ひとりごはん

かこう

勇の場合

 むせかえるような蒸し暑い夏の朝。

 望月もちづきゆうは自宅であるアパートのキッチンで衣類の入れ替えならぬ和食器の入れ替えをしていた。

 どれも勇が収集したもので、実用的なものばかり。季節や料理に合わせて使えるよう、種類も豊富に揃えている。

 今は夏。床や調理台に置いてある木箱から、茶褐色をした素朴そぼくで力強い備前焼びぜんやき中皿ちゆうざら大皿おおざらを取り出してシンクに置き、代わりに春のあいだに使っていた朱塗しゆぬりの深皿ふかざらをもとの木箱へとしまう。

 勇にとっては一年に四度ある行事であり、楽しみだ。どの和食器もこだわりを持って選んだ大切なもので、どんな料理や食材を盛るかを考えるのも、和食器自体をじっくりとながめるのも楽しい。

 双子の弟は「じじい臭い」とからかってくるが、これっぽっちも気にしていない。

 そうやって夏に使う為の和食器を全てシンクに並べ、一つずつ水ですすいで水切り台に乗せていくと、インターホンが鳴った。

 リビングの壁に取りつけられたインターホンのモニターをのぞくと、さわやかそうな男性配送員から「お届けものです!」と笑顔で告げられた。

 「すぐ開けます」

 そう返事し、早足で玄関へと向かう。鍵とチェーンを外してから。相手を驚かせないようにゆっくりと玄関ドアを開けた。

 「暑い中、ありがとうございます」

 「いえいえ、名字だけでいいのでサインお願いします」

 「はいはい、ここですね」

 いいながら、勇は伝票のサイン用の空欄くうらんに渡されたボールペンで名字をさらさらと書き、真白く上品そうな包装紙で包まれた品物を受け取る。

 「それでは、失礼します」と立ち去る配達員に礼を伝え、ずっしりと重い品物を小脇に抱えてキッチンに戻る。

 「送ってきたんはじんか。お中元ちゆうげんやろうな」

 差出人の名前を見て、口元をほころばせた。

 「おれはハムの詰め合わせを送ったけど、あいつはなにを送ってくれたんやろうな」

 うれしそうに呟きつつ、双子の弟が送ってくれた品物の包装紙を破れないようにがしていく。

 包装紙の下から現れたのは高級そうな平たい木箱。ふたの部分には、〝手延麺てのべそうめん〟の文字と有名なブランドの名前が黒々くろぐろと刻印されていた。

 「あいつ、奮発ふんぱつしたな。お礼いうとこ」

 親しき仲にも礼儀れいぎあり。スマホのメッセージアプリを使い、仁にお中元が届いたことと感謝の言葉を伝えた。

 そうめんをどこに保管しようか考えていると、軽やかな電子音が鳴る。スマホの通知音だ。どうやら、仁から電話がかかってきたらしい。

 スマホを操作して通話を始める。

 「もしもし?」

 『ひさしぶり』

 「ひさしぶり。お中元ありがとうな。今届いたわ」

 『それはよかった。お前のお中元も届いたぜ。ありがとう』

 「おう。お前料理好きやし、ぴったりやと思うてな。喜んでもらえてよかったわ」

 『あんなええもんもらったら、誰だって喜ぶやろ』

 「それもそうか」

 それから世間話を少ししたあと、「それじゃあ」といって通話を切る。

 ふと時計を見ると、昼の十二時をすぎたばかりだった。

 「せっかくやし、そうめん食べるか」

 暑い日に食べる冷たいそうめんは格別に美味うまいに違いない。そういえば、冷蔵庫にきゅうりとトマトもあるので一緒に食べようか。

 調理台とシンクの上を片づけたあと、シンクで綺麗きれいに洗い、勇は二つの鍋に水をはってガスコンロで沸かす。その間に必要な調理器具と食材、そして今回の料理にぴったりな和食器を用意した。

 薬味ねぎを小口切りにして白磁はくじ小鉢こばちに盛ったら、洗ったきゅうりの両端のヘタを切り落とし、ガラスの皿にそのまま乗せる。きゅうりはまるかじりしたいからだ。

 鍋の水が沸騰ふつとうしたら、片方の鍋に十字の切れこみを入れたトマトを、もう片方の鍋には黒い帯で巻かれていたそうめんを三束を投入。

 ボウルに氷と水を入れて氷水を作ったのは、トマトの湯むきをする為。トマトは軽く湯通ししてから氷水で冷やすと、切れこみを入れたところからするっと皮がむけるようになる。

 であがったそうめんは一度、流水りゆうすいでもみ洗いする。そのあとで、たくさんの氷とともに備前焼の中皿に一口分ずつ丸めながら盛っていった。

 勇はそれほど料理をしないが、盛りつけだけはこだわる。例えスーパーで買ったおそうざいであっても、だ。

 仁も料理や盛りつけにこだわるので、周囲からは「さすがは双子」と呆れられている。まったく気にしていないが。

 皮をむいて四つ切りにしたトマトをきゅうりの横に並べ、薬味ねぎを盛った小鉢にすりしょうがを添えてめんつゆも準備する。全てを四人用のダイニングテーブルに運べば、贅沢ぜいたくな時間の始まりだ。

 薬味ねぎとすりしょうがをめんつゆに少しだけ入れ、絹糸のように白く細いそうめんを箸ですくい上げる。

 そうめんをめんつゆに漬けてすすると、ふわりとめんつゆのかつおだしとしょうゆ、薬味のねぎとしょうがの匂いが鼻を抜け、風味が舌に広がっていく。

 そうめんはつるりとしていてのどごしがとてもよく、今までに食べたものと違うのが分かる。

 そうめんは米と同じく、値段で味や質が違うそう、祖父がかつて話していたが本当だった。感動すら覚える。

 「うっまいなあ」

 吐息混じりに呟き、もう一口すする。

 次に箸をのばしたのはトマト。綺麗に皮がむけてキリリと冷たく、かすかにトマト特有の青臭みのある匂いと甘酸っぱい味がした。

 トマトを嫌う人は老若男女問わず多いが、勇と仁にとっては好きな野菜の一つだ。夏に食べると、スイカのように夏を感じられるからだろうか。

 ……野菜の美味さと和食器のよさを教えてくれたのは祖父じいさんだったな。

 祖父との思い出がよみがえる。厳しいところもあったが、美味しいものを食べるのと和食器が好きな好々爺こうこうやだった。

 ふ、と笑みをこぼし、祖父がかつてそうしていたようにきゅうりをかじる。

 バリボリとみずみずしいきゅうりの食感と味を楽しんだあと、そうめんをすくい取る。

 暑い日は食欲が落ちがちだが、そうめんなら調理が簡単な上にするすると食べられる。仁はそこまで考えて選んでくれたのだろう。

 「美味いやろ」と笑う仁の顔が目に浮かんだ。

 「最高に美味いそうめんやわ」

 大好きな和食器、冷たくて美味しいそうめん、祖父との思い出がある夏野菜。

 それらがもたらしてくれた満足感と清涼感に浸りながら、勇はそうめんときゅうり、トマトを食べていく。

 最後の一口を食し、深く息を吐いた。

 ……本当に贅沢な時間やったわ。

 「ごちそうさまでした」

 箸を置き、両手を合わせる。

 それから、勇は使ったものを片づけ、入れ替え作業の続きを再開した。

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