第3話 失恋
放課後の学生たちが消え、静寂となった空間に、二名の生徒がまだ残っていた。
「あの」
二人のうちの女が男に話しかける。
「何?」
と、男は待つそぶりを決めた。
「……私……」
女はなかなか言葉を発しない。
「待つよ。いいたいことが見つかるまで」
それから5分が経過した。男はまだ待っている。女はそんな男に報いようと、言葉を必死で探すが、なかなか見つからない。
「私……」
女はついに言葉を見つけたようだ。
「高橋君のことが……」
女は顔を赤らめ……
「好きです」
そう言い切った。その瞬間男の顔も少し赤くなる。
「そうか……」
男は考え込む。女はその光景を見て、ただ祈っているだけである。まるで自分の出来ることは全てやった。後は神様の匙加減だというように。
「俺は君のことをかわいいと思っている。性格もいいと思っている。いつもみんなにやさしく接していて、悪いところなんてないと思っている。ただ……」
男はその次の言葉を言うことをためらっている。次の言葉を言えば、空気が悪くなるとわかっているからだ。だが、言わなければ次の段階には進めない。
「俺は君と付き合うのは無理だ」
男はそう苦痛な顔で言い切った。告白を断るほうも勇気がいるものだ。一人の女性の心を傷つけることにもなるし、あとで文句を言われるかもしれない。だが、男にはもう彼女がいたのだ。
「さよなら」
男は逃げるようにしてその場を去っていった。それ以上言及されたくは責めないで欲しいという思いで。
「え?」
女はその場で固まった。状況の整理ができていないのだ。いな、できるわけがない。普通振られるという出来事などほぼないのだ。あって2,3回そこが限度だろう。だが、彼女はその失恋をした。普通は立ち直れないだろう。
「どうして?」
彼女の目から水がぼたぼたと落ちていく。彼女は何度も目を手でこするが、水は一向に止まる気配を見せない。そしてすぐに彼女は姿勢を保てなくなり、地面に座り込んだ。
だが、それでも水は止まらない。女は目に手をやりながら床に寝ころんだ。床は汚い、そんな常識が通用しないほど女は追い込まれていたのだ。
そして女は一言呟いた、
「なんでよ」
それから女の言葉は止まらない。
「私に魅力がなかったっていうの? 私の何がダメだったの? ねえ、教えて、誰か教えて?」
そして彼女が家に帰った時刻は五時二十分だった。
女が家に着いた時、女の家族は驚いた。死んだ顔だったからだ。何が彼女を悲しくさせたのか聞いたが、女は答えなかった。悲しかったのもあるが、わざわざ口に出すようなことでは無いと、自覚しているのだ。
「はあ」
女は溜息を着いた。自分の部屋に入ったのはいいが、ここで何をどうしたらいいのかわからない。泣けば良いのか、恨めば良いのか、怒れば良いのか……
涙なら学校で思う存分泣いてきた。ただ、まだ心のモヤモヤが取れていないのだ。
「愛菜? いる?」
と、女の母親が女の部屋に入って行った。
「来ないでよ!」
女は突き放した。
「一体どうしたの? 何か嫌なことでもあった?」
「放っててよ私なんて」
女は今自己険悪に陥っているのだ。もう振られた自分に価値なんて無いのだ。そんな自分に人と話す資格はない。
「……私なんて……」
女はそのままベットに三角座りで、窓の方に向いて座った。外に出る気はない。
「はあ、仕方ないわね」
と、母親はため息をついて……
「えい!」
と、ドアを開けた。
「来ないでよ! ママ」
女は布団を母親に投げつけた。
「やめてよ」
「やめない! もう私なんてこの世にいらないんだ!」
と、女は自分の顔を殴り始めた。
「ちょっとやめなさい!」
と、女の母親は女の腕をつかむ。
「なんでよ、離してよ、離してよ!」
と、女は必死で母親の腕をほどこうと暴れる。
「何があったの? それだけ教えて!」
「言えない。言えないよ大地くんに振られたなんて」
「え? 振られたの?」
それに対してしまったという顔を見せる。
「それは……知らない!」
と女は布団に顔を沈める。
「話聞くよ?」
「別に良い、放っておいて」
「分かった」
と、母親は部屋から出ていく。この場合は一人にさせるのが一番だと判断したからだ。
「なんでよぅ」
と、女は布団の中で呟く。
「あーもう、ムカつく!」
と、女は再び布団を床に投げつける。怒りの矛先は自分自身だ。なぜもっと告白する前に下地を固めなかったのか、なぜ自分に魅力がないのか、なぜ……なぜ。
そして一時間が過ぎ八時となった。だが、女は一向に部屋から出ようとはしない。それどころかもう熟睡していた。理由は簡単だ。暴れ疲れた、泣きつかれた、どちらかは本人でさえわかってはいないが、そのどちらかだろう。
「あら」
親も部屋に行くが、寝ている彼女を見るとすぐにリビングへと帰っていった。
「ふわあ」
翌日女は目が覚めた。
「嘘! もう九時!? 遅刻しちゃう」
と、女は急いで着替えに取り掛かる。
「大丈夫よ」
そこに母親が現れた。
「私が休み連絡入れといたから」
「え? なんで?」
「あの状態で學校に行かせられないわよ。疲れてる様子だったし」
「でも」
「いいの。母親命令よ。休みなさい」
「はい」
「ところでなんで荒れてたの? 言いたくなかったら別にいいけど」
「いや、落ち着いたから言う。私ね好きな子がいたの。で、昨日告白して振られたの」
「そう」
母親はこう言う時の上手い話し方を知らない。母親は振られた経験などない。むしろ高校生活大学生活での付き合った経験自体がゼロなのだ。
「じゃあさ、もうその人しか好きにならないつもりだった? もう結婚するつもりだった?」
「それは……わかんない」
「だからさ、またそう言う人出てくるって」
「出てくるまで待てないよ。今は……高橋くんがその人だったんだから。また会えるとか言われても、会えない可能性もある訳じゃない? 無理だよ」
「無理じゃない、たったの70億人のうちの一人じゃない!」
「私にとっては一人じゃない!」
「まあ……私にはその涙をとがめる権利も何もないから。とりあえずご飯を食べなさい」
と、白ご飯と鳥のから揚げを机に並べる。
「食欲ない」
「食べたらすぐに食べれるようになるわ」
と、母親はその場を後にする。
「ご飯か……」
おなかは減っている。でも食欲がわかないのだ。女はそのご飯を前にしてSNSを触る。さっきはあんなことを言ったが、まだ立ち直っているわけではない。
「食べよ」
女がご飯を食べると決心したのはそれから三十分経ったときであった。さすがに用意してもらった食事を覚ますのは良くない。
「おいしい」
女は呟く。女にとっては実に二十一時間ぶりのご飯なのだ。冷めているとはいえおいしくないわけがない。
「ねえ!」
翌日女は高橋君に話しかけた。
「あ、ああ」
男は決まりの悪そうな顔をする。もしかしたら恨まれているかもしれないのだ。
「昨日? 一昨日は時間とってごめんなさい。それでは」
と、女は走って去っていった。もう心の整理はついた。後は次の恋を見つけるだけなのだ。
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