第11話 子供からの手紙

 『母親へ

 私は成功しました、二〇年前にもうお前は体格合格しなかったし、もうお前に興味がないと言って、家から追い出したあの日のことを覚えていますか?あれからずいぶん時が経ちましたね。お母さんはたしかあの時四十三だったから今は六十三ですか、どういう気分ですか? 無能だと思っていた息子が今では日本で五本の指に入る電機メーカーの社長なんて。親子関係は金の問題とかでは無いと思いますが、後悔していますか?こんなできる息子を追い出して、巨万の富を手放して、後悔していますか?たしか今は父が他界して、年金だけで生活しているのでしたね、どうですか?その暮らしは苦しいですか?


 子どもを捨てたのに、何もかもうまくいかない気持ちはどうですか?残念でしたね、息子を捨てなければ今頃私からの仕送りだけで豪勢な暮らしが出来たのに。


 私はあの日からバイトをひたすらしました、一日八時間労働をしてそしてその間時間はひたすら経済や経営の勉強をしました。もちろんこの苦しい生活から逃れるためです。私はもう高校を出ていますから警察とかに助けを求めるのも難しかったのでね、周りの人からは偉いと言われまして、バイトの先輩が(大学三年生で、結構な大学に通っているらしい)勉強を教えてくれました。例えば「この経済の動きは将来的にいい景気を招くことになる、覚えときな」などと教えられ、心優しいことに宿題も出してくれました。


 他にも英語もできなあかんと言われ、英語まで教えてもらえました、そりゃ毎日10分ほどですけど、ありがたかったです、捨てる神あれば拾う神ありと思いました。


 私はそのあとバイトを二十三歳の時に辞め、起業しました。


 当然最初はうまくいきませんでした、一時期破産寸前まで追い詰められたぐらいです。しかし天は我を見捨てませんでした。ある時を境に会社の業績が上向きました、その後は苦労することなくこの地位に至っているわけです。


 様々なことを書いてきましたが、別に自分の功績にして自慢するなと言いたいわけでは無いのです、私が母を恨んでいるのは事実だし、ざまあみろと思っているのも事実です。だけどこのまま貧乏暮らししてもらうのも困るので、月に百万円送ります。別に構わないのです、これぐらい今の私には端金ですから。


 返信としてお金を送って欲しいかどうか教えてください。

 送って欲しいのであれば、その旨をはっきりとお伝えください』



 母親はこう手紙を返した。


『私はお前を捨てたのだ、今さらお前に媚びへつらうわけにはいかぬ。確かに私はお前の潜在能力を見抜けてなかったのかもしれぬ、しかし私はお前を捨てたことを後悔してはいない。現にお前は昔から鈍臭かった、ノロマで言われたこともできない、勉強もできない。


 だからもしお前からお金を受け取ったら、お前のことを肯定することになってしまう。

 私はお前を一生肯定するつもりはないのだ』




『そうですか、ならお金を送ろうと思います。もともと決めていたのです、母上が肯定したら送らないで、母上が断ったら送ろうと。あなたには拒否権はありません。


 これはいわばあなたへの復讐なのです、あなたはせいぜい私に媚びへつらってくれれば良い。

 あなたが拒もうが関係ありません、私のお金で生きてください。

 ではまた死後の世界で会いましょう』


『死後の世界とはどういうことだ、もう私に合わないというのかお前は。この親不孝者が、お金もいらない、しかしもう会わないというのは許さない』


 その後母親の願いとは裏腹にもう息子から手紙が送られてくることはなかった。その代わりに毎月百万のお金だけが毎日送られることとなった。

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