姿なきハンター

 浮遊クラゲの体液によって浮かび上がった鳥のシルエットは、まるでサギのように細く長い首とくちばしを持っていた。



 まさか、狩猟中に乱入者が現れるとは思っていなかった。向こうもこちらに気づいたに違いない。首を上下に動かしながら、ゆったりと近づいて来る。



「ニコラ! 僕の背後に回って! 電気銃は僕が持つ。背中は任せた!」



 ニコラが背中に回り込むと、ドローンにつけた電気銃をそっと僕に渡す。その間にも透明サギは徐々に近づいてくる。向こうは透明化という利点を失っているが、それでも僕らの二倍の大きさがある。あの鋭いくちばしで突かれたら致命傷になる。



 鋭いくちばしが襲って来るが、ニコラがシールドを展開して防ぐ。こいつにも弱点があるはずだ。だが、初めて出会った生物の急所を探す時間はなさそうだ。



「こいつの弱点を特定するのに、どれくらいの時間がかかる?」



 僕は腕に装着したデバイスに向かって叫ぶ。ローランの答えは「不明です」だった。



 弱点を探すのは諦めるしかない。では、この場を離脱するには? どうにかして宇宙船まで戻りたい。透明サギの飛行速度は未知数だけれど、宇宙船より速いとは考えにくい。



「ニコラ、そのままシールドを展開していて! 僕が囮になる!」



 僕が近くの森に向かって走り出すと、やはりこっちを追って来た。ニコラのシールドには敵わないと考えたに違いない。一本の大木に寄りかかると、透明サギが鋭いくちばしで襲いくる! その直前にしゃがみ込むと、細いくちばしは大木に突き刺さる。これでしばらく動きが取れないはずだ。



「ニコラ、宇宙船のエンジンをつけて! 今からそっちに行く!」



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「それにしても、危機一髪だったよ。結局、食料は浮遊クラゲ一匹分か」



「レオン、未知の生物の襲来があったのです、上出来でしょう。それとレオンの機転がなければ三人とも鋭いくちばしに刺されて死んでいました。さすがです」



「ローラン、ありがとう。別の機会に浮遊クラゲを狩ろう。弱点も分かったから、次からは効率的に狩れる」



「これで食糧難は解決しました。次は海中に水没した都市の探索ですね。ロングアイランドはどうでしょうか。あそこは航空産業で栄えていました。候補地の一つかと」



「この辺りの地理には詳しくないけれど、ローランが言うんだ、そこにしよう」



「では、宇宙船の目的地をロングアイランドに設定します」



 僕が「しばらく寝るから、あとはよろしく」と呟くと、ニコラが小さく頷いた。



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 僕が目覚めると、すっかり朝だった。



「レオン、おはようございます。現在、ロングアイランド跡地の上空です」とローラン。



「了解。パワードスーツを着ているから、いつでも出発できる。ニコラ、充電は完了しているかい?」



「もちろんです」



「それじゃあ、水中都市の探検に行こうか。宇宙船を修理できるパーツが見つかるといいけれど」



「私がドローンで安全を確認します」



 ニコラはそう言うと、両腕からドローンを発射する。黒いそれはオーシャンブルーとは正反対に重たい色だった。



「それで、結果はどうだい?」



「以上なしです。安全を確認しました」



「オーケー。ローラン、今から海中に向かうから、宇宙船に置いていくよ。圧に耐えられる設計にはなってないからね」



「そうしてください。無事の帰還をお待ちしています」



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 いざ、海中に潜ると、改めて水陸逆転の現実を突きつけられた。海面から覗いただけでも、海底から水没したビル群がよく見える。僕が人差し指で耳を指すと、ニコラは頷いた。



「こちら、レオン。感度はどうかな」



「よく聞こえます」



「浮遊物に気をつけて、海底まで降りようか」



「了解です」



 そう会話している間にも海中を漂うプラスチックや廃棄物が視界を遮る。都市が丸ごと海に沈んだのだから、その拍子に浮かび上がって来たのだろう。



「先導を頼んだ」



 パワードスーツにプロペラをつけているとはいえ、あくまで補助だ。アンドロイドのニコラの力を借りるのがベストだろう。カーボンナノチューブ製のロープがしっかりと僕とニコラを結びつけているのを確認する。カーボンナノチューブは軽量でありながら、密度はダイヤモンドに匹敵する。そう簡単に切れることはないだろう。



「どこに向かって潜りましょうか」



「検討はつけてあるんだ。ロングアイランドの中央……つまり、今の海の中央に大規模な航空設備があったのが分かっている。そこに行けば、何かしらのパーツは見つかるんじゃないかな」



「では、参りましょうか」



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 海中を進むと見えて来たビル群はどこか懐かしさを感じる。それは久しぶりに人工物を見たからかもしれない。ビルは水圧や海水の侵食でコンクリートが壊れて、剥き出しの鉄骨が錆びついている。無機質で生命の存在は感じられない。



 一方で、ビルの物陰は小型の魚には絶好の隠れ家らしい。ビルに付着したサンゴの周りを魚の群れが泳いでいる。僕が通ると危険を察知したのか、散って逃げていく。



 太陽の光が届かないくらい深く潜ると、静けさと孤独感が襲って来た。大丈夫、僕にはニコラがいる。



 ニコラが再び手元の索敵ドローンを射出すると、ボコっと泡が出て静けさを破る。たまに聞こえるこの音がなければ、僕は孤独のあまり狂っていたかもしれない。



「索敵完了。敵は見当たりません」



「よし、いよいよ航空基地の中だ。油断大敵、気を引き締めていこう」



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 航空基地というから、パーツの宝庫かと思ったけれど、どうも違うらしい。いや、宝庫だったに違いないが、水没時に散逸したのだろう。一つの部屋を開けようとしたところ、圧力でドアがうまく開かない。「ニコラ、頼んだ」と頼むと、体当たりであっという間にドアをぶち壊した。頑丈にできたアンドロイドなのだから、当たり前の結果ではある。



 部屋の中を物色していると、片隅に光るものが見えた。近づいてみると、どうやら飛行機の尾翼の一部らしいことが分かった。そのまま使えるかは別として、宇宙船の補修には使えそうだ。僕とニコラを結んでいるカーボンナノチューブにフックでパーツを引っ掛ける。これでよし。もう少し探検したら十分だろう。きっとローランも喜ぶに違いない。



「ニコラ、次はあっちに行ってみよう」



 僕の指さす先には、細い通路が続いている。おそらく、ビルとビルを繋ぐ廊下だったのだろう。海底だから、深海魚がのんびりと泳いでいる。構造物には発光生物が付着していて、どこか幻想的だ。人工物と自然の見事な調和と表現できる。深海魚たちに魅入っていると急に泳ぐスピードが早くなった。大きな影がサッと僕たちを覆う。頭上を見ると、現れたのは巨大なサメだった。

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