第二話 接敵

 リリアが呟いたその音を、カルマは理解せずに聞き流す。だがリリアはカルマの非協力的な態度を見抜いていた。彼女の声が再び微かないら立ちを孕んでいく。

 「貴方が今の今までこんな強大な力を隠し通していたのは、受動的な概念能力の発動すらしてこなかったからのはずよ。だとすればここ最近、何かあったはず。話してくれないかしら」

 見抜かれている。見た目以上に敏い女性だ。

 「……僕が力を使ったのは高校入学前だ」

 「なにをしたの?」

 「猫を助けた。悪童どもに虐められていたからな、子供たちの近くの遊具を破壊した。衝動的だったから、どのように力を使ったかもわかっていない」

 彼の言葉を胡乱気に捕らえるリリア。だがカルマからはこれ以上の言葉は出ない。 


 否、これ以上は悟らせない。たとえ何があったとしてもカルマの「過去」には触れさせない。


 カルマが頑として声を出さないのを抵抗と悟ったか、リリアはそれ以上踏み込む事無く話を逸らした。リリアが静かな声を取り戻し、喫茶店に平和が訪れる。

 「……今はそういうことにしておきましょうか。それで今後の事なんだけど」

 「まて、もう一つ明確にしたいことがある。君の行動理念と、君の最終目標だ」

 「二つじゃないの。まぁいいわ、貴方は頑固そうだし、私も腹を割って話してあげる」

 カルマの言葉にリリアが己の高校指定バックからケースを取り出した。細くて長い指が金属ケースを動かし、出てきたのは名刺。「アテナ」と何らかの住所が書いてあるシンプルなもので、リリアは静かにそれをカルマの前に押し出す。

 「……いいのか?神格継承の対象をがっつり記しているみたいだが」

 「いいのよ、対等に並ぶためにはこちらもある程度の情報開示が必要でしょ?」

 それはそうだが。カルマは目の前に滑ってきた名刺を拾い上げる。彼女の言葉通り、リリアはギリシャ神話の勝利の女神アテナを継承しているのだろう。

 となると、リリアがカルマを殺せないというのもよく判る話で。アテナはギリシャ神話でも主要な立ち回りをする女神だが、その逸話は血にまみれている。

 (アテナは技術や都市の守り神といった一面と、戦いの女神という側面を持つ)

 カルマが「戦争」を継承しているならば、リリアとの相性は最悪だ。カルマは知りうる知識でアテナの事を空想する。

 アテナは様々な武具を持ち貨幣や技術をもたらしたギリシャ神話の女神。だが同時に武神であり、様々な戦争の引き金になった逸話も持つ。トロイア戦争は有名な話で、伝説ではギリシャ側についたアテナはギリシャの勝利に助力したとも。

 もしリリアが普通に戦ったならば、勝てる存在はまずいない。カルマを除いて、だが。

 「私たちは『フォークロア』て呼ばれる民間機関に所属するエージェントよ。基本的には継承者の力を制御する方法を教えてたり、場合によってはその力を捨てさせる事もしている」

 「場合によっては、ということは基本的に穏便にことを済ますわけか」

 カルマの声にリリアが静かに頷いた。頷いて、彼女は己のカップに注がれていたコーヒーを最後まで口に含む。

 苦々しい黒を呑み干した彼女は苦笑いしながら言葉を続けた。

 「ま、武力行使することもままあるんだけどね。国が関与している機関だから、たとえ死者が出ても隠ぺいとか融通はしてくれる。貴方は協力的だから、貴方の継承した『戦争』を放棄するように私は進言したい」

 一つ目の疑問、彼女の行動理念。

 彼女が所属するフォークロアと呼ばれる機関からの指示、ということか。

 「私の考える最終目標だけど。君を襲う組織は多く存在する。理由は分かる?」

 「……僕は戦争を宿した故に、戦争での切り札と化すわけか」

 「ご明察、察しがいいわね。貴方は核兵器よりもずっと価値のある戦略兵器よ」

 有り体に言ってしまえば「人間兵器」。しかも戦争という悪意が荒ぶ中では不死身というおまけつきだ。無理やりにでもカルマを捕らえて利用することを考える存在は多いだろう。

 「だからこそ、軽真カルマという高校生が日常を歩めるよう私は目標を立てたい」

 「最終目標は日常を歩むことか。……素敵だな」

 皮肉でも何でもない、平素な感想。これでリリアの最終目標も把握できた。となると、彼女が言いかけた事柄に話を進めていいだろう。

 「ありがとう。今後のことについて話を進めてくれ」

 カルマの言葉にリリアは静かに頷いて、そして小さく口を開いて。──瞬間、彼女が立ち上がる。厳しい顔で喫茶店の入口に振り返るった彼女の視線を追うと。

 暗くなってきた二月の夕暮れから数人の男が入ってきていた。ただならぬ威圧感にカルマは厄介事が舞い込んだのだと把握する。

 「お邪魔いたしますよ。白百合リリアさんに、軽真カルマくん」

 その卑屈な声は、入ってきた三人のなかで中央に立つやせ細った男から発せられた。

 ぼさぼさとした頭髪にカルマよりも頭一つ小さい痩身。横の屈強なスーツの男と比較すると、より卑屈な声の男の小ささが際立つ。

 「あら、私たちファンボを募った覚えはないんだけれども」

 警戒しつつもリリアが冗句を飛ばす。その声に笑いながら痩身の男が肩を竦めた。

 「まぁそう仰らないでくださいよ、白百合さん。是非是非、私たちにもカルマくんの恩恵に一枚かませていただきたく思いましてね」

 カルマの同意を得ずに話を進める痩身の男。カルマは嘆息しつつ、黙って成り行きを見守ることにした。それに、カルマは自然と感じ取っていた。

 (この場で一番強いのはリリアじゃない、痩身の男だ)

 どういう原理か、この期に及んでこの場にいる全員の力量が手にとるようにわかるようになっていた。この感覚を基にするならば、痩身の男はまるで蛇のような狡猾さと忍耐強さを持ち合わせた神を宿している。

 リリの正直で感情的な感覚から察するに、アテナと相性が悪そうな印象をカルマは受けた。

 (リリアは正面切って戦う神を宿している。おそらく正面切っての戦いならばかなり強いだろうけど……。痩身の男は何か仕組んでる)

 そこまで考えて、カルマはリリアに助言するかどうか迷った。

 彼女が痩身の男たちに注意を向けている最中に、カルマのような戦闘素人が声をかけて気をそらせたくない。 

 というわけで。カルマは自然な状況でカルマも事態に関与する方策を取った。

 手を握り自然に開く。そして開いた手には、映画で見たことがある形のけん銃。

 「動くな、みんな」

 その一言を発したカルマへ、全員が視線を向ける。その視線の先で待っていたカルマは自然と、己の戦争が生み出す力で生成したけん銃を己のこめかみに押し当てていた。

 「ちょ!?」

 「おや」

 リリアが慌て、痩身の男が目を見開く。少なくともこの場の注意をカルマが引き受けることに成功した。となると、次に始めるのはリリアへの警句だ。

 「なにを企んでいるか知らないが、彼女や僕に手を出すつもりならば、僕は死ぬ」

 体が動く。けん銃のハンマーを親指で引き上げて、引き金に指を押し当てた。これでいつでも死ねるポージングはできた。それを見た誰もが一言も声を出せなくなる。

 やがて十数秒の沈黙を破ったのは、痩身の男だった。

 「先程のお話、聞かせていただきました。ありとあらゆる戦争を継承したからこそ、あなたはその手に拳銃を生み出せる。素晴らしい能力だ、そう思いませんか?」

 「僕は自分の力の是非を、自分で決めるつもりはないな」

 「それが勿体ないのですよ。貴方の力をちゃんと使えば、一の悪を挫くことで百でも千でも、いくらでも無辜の命を救える。そのような利用法を貴方は放棄すると言っている、惨たらしい言葉だと私は思いますが?」

 痩身の男の声は引き延ばしの一手。カルマは引き金に掛けた指の力を強めた。

 「繰り返すけど、僕は力の是非を自分で決める気はない。だからこそ貴方とは相いれない」

 カルマがそういいつつ、リリアをちらりと見た。

 緊張した面持ちでカルマを見つめる彼女はそれでも、カルマの声に頷き何も言葉を発さない。カルマの考えを理解したのだろう、リリアはカルマの行為を咎めることなく見守る。

 痩身の男は交渉に失敗したとみるや舌打ちして両脇の男に目配せした

 。退く気は全くないようで、巨躯の男たちがカルマとリリアが座る席へと近づこうとする。この男たちもリリアと互角程度の実力を持っている。二対一となると、リリアは些か分が悪い。

 (止まらないか。……まるで戦争だ)

 互いが互いの正義を盲信しているが故の、狂気。今この喫茶店で繰り広げられているのはまさに戦争の縮図。

 だとするならば、先程の「誰が強いか」という言葉に訂正を引く必要がある。

 (仕方ない、のかな)

 カルマが目を閉じた。そしてゆっくりと眼を開ける。

 この場が戦場だというならば、この場を支配するのは「戦争」という概念そのものだ。

 

 「動くな」

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