ようこそ死んで、戦争概念継承者

@idkwir419202

序 放課後

 人生において絶対的に必要なものは平和だ、軽真カルマはそう思っている。

 カルマのことを説明しておこう。平凡な高校一年生、学校の中では真面目な部類。身長が少し高いが、それだけ。特筆する身体的特徴や容姿の特徴を持たない、目立たない生徒。

 彼は静かに眼鏡を押し上げて授業を受け続ける。だがそこにクラスメイトの姿はまばらだ。

 今日は全学年が自由登校の日。高校時代最後のビックイベント、大学試験がそこかしこにある大学で開催されている。一年生たちは学外模試を受けるか学校で試験に関する授業を受けるか、自由に選択して授業を受ける。

 だが他の生徒たちは体よく学外試験を選び、どこかに遊びに行くと宣っていた。それを狡だと影で囁くものもまた、少なくなかった。

 カルマにとってはどうでもよく、取り立てて騒ぎ立てる事柄でない。ただ先生の目を盗んでサボることに関して、殊更に頭がいいとカルマは感心していた。

 先の通りカルマにはどうでもいいこと。というわけで、今日は数人の生徒と共にいつもの教室で大学試験に出題した問題を解き明かしている。今は歴史の授業、正確には世界史。

 「……というわけで、人間の歴史は戦争の歴史だと言い換えることができる」

 教師の言葉を聞きつつ、カルマは微笑みながら己のノートを見た。理路整然と記された様々な文字が、彼が真面目な生徒だと内外に示す。それがいいこととは、カルマは思わないが。

 「現代も続く戦争という災禍をもたらさないためにも、我々は学び続けなければいけないんだ。歴史を省みることによって、我々は明日を歩める。──というわけで、この問題の選択肢はC。どうだ?解けたやついるか?」

 教師の言葉にカルマだけが手を上げる。その挙手に満足げに首を縦に振った教師が腕にはめた時計をちらりと見た。しきりに時間を気にしていた教師がようやく息をつく。

 「……もうこんな時間か。今日はここまで、今度の歴史の授業までに丸付けしてきてくれ」

 ちらりとカルマを見た教師の言葉が終わると同時、終礼のチャイムが鳴り響く。その音に教師もいそいそと教卓から資料を纏め、足早に教室を出ていった。

 「カルマくん、ごめん!あの先生背が高いから、私たちじゃ黒板の文字消せないんだ。消しておいてくれる?」

 まとまって席に着いていた女子生徒の一人が声をかけてくる。その声にカルマは微笑んで頷き返し、立ち上がって黒板へと向かった。女子生徒たちはにこやかに談笑しながら、また足早に教室を後にする。

 一瞬で静かになった教室。消えていく文字、儚い知識の線形を拭いながら、カルマは静かに目を閉じた。赤い血潮が瞼の中で流れる。いつものことだ、怒りも疑念もわいてこない。

 人生において必要なのは、平和だ。それを乱す存在をカルマは快く思わない。

 そう、例えば。

 「……どうしたの?カルマくん」

 聞き慣れない女性の声。綺麗なミドルトーンの声に目を開けたカルマが前入り口を見る。


 そこには、カルマにとって歓迎したくない人生の闖入者が立っていた。


 「軽真かるまカルマ……。ねえ、この名前本当にご両親がつけた名前かしら?業が深すぎて聞いただけで人が死んじゃいそう」

 「名乗りもしないで僕のことを非難しないで欲しいな。あまつさえ二親さえ侮辱するなら、僕は黙っていないぞ」

 カルマの言葉にしかし、女子生徒は微笑んだまま逆光の向こう側で立っている。カルマにはわかる。この女、カルマの人生に立ち入ってくるタイプの闖入者だ。

 ため息を吐きつつも微笑みを崩さないカルマ。そんな彼に名前すら名乗らない女子生徒は、同じような微笑みを口に湛えたままカルマに手を伸ばした。その手には温もりが。そして彼女の短いスカートが履かれている腰には。

 黄金色に輝く、西洋のロングソード。

 「……コスプレ部か?」

 「ご名答。なんていうはずないでしょ」

 女子生徒のその返答をカルマは気に入った。つまりコスプレ以外の理由でロングソードを腰に佩いていることになる。となると理由は習い事か、あるいは。

 「俺を殺しに来たのか?」

 「そうだと言って、貴方を殺せるかしら。私が、出来ると思うのかしら?」

 「不思議な問答だな。君は僕よりずっと強そうだし、出来るんじゃないか?」

 雰囲気でわかる、武道をやったことないカルマよりずっと目の前の女子生徒は強いだろう。

 だが実際問題、聞かれたことを彼女がやるかどうかは別問題。彼女は西日の中で動かないまま、剣に手を触れようとすらしない。殺意すら彼女から感じ取ることができない。

 そしてやおら、彼女はカルマの言葉に苦笑しながら頭を振った。

 「私には無理。怪しい話の続きはここじゃないどこかにしないかしら?」

 「というと?」

 「ここで話し続けても、そして話の続きを聞かせても。貴方は不審がって聞く耳を持たないと思うから。空いてる喫茶店でも行って、落ち着いて私の話を聞いてくれない?」

 女子生徒が静かに教室に入ってくる。──ようやく、彼女の容姿の全貌がカルマにも理解できた。

 有名な女子生徒だ。透き通った金髪に絶世の美貌。モデルのような立ち姿の彼女の名前は。

 「白百合リリア」

 「あら、貴方のような朴念仁タイプも私のことを知ってるのね。有名人過ぎた?」

 「まぁな。それで、君はいつから武道の求道者になったんだ?」

 「生まれた時から、よ。私には加護があるの。でもそれは君も一緒じゃないかしら?」

 「……」

 応えず、明言せず。カルマは平和が好きだ、だから腰に剣を佩いた女の言葉を聞きたくない。

 だがリリアは静かにカルマの手に触れて、冷え切った冬の手を両手でさすった。彼女の温もりが、死人のようなカルマの手に人のぬくもりを思い出させる。


 「私は継承者って呼ばれる存在よ。聞いたことないかしら?」


 「……胡散臭い動画投稿者のシンパか?」

 「そのシンパを作り出す言説の、張本人よ」

 カルマも聞いたことがある。様々な神話伝説の存在の因子を体内に宿した、超人すらゆうに超える伝説の具現化。具体的な理由は不明だが、長剣を佩く女子高生など聞いたことがない。

 だとするならば、彼女の不可思議な言説を疑う理由はない。否、疑う気も起きない。

 「なるほど、そこに関しては疑う余地はないな。だが君が平凡な僕に何の用だ」

 疑うべきはここ。カルマに関して何らかの情報を握っている彼女の真意をカルマは勘ぐる。それはきっと、カルマにとっての防衛本能だったのだろう。だが彼女は、そんなカルマの疑念に抗弁することなく静かに微笑んで。


 「貴方も継承者よ、飛び切りの厄を背負った、ね。そう思わないかしら?戦争の継承者さん」


 こうしてカルマの平和は終わりを告げた。己を偽り続けたカルマはついに自身の境遇と向き合うことになる。

 目を閉じると広がる、己の心を荒ぶ無数の「戦争」と。


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