第一話 継承談義

 継承者というのは大まかに三つの分類がある。

 喫茶店での談義を始めたリリアの前で、カルマは彼女の宣いを聞いていた。落ち着いた綺麗な声に似つかわしくない、胡散臭い陰謀論者の言説がすらすらとカルマへ聞き与えられる。


 「一つ、神格の継承者。いわゆる神憑きね。宿した神様の伝説通りの力を振るうことができる。二つ、伝承の継承者。例えば狼男、吸血鬼とか。神格の継承者よりは弱いしありふれてるけど、当然普通の人には勝つ見込みはない。そして三つ、概念の継承者。神話に伝わる様々な概念を体に宿す存在で、能力はピンキリ。貴方は当然、ピンの概念継承者よ」


 人を芸人のように呼ばないで欲しいな。カルマはそう思いつつリリアを見つめる。

 モデルにしてはふくよかな彼女は、有り体に言ってしまえば戦う肉付きの良さ。日本でも有数と思しき美貌と対面し、学内一と謳われる肢体がカルマを見つめれられてなお、カルマの心は少しも晴れなかった。


 ──いや、カルマの心が晴れたことなど一度もない。その心は生まれた時から鉄と血の味で覆われている。鉄血の心境を洗い流すことすら、カルマは諦めていた。


 にこやかに微笑むカルマを話を聞き続ける態度と理解したのだろう、リリアは金銭を代償に提供されたホットコーヒーに口をつけ、三つの継承者に解説を挟んでいく。

 「神格の継承者は国家に登録されている数だけで日本に数百人いるわ。日本の神様を体内に宿した人が多いけど、私みたいに親がルーツを持つ国の神様を体内に宿す人もいる」

 「君の身体に宿る神様は誰なんだ?」

 「もうちょっと待って。ちゃんと順を追ってお話してるから」

 カルマが意識してせっかちな質問を投げると、リリアが少し苛立たし気に声を立てる。今は彼女を怒らせない方がよさそうだ、カルマはそう判断してそれ以上口を開かず耳を傾ける。

 「神格継承者は宿した神の伝承を知れば知るほど己のことを強くできるの。で、ここが重要なんだけど。神格継承者は基本的に最強の存在なの。だって、神様に殺せないものはないから」

 「それはおかしい。神にだって殺せないものはあるはずだ」

 つい口を挟んでしまったが、カルマの意見は間違ってないはず。古今東西関係なく、様々な伝承で神が殺せない存在を示している。だがリリアは緩く首を横に振ってこう話を続けた。

 「そうね、伝説の中では神様が手を付けられない存在は一定数いる。だからカルマくんが云っていることはある程度正しい。でも、そんな天敵を今の人類が継承することは滅多にないわ」

 なるほど、カルマはリリアが言わんとしている部分をようやく把握した。

 「つまり、今の時代ではほぼ敵なしといったところか。誰と争うかは、ともかくとして」

 「理解が早くて助かるわ。だけど当然、貴方みたいな例外はいるけど」

 例外、か。カルマ自身、例外たるゆえんは感じ取っていたが今はリリアの解説を促すのみ。

 「話を戻すわね。伝承継承者は最も見ることが多い継承者で、たいていはやばい伝承を体に宿してしまっていることが多いわ」

 さっき言った人狼や吸血鬼の事だろう。満月の旅に狼男に変貌したり血液を求めて夜闇を飛び回る存在は確かに「やばい伝承」と云って差し支えない。

 が、カルマには疑問が一つ。

 「なぁ。人狼にしろ吸血鬼にしろ、有名になったのは近代の小説や娯楽が元なんじゃないか?だとすればそれは伝承とは言えないと思うんだが」

 「カルマくん、じゃああなたは今の世界に狼男はいないと思う?」

 「いない」

 「でも、それを信じるに足る証明はあるかしら?」

 「ない」 

 なるほど。リリアの誘導にカルマは感心した心持ちで頷いた。

 リリアは話を進めるのが上手い。カルマの理解力でも十分に推察できる。

 「そういうことか。伝承というのはかねてより伝承継承者が紡いできた己らの歴史、そういうことで間違いないか」

 「そうよ。もし鶏が先か卵が先かというのなら、伝承継承者の発生が始まりで小説家の作り話が後。そこを勘違いして笑い話にする人多いけど、実際日本でも西洋から伝わった伝承を継承する人は多いわ」

 リリアの言葉にカルマは唸るしかない。様々な創作の下になった存在が継承者と呼ばれる胡散臭い存在だとはにわかに信じられない。実際、目にしたことがないのだから実感がない。

 だがカルマは目前で微笑む少女から感じ取る何かを信じて、席を立つことはない。話がどれだけ胡散臭くても、カルマの心を焼き払い続ける戦火を消す妙薬を、彼女が持っているのかもしれないと信じて。

 「で、最後に概念継承者。これはめったに現れないけど、大抵は何でもない神話の概念を宿してることが多いわ。もちろん厄介な概念を継承してることもあるけど、対処療法は可能だわ」

 「例えば?」

 「昼と夜の概念とかは、昼夜逆転の生活を送らないように指導したり」

 「……羨ましいな、遅刻がなさそうだ」

 少し茶化したつもりだが、概念継承の説明に入ってからリリアは余計に顔が険しくなった。彼女の云わんとすることは判る、茶化すことができないほどの災厄をカルマは秘めている。

 「……僕はその中でも最悪の概念を継承したんだな」

 「そうね。しかも、場合によっては世界を滅ぼすほどの力をあなたは秘めている」

 リリアがコーヒーを口に含む。カルマも静かに薄めのコーヒーで口を湿らせた。

 少しの間訪れた沈黙の間、カルマはリリアの話を待った。彼女は真剣に悩んだそぶりを見せるが、それでも話の筋を逸らすことなくカルマの目を見て言葉を注ぐ。

 「戦争の概念。これを継承したのは貴方が最初よ。当然、私たちが所属する機関は貴方を最後の戦争継承者にするために努力するけど」

 「哂えないな、僕を殺すつもりか?」

 「本来なら、出来たならそうした。だけど君を見て分かった。君は、殺せない」

 どういうことだろうか。カルマは小さく息を吐いて再び彼女の話の続きを待つ。

 だが待っている間にもリリアはまた何かを悩む様子を見せて。やおら、己の手元にあるケーキフォークを手中に収めた。黙って見つめていたカルマの目を、再度見つめなおして。

 リリアが突然、遮二無二カルマの手の甲にケーキフォークを突き立てようとする。反応すらできない、まるで数倍速のコマ送りのような速度でカルマの手の甲にフォークが突き立つ。

 ──はずだった。リリアが突き立てたケーキフォークはまるで蒸発するかのようにリリアの手の内で霧散していく。カルマの手の甲には疵一つ付いてないどころか、フォークが触った感触すら感じなかった。

 「……命を賭した甲斐があったわ」

 「どういうことだ?」

 「君はつい最近まで戦争という概念の力を借りたことがないはず。戦争概念の継承はとうに済んでいたのに、君の虫すら踏みたくない温厚な性格が世界への発覚を遅くした。喜ばしいことだけど、ね。実は今の行動は私の考えを証明してみただけなんだけど、生きててよかったわ」

 「それは理解した。君が命を懸けてまで証明した部分はなんだ?ケーキフォークを今から弁償しなきゃいけないんだ」

 些末を気にするカルマにリリアは苛立たし気に睨みつけた。だがカルマが心底本気なのに気が付いたのだろう、ため息をついて大仰に肩を竦める。

 「戦争、って概念化するとなんだと思う?」

 「……哲学の授業みたいだな。だが簡単に言えば、暴力が支配し死が席巻する空間や行為、その集合体だと僕は思う」

 「そういうことよ。そして戦争は神をも殺す。ラグナロクなんか特にそれで、神々は様々な存在との戦争で死に絶えた。──私が証明したのは簡単よ、貴方に害意をもって傷つけることはできない。貴方の身体は戦争概念が支配してるから、並大抵の暴力じゃ疵ひとつ負わない」

 リリア曰く、これは戦争という結界がカルマの体を守っている。カルマにとっては皮肉にしか聞こえないその言葉がしかし、カルマの理解を加速させていく。

 「戦争は人間がくみ上げた暴力の叡智を披露する場よ。となると、私が切った張ったの剣戟をこの場で貴方に繰り広げたとして、貴方が体に宿す戦争がダメージを負うかしら」

 「……僕の理解が君の推測通りの理解ならば、無理だな。剣と名誉の戦争は昔に滅んだ」

 「そういうこと。貴方が宿した概念が『戦争』なら神話から現代までの武器を網羅してる、悪意をもって殺そうとしても時間の無駄、ということになるわね」

 つまり神代に使われた伝説の武器や殺し方、そして現代戦争で使われる多岐化した兵器群やそれを用いた戦術・戦略による殺害すらカルマには通用しないことになる。

 「ああもう、単一の戦争を概念として継承してたならこんな厄介なことにはならなかったわね。ケーキフォークすら突き立てられないなら、私の推測はほぼ正しい」

 「……僕は人の悪意じゃ死ねないってことか。人の悪意の集合体、その極地のせいで」

 「皮肉よね。流石にあなたが可哀そうになってくるわ。でもこれだけじゃないし、貴方はまだ戦争という概念を受動的に利用しているだけに過ぎないわ」

 リリアの豊満な胸元が大きく膨らんで、ため息とともに上下する。カルマは静かにコーヒーを口に入れて、嚥下するだけの作業に従事している。

 「その先を、僕は知らないししりたくもないな」

 カルマが静かに零したその言葉を、リリアはじっと彼の顔を見つめて。


 「嘘ね、まず間違いなく」

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