第19話 推しの対局
今日は将棋の対局があった。名人戦だ。七番将棋の七番目だ。俺は後手の長谷川八段を応援している。
その対局を見るために将棋中継サイトを見た。
序盤は静かな感じで進んでいく。
ゆっくりと互いに手を指していく。
流石に序盤からゆっくりと見るわけには行かない。
時間の無駄とは言わないが、変わらない盤面を見続けるほど暇ではないのだ。
そして一時間ほど別の事をして、サイトに戻った。
五手くらい進んでいた。
AI評価値は後手に若干傾いている。それを見てよし! と思ったが、あくまで中盤、このくらいの差はすぐに翻る。
だが、あくまで後手が有利なのは事実だ。
あまり悲観的にならない方がいい。
そして中盤になり、一時間、先手の田辺名人が考え始めた。
流石に難しい局面。時間を使いたくもなるだろう。
段々長谷川さんとの持ち時間の差が大きくなっていく。
このまま行ったらいいなと思う。
だが、田辺名人も考え込んでいるという事は、必殺の手を考えているという事だ。
まだまだ油断はできない。
そして、一時間半考えたのち、田辺八段が差した。
六五銀。銀を繰り出していく。そしてそのまま銀が上手くさばかれてしまった。
結果として桂銀飛車と、金銀角の交換となった。
だが、形勢は大きく田辺名人に傾いてしまった。
駒を上手くさばき、遊び駒をなくしたことが、AIには好感触だったのだろう。
だが、あくまでもそれはAIの判断だ。AIも完ぺきではない。まだまだ将棋は終わってはいない。
それに田辺名人の方が持ち時間を使っている。たったの評価値一〇〇〇程度の差はどんどん縮まるのではないかと思う。ただ、勿論田辺名人が最善手を討ち続けたらそれは見込めないのだけど。
だが、早速チャンスが来た。田辺名人が攻めあぐねている。
個々を受けきれば再び長谷川八段のチャンスは来る。実際あんなにあった差も、今や四〇〇程度に収まっている。
長谷川さん頑張れ! そう心で祈った。
そして実際すぐに長谷川さんの番が来た。
桂馬と歩を使いながら軽快に攻めていく。細い攻めだが、確実性のある攻めだ。
先程受けきったおかげで長谷川さんの玉は大分安全になっている。
そして、長谷川さんの攻めが加速するたび、評価値はだんだんと長谷川さんに寄っていく。
良いぞ! がんばってくれ! そう心から祈る、
そして長谷川さんの攻めはとどまることを知らない。
もう玉が寄るか寄らないかの将棋になっている。
そしてついに、長谷川さんの攻めが玉を捉えた。
受けても一手一手だ。もう形成の針は長谷川さんに大分偏っており、三〇〇〇も長谷川さんがリードしている。
そこで田辺さんは長谷川さんの玉に王手をかけた。
確かに長谷川さんは大分駒を渡している。だが、長谷川さんの玉は広い。流石に詰むわけがない。
それに評価値的に詰まないとされている。
だが、不思議なことに、中々王手が途切れない。それところか、長谷川さんが頓死するんじゃないかとも思ってしまう。このままじゃやばい。
だが、長谷川さんを信じないで、何が長谷川ファンだ。長谷川さんは勝つに決まっている!!
信じろ!
そして最終盤、しんどい時間が続く中、逃げて逃げて、ついに安全圏まで出られそうになった。
この桂馬の王手、上に逃げるか、下に逃げるか。
これは下に行ったら危ないが、上に行ったら安全だ。もう、王手の手段がない。
だが、長谷川さんは下に逃げた。
長谷川さん!!?? 俺は思わず叫んだ。
だが、それで正解だったっぽかった。上に逃げたら頓死筋があったらしい。
あぶねえ、と胸をなでおろした。俺が思ってた通りに言ってたら頓死していた。
実際に俺は頓死していたしな。
そして二手指して田辺名人は投了した。
そう手数、152手の熱戦はついに終局した。
俺はすぐさま悦び、SNSに(やったー!! 長谷川さんおめでとう。新名人だ!)と投降した。
辛く緊張した時間が長かったから、急にほっとして、心が変になった。
恋愛とファンタジー以外の短編集 有原優 @yurihara12
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