第20話 足音

 円禍の秘所に舌を這わす。とっくに淫靡な唾液でパンツとの間に糸を引いていたくらいだ。ほぐす必要などないが、嶺慈は愛するひとの全てを味わいたかった。

 彼女が身を捩りながら嶺慈の頭を掻き回す。仕込まれていた監視カメラを破壊しているので、互いに変化は解いていた。嶺慈は狐耳に尻尾、円禍は尖ったエルフのような耳をさらしている。

 大きなベッドの上で、嶺慈は円禍に覆い被さった。蒸気した頬に鼻先をあて、汗とフェロモンの甘い香りを吸い込んで、挿入する。


 円禍がかすかに腰を浮かし、快楽に身を捩った。

 嶺慈はゆっくりと、だんだんと素早く抽送する。円禍が耐えきれず「あっ……ぁぅ」と声を漏らす。その、まだ恥じらうような声色があまりにも可愛いから、嶺慈は円禍にキスをして、耳に熱い吐息をかけて甘噛みし、首筋に、喉に舌を這わした。

 赤く染まった鎖骨を甘噛みし、乳房の先端を舌と上唇の間で転がす。円禍の体が電流が走ったように強張り、嶺慈はそれを合図に激しく腰を振った。


 円禍が足を嶺慈の腰に回し、貪るように両腕と足でホールド。嶺慈も負けじと唸りながら腰を押し付ける。ベッドがバスンバスン激しい音を立て、円禍も理性をかなぐり捨てて狂ったように、一匹のメスアヤカシとして鳴き喚いた。

 やがて、どちらともなく果てた。気づけば二人はベッドの上で仰臥ぎょうがし、荒い呼吸をしていた。


「いっぱい出したわね。……シャワー、浴びてくる」

「ああ」


 嶺慈は円禍の去り際の尻を撫でた。彼女がくすくす笑って、シャワー室に消える。

 手早く互いにシャワーを済ませて、最後に電子決済用のスマホを円禍が手にした。部屋を後にして廊下に出た時、彼女はハンドサインを送ってきた。

 嶺慈は腰の帯紐に差したリボルバー拳銃を抜く。


 規則正しい足音が聞こえる。必死に音を殺そうとするその気配から、おそらくは警察。

 であれば、

 バンッ、と音を立て、ホテル内の電気が止まった。非常電源が動き、足元を緑色のライトが照らす。


(やっぱり電源を落としたな。エレベーターは使えない)


 ここは地上八階。嶺慈は悪手だ、と思った。

 が、舐められっぱなしで逃げるのも癪だ。嶺慈は左手で喉をさすり、構える。


「そこを動くな!」


 曲がり角から出てきたのは五人の警官隊。強化ポリカーボネートのライオットシールドを構え、その後ろに三人の警官がサブマシンガンを構える。


「動くな、か。わかった——"動くな"」


 声が響き渡る——直後、警官隊は動かなくなるはずだった。

 だが、撃ってきた。パパパッと音を立てて銃弾が迫り、嶺慈の右肩を抉る。


「っ——ちぃ。なんで、」

「耳栓をしてるんじゃない? 命令形は効かないかも」

「どこで知ったんだか——"ぶっ飛べ"!」


 廊下を、壁面を抉りながら衝撃波が迫る。ライオットシールドの影に隠れた五人は、力を合わせて盾を支えた。

 激しい衝撃が駆け抜け、凄まじい破壊をもたらす。砕け散ったライオットシールドの向こうには、ほぼ無傷の五人。


「やるなあ、人間!」


 言いながら、嶺慈は拳銃で射撃。青白く輝く拳銃弾が警官隊に殺到。が、彼らはあろうことか壊れた盾を構えた。

 次の瞬間、取手部分から青白いバリアが——結界が形成される。


「!」


 これには嶺慈も円禍も驚いた。

 なぜ人間の司法組織が結界を持っている——?


「加減はなしだ。"燃え盛れ"」


 次は、火。爆炎の玉が嶺慈の口から放たれ、それが警官隊に直撃。さすがに薄っぺらい結界では防ぎきれず轟音と業火を撒き散らし、その火炎の海に警官隊の悲鳴は沈んだ。

 火の手が絨毯やカーテン、建材に引火。スプリンクラーが作動し、嶺慈たちは濡れ鼠になりながら部屋に戻る。

 オートロックのそれを思い切り蹴破り、窓へ向かって一直線に走る。嶺慈は円禍を抱え、窓を叩き割って飛び降りた。そのとき、霊吸いの脇差が腰帯から抜け落ちたが、気にしている暇はない。


 落下。約二〇メートルの距離を。

 人間が落ちたら必ず死ぬ高さは一五メートル。が、彼らはアヤカシだ。空中で、尻尾を使ってバランスをとり両足で着地。真下のアスファルトが大きく抉れる。

 歓楽街故、通りには往来がある——周囲は「え、降ってきた?」「あれ本物?」「コスプレじゃね?」「動画の撮影か?」とか囁きあっている。

 嶺慈は円禍を降ろし、走り出した。


「普通じゃない……」

「どーせ陰陽寮が手ぇ貸したんだろ。円禍、どこが一番地下に近い?」

「こっち」


 円禍が嶺慈の手を引っ張り、路地裏に誘った。直後、表の通りをパトカーがサイレンを鳴らしながら通り過ぎる。

 二人はビルの間を三角跳びの要領で駆け上がり、屋上に出た。


「いつかの焼き増しみたいだ」

「あの時と違って、あなたは自分で跳べる」


 円禍がビルの屋上を駆け、跳躍を繰り返した。嶺慈も同じように、彼女に続く。

 ネオンの川が眼下を流れている。喧騒が、降り出した雨音が過去のものとなって過ぎ去っていく。

 一ヶ月前の出会いを、追体験するような。

 嶺慈はこの一ヶ月で随分と変わったと思った。でもそれは、自分にとっては好ましい変化だった。


 円禍があるビルで着地した。


「ここの地下から、アナグラにいける」

「助かったよ」


 嶺慈はそう言って、ひとまず胸を撫で下ろした。

 しかし陰陽寮は陰の組織——どうやって警察と渡りをつけたのだろうか。


 二人は新たな戦いの気配に、喉を鳴らした。

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