牛乳の泡

有朋さやか

牛乳の泡

いのししの歩いた道をあるときは眼やにだらけのたぬきが走る


うす寒きパチンコ店の裏口に毛の抜け落ちたたぬきのすがた


とめどなく禿げた地肌を搔きむしる疥癬虫にやられたたぬき


逃げ足のはやい個体が生きのびるトカゲの肢の意外な重さ


息子をもつ母ばかりいる職場にてトカゲとヤモリのちがいを話す


あきらかにほっとした眼を向けられる退職の意をつたえた途端


この秋は一方的に凝視する蚊をつかまえるヤモリの口を


父親になったばかりのこのひとは罠にかかった獣を逃がす


とれたてのきゅうりのようなにおいだと聞いたことある赤痢の菌は


切りはなすしっぽのひとつもってない開きなおって無様に生きろ


力づくでペンの模様が褪せるほど表面だけをにぎりつづけた


おとといとおなじトカゲがあらわれる破れかぶれの網戸の闇に


水疱に軟膏を塗るゆびさきのあぶらまみれの指紋の深さ


芽吹かない種子の静かなまぶしさを督促状の余白におもう


ひそやかな耳のうしろの湾曲をぬるくくすぐる汗の記憶は


日陰にていちじくの実が熟すのも自己満足といえばそれまで 


歯磨き粉が半分以上あるうちに買いたしてなお泡立つ不安


肉食の豹といえどもだからこそ歯の消耗は餓死のまえぶれ


同僚のしくじりを訊きやわらかな血豆を潰す痛気持ちよさ


へりくだりひとひを終えて口角のうぶ毛にのこる牛乳の泡 


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