第19話 司法をねじ伏せ

 嶺慈は落ちていた霊吸いの脇差を拾い上げた。鞘に入れ、腰帯に差す。

 よしんばこの脇差が嶺慈の言霊を防げたとして、まさか剣術を強制学習して襲いかかってくるとは夢にも思わなかったろう。

 あとはこれを持ち帰るだけだ——そう思っていると、倉庫内に眩い光が投げかけられた。

 ゆっくりとそちらに振り返ると、扉の向こうにパトカーが数台と、銃を構える警官隊。嶺慈と円禍は舌打ち。


「凶器を置いてその場に伏せなさい!」

「こちら制圧班、民間人と思しき少年と少女を発見。保護します」「主犯と思しき凶悪犯の行方は不明です。周辺の封鎖を——」


 嶺慈は円禍を見た。彼女は明らかに、この状況をまずいというふうに捕らえている。

 声の調子は悪くない。言霊も使えるだろう。

 一歩前へ。二歩、三歩。


「武器を捨てなさい! 我々は君たちを保護したいんだ! 指示に従いなさい!」

「必要ねえ。——"ぶっ飛べ"」


 言霊が発動。前列にいた警官隊が、その景色ごとぐにゃりと歪み——次の瞬間、おもちゃのように吹っ飛んだ。

 手足がありえない方向に曲がり、パトカーのボンネットに落下。首が捻じ曲がった奇妙な死体が、他の生存した警官隊から冷静さを奪い始める。

 嶺慈は銃やらマシンガンを向けられても恐れない。

 その程度のものが自分を殺すことを有り得ないと、知っているからだ。


「発砲を許可する!」


 隊長格が命令。防弾プレートなどでフル武装した警官隊が、ライオットシールドの間から射撃を開始した。


「"撓め"」


 インターバルが終わった嶺慈が言霊を放つ。弾丸が次々ねじれ、歪み、曲がり、地面に叩き落とされた。

 その隙に円禍が接近、パイルバンカーから真上に血の杭を射出。中空に飛んだそれが液状化し、直後血の散弾となって警官隊に降り注いだ。

 強化ポリカーボネートのライオットシールドを飛び越えた先、頭上で炸裂したそれに対処が遅れる。血の弾雨が叩き込まれ、警官隊が押し並べてそれに穿たれた。


 パトカーの裏に隠れていた警官が、咄嗟に業務用のスマホで写真を撮った。それを本部に転送するが、目の前にパイルバンカーを左手一本で提げた円禍。


「ひっ」

「血の補給、させてね」


 右腕で体重七十キロ超の男を掴み上げ、その首に喰らい付いた。

 絶叫が迸り、警官が痙攣。目を剥いてビクビク手足を揺らし、ズボンの下で大と小を漏らして震える。

 円禍はじゅるじゅると血をがぶ飲みし、失った血を補給した。

 やがて警官は骨と皮だけと言っていいミイラ状態になり、円禍はそれを放り捨てると口元を夜会服から覗く、黒いレースの手袋の手のひらで拭った。


 現代の司法執行機関が、秒殺。

 嶺慈は喉薬を口を開けて噴霧し、あまいシロップの味を噛み締めた。


「写真撮られたな。一応、警察のトップとアヤカシはお友達らしいけど」

「しばらく警戒した方がいいわね。何か難癖をつけられるかもしれない」


 円禍が近寄ってきて、「口直し」と言って、嶺慈の首を優しく噛んだ。薄く裂けた皮膚からこぼれた血を、円禍は赤い舌先でチロチロ舐める。


「ホテルでも寄るか?」

「ええ。是非」


 嶺慈は円禍をお姫様抱っこした。総重量五〇キロを超えるパイルバンカーごと、総重量百キロ以上のそれを平然とした顔で。

 アヤカシはみんながみんな強靭な肉体を持つ。だが、それが膂力とイコールなわけではない。中には、直接的な筋力では人間と変わらぬ種族もいる。

 だが嶺慈は、本来筋力ではそこまで怪力というわけでもない狐でありながら、それこそ鬼にも劣らぬ筋力を誇る。

 体重も、その外見こそ六五キロ前後に見えるが、実際は一七〇キロだ。その全てが、密度の高い筋肉と骨格の重量である。


 そういうわけで、嶺慈は円禍を軽々車まで運んでいくのだった。

 当然そのあとは、恋人同士、熱い夜を過ごすのである。

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