海に沈んだニューヨーク
荒れ果てた地球の探検。さて、どこに行こうか。修理パーツがありそうな場所は都市部だろう。
「ローラン、この近くの大都市は?」
「ニューヨークです。海中に沈んでますが」
そうだった。もし、ニューヨークで修理材料を探すなら、相応の潜水服がいる。水陸が逆転したのなら、ビル群は海底にあるはずだから。しかし、あいにく潜水服は持ち合わせていない。
「じゃあ、どうすればいいのさ。宇宙船の修理を諦めるしかないのかい?」
「ご安心ください。使えなくなった宇宙船のパーツから、潜水服を作れそうです」
手元のデバイスに宇宙船の図面が浮かび上がると、一部が赤く点滅している。これが不要パーツか。小惑星と衝突した箇所が中心だ。潜水服作成にとりかかりますか。
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「ねえ、ローラン」
「なんでしょうか」
「やけに静かじゃないか? そりゃあ、今のところ、生物といえば僕だけしかいないけど」
潜水服を作る作業を止めてみる。静寂の支配する世界。聞こえるものはそよ風の音くらいだ。
「レオン、水陸が逆転したのです、生態系が変わったのでしょう。まずは大型哺乳類は滅びたと考えるべきです。しかし、好都合です。ライオンに襲われずにすみますから」
哺乳類の絶滅か。人類もそうかもしれない。この広大な大地を独り占めか。嬉しいような悲しいような。
「ローラン、一つ質問してもいい?」
「なんでしょうか」
「僕以外に生物がいないとしよう。少なくとも陸上には。そうするとだ、僕は何を食べて生きればいいの?」
「宇宙船にある食料になります」
なんだか嫌な予感がする。しかし、聞くしかない。
「それって、何日分あるの?」
「……」
どうやら、そう多くはないらしい。今までは他の惑星で補給してきたけれど、荒れ果てた地球では期待できそうにもない。潜水服の作成と同時に食料探しも必要だ。人間はお互いに支えあって生きてきたんだなとしみじみと感じる。
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今日の作業は切り上げよう。無理に潜水服作りを焦る必要はない。急いで作って不具合があってはだめだ。その時だった、近くの岩場に薄い緑をしたものを見つけたのは。なんだろうか。水陸の逆転によって誕生した生物か? それとも人類の生活痕か?
「ローラン、あれを分析して欲しい。場合によっては手元にあるサバイバルナイフで交戦する」
「距離が離れすぎています」
緑色のそれは動くことはなく、ただただ時折吹くそよ風によって揺れている。生物ではないらしい。それなら近づいても大丈夫なのではないか。僕はすり足で少しづつ謎の物体の方に進む。それは乾燥した海藻のようだった。なんだ、こんなものにビクビクしていたのか。待てよ、これは貴重な食料なのではないか?
「これって、食料になるかい? 毒素とかは……」
「安心してください、一般的な海藻です」とローラン。
僕が海藻を貪り食おうとすると「レオン、それは推奨しません」と制止された。宙ぶらりんになった海藻がゆらゆらと揺れる。
「それは乾燥しています。水で元に戻せばよりお腹をみたせるのではないでしょうか」
空腹時は頭が回らないというが、どうやら本当らしい。周囲を見渡して水を探すが、ここはかつての海底。水を見つけるのは難しいかもしれない。しかし、運良く小さな水たまりを発見した。乾燥した海藻を手に取って、慎重に水に浸す。
その瞬間、遠くから異様な音が聞こえてきた。低く、地響きのような音だ。僕は反射的に身をかがめる。
「ローラン、今の音は何だ?」
「……音源を特定中……。レオン、注意してください。未知の生物反応が接近中です」
心臓が高鳴る。ここにはもう生物はいないと思っていたのに。荒れ果てた大地に僕一人だけじゃなかったのか?
音はどんどん近づいてくる。僕は咄嗟にサバイバルナイフを手に取った。緑色の海藻がまだ水たまりの中で揺れている。水陸逆転の地球で一体何が起きているのか、僕の心臓は不安と興奮で激しく脈打っていた。
影が見える。大きな、何かがこちらに向かってくる。その瞬間、ローランの無機質な声が響いた。
「レオン、即時に避難を! これは非常に危険です!」
何が来るのかは分からないが、僕はもう一度宇宙船に戻るしかない。全力で走り出すが、後ろから何かの気配が迫ってくるのを感じた。
振り返るとそこには巨大なクラゲのような生物が浮遊しているのが見えた。青白い体が不気味な色で発光し、触手が何本も地面に垂れている。まるで深海から這い出てきたかのような姿に、一瞬足を止めてしまった。
「ローラン、あれはなんだ」
「未知の生物です。進化の過程で陸上に適応したクラゲのような存在だと思われます。触手に毒素が含まれている可能性があります。すぐに避難を!」
僕は再び走り出す。唯一の安全地帯である宇宙船に。その間もその生物が何かを探している音が聞こえる。
僕は宇宙船のハッチを急いで閉めると、息を整えた。しかし、その瞬間、宇宙船全体が揺れ始めた。視界の外で巨大な触手が船体を締め付けているのがわかる。
「ローラン、どうすればいい?」
「冷静に。まずは外部カメラを起動し、状況を確認します」
モニターに映し出された映像には、巨大クラゲが触手で宇宙船を包み込み、締め付けている様子が映っていた。まるで獲物を絞め殺す蛇のようだ。
「分析したところ、温度変化をもとに獲物を探知しているようです」
「つまり、僕の体温がバレているのか?」
「その通りです。宇宙船の内部温度を急激に下げることで、あなたの体温を周囲の環境と同化させることができます。これにより、クラゲに気づかれずにやり過ごすことが可能かと思われます」
「内部温度を下げるって……それは危険じゃないか?」
「短時間であれば耐えられるはずです。急速冷却システムを起動します。準備はいいですか?」
僕は覚悟を決めて頷いた。
「やってくれ、ローラン」
ローランがシステムを操作すると、冷気が一気に船内に広がった。寒さが肌に刺さるようで、息が白くなる。
「温度が適正レベルに達しました。これでクラゲはあなたを感知できなくなります。しばらくこの状態で静かにしていてください」
僕は自分を小さく丸め、寒さに耐えながら待った。宇宙船の揺れが徐々に収まり、外部カメラの映像にはクラゲが興味を失ったように船体から離れていく様子が映し出された。
「クラゲが離れましたので、エネルギー供給を再開します」
船内の温度が元に戻り、暖かさが戻ってくると、僕はようやく息をついた。
「危なかった……ありがとう、ローラン」
「お疲れ様でした、レオン。今後のことを考えると、常に温度を偽装できる服が必要かと思われます」
「提案ありがとう。でも、素材には何を使う?」
「宇宙船の予備装備を使用してはいかがでしょうか。幸いにも赤外線遮断フィルムが余っています。偽装服の作成が最優先です。潜水服は後回しにしましょう」
「了解」
緊張感から解放されたからか、どっと疲れが押し寄せてくる。いつまでも神経を張り詰めていてはダメになる。ローランに監視を任せると眠りについた。
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