんなで良く一緒に遊んだり、虫取りをしたり。

 ほかにも従姉妹はいたのですが、距離的に遠いところに住んでいたので、集まるのはだいたい同じメンツ。

 何度か行っていると、集落の子たちとも遊ぶようになったりして、本当に楽しい思い出が多くありました。


 ですが……。


 ほぼ、山。

 小さな集落の周りは、森。

 父親の実家も田舎ではありましたが、まだ町感まちかんがあると思うほどです。


 見たことがないほどデカいトンボやカエルがいたり、良くわからない虫がいたり……。

 あとは、蛇が普通にいるという……。


 山の斜面には、いくつかの穴が掘ってあり、むろとして使っていたようで、おばあちゃんに付いて見にいきましたが、穴へ行くのに草むらを通ると、たくさんの蛇がザザーッと逃げるように移動していくのが怖くて怖くて……。

 平然と歩いていくおばあちゃんのあとを、どうしても付いていくことができませんでした。


 集落には、小さな沢が何ヵ所かにあって、家から一番近い沢に魚を取りに行っていました。

 川をのぞき込んでいると、向かいの斜面でザザッと草を分ける音がして、顔を上げたら、蛇がカエルをパクリとやった瞬間を見てしまうとか、ツバメの巣を狙って、やたらデカい蛇が梁に巻き付いていたりとか……。

 自然の摂理というか、弱肉強食というか、そんな世界を目の当たりにする環境です。


 埼玉にも、川の土手などに蛇が出ることがありましたが、こっちが見つけに行かなければ、まず出会わない存在だったので、そこかしこにいらっしゃるのが怖くもあり、珍しくもあり……。

 全然慣れることはありませんでしたが、これも貴重な経験です。


 ある日のこと。

 小学校五年生のころだったと思います。

 母親と叔母、叔父さんの奥さん、おばあちゃんの四人が、台所でなにかをしていました。


 おやつを作っているのかも……?


 そう思った私は、すぐさまそこへ紛れ込みます。


「なにしてるの?」


 手もとをのぞき込む私に、叔母が言います。


「Y子とM子のおねしょが治らないから、アカガエルを食べさせようと思って」


 四人は手際よく、カエルの皮を剥いていました……。

 アカガエルを焼いて食べると、おねしょが治るというのです。

 剥いたカエルは、おばあちゃんが次々と焼いていきます。


「あんたも食べる~?」


 叔母は手もとから視線を外すことなく私に聞いてきますが、カエルなんて食べたいとも思いません。


「いらない」


「鶏肉みたいで美味しいのよ?」


 鶏肉みたいだろうがなんだろうが、カエルはカエルです。

 剥いちゃっているとこを見てしまった以上、食べろと言われても食べないでしょう。


「いい。いらない。私、おねしょしないもん!」


「Y子とM子にはカエルって言っちゃ駄目よ? 食べなくなっちゃうかもしれないから」


「……うん」


 確かに匂いだけは香ばしい良い匂い、見た目も鶏のもも肉みたいに見えると言えば見える。

 知らなければわからないのも事実。


 数分後、居間で五歳のY子と三歳のM子が、ニコニコと美味しそうにカエルを食べています。


(カエルなのに……)


 鶏肉だと騙されてカエル食べてるとか、可哀想と思いつつも、言えずに黙ってみていました。

 この年、出されたものに少しだけ警戒心を抱いたのは、言うまでもありません。

 見て知って、食べなくて良かったと、心から思った出来事でした。


 おねしょが治ったかというと、そうでもなかったようです。

 言い伝えは、しょせん、言い伝えでしかないのでしょう。

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