第62話 オリエッタ商会2
船を移るためにボートへ乗り目的の船の梯子を上るとそこにはベルナデッタが待ち構えていた。
美しい艶のある長い黒髪を後へ流し上位貴族が好んで利用するオーダーメイドのドレスに身を包み少しつり目の大きな瞳で俺を見ている。
「リュディガー、久しぶりね」
「あぁ久しぶり、ありがとう、今回は助かったよ。直ぐに出発してくれ」
俺はベルナデッタに挨拶と礼を言うと、船員に声をかけた。
「随分忙しないのね。まぁいいわ、行きましょう」
ピッポも同行していたので紹介し、俺達が使う部屋へ案内される。
「アレが例のお嬢様か?」
ピッポがこそっと耳打ちしてくる事に舌打ちを我慢する。モッテン船長の遣いで港に行く度にベルナデッタが絡んできて疲れるという話を漏らしてしまった事があったからだ。勿論エメラルドには話さないように言ってある。別に何も後ろめたい事は無いが余計な誤解を与えたく無いというただそれだけの理由だ。誓ってそう言える。
案内された部屋に荷物を置くと有無を言わさず豪華な応接室へ連れて行かれベルナデッタと向かい合ってお茶を飲まされる。ついでに逃げようとしたピッポも巻き込んでやった。
「それで、エルドレッド国へ大急ぎで向かえば良いのね?」
オリエッタ商会の高速艇は最新式で今時点で一番の速さと乗り心地を誇っている。王家でも取り入れたばかりのこの船はオリエッタ商会が開発した製品で多くの魔導具が組み込まれていると聞く。
「基本的にはそうだが、この特級ケースを追ってくれればいい」
俺は船長に持たされた人差し指位の大きさのスティックタイプの魔導具を差し出した。これは追跡する為の魔導具だ。特定の情報が入った魔導具と魔晶石を組み合わせた物で、地図を映し出す装置に入れれば位置が特定出来る。
「わかったわ。ベニート兄さん、お願いします」
丁度部屋に入って来た次男ベニートに妹ベルナデッタがスティックを渡す。
「俺をパシるなんていつからそんなに偉くなったリュディガー」
「俺はパシってませんよ、ベニート。今回は世話になります」
ベニートはオリエッタ商会の番頭として修業中の身と言われているが実力は十分あり今のオリエッタ商会の国外の取り引きを一手に引き受けている。長男であるガストーネは国内を、会頭のヴァスコはその中でも上位貴族と王室を担当している。この三人はベルナデッタを溺愛していることで有名だ。
好奇心旺盛な末っ子でたった一人の娘ベルナデッタは基本的にはベニートと行動を共にし国外にいることが多いが、何故かメルチェーデ号が入港する時はいつも国内である港に滞在している。
俺は立ち上がってベニートに渡ったスティックを返すように手を差し出す。
「この船を見て回ってもいいですか?ついでに操舵室へそれを届けて来ますよ」
流石にベニートをパシるのは気が引けてそう提案したが、何故かベルナデッタが食い付いた。
「だったらわたしが案内してあげる」
直ぐ立ち上がりドアへ向かう。かなり面倒な気がするが断る事はできないな。隣で珍しいスイーツを口いっぱいに詰め込んでいるピッポの足を蹴ってついて来るように促す。あ~あぁ、両手にマフィンを持つなよ。この船にいる間はいくらでも食えるんだから。
「これめっちゃうめぇ。エメラルドにも食べさせてやらないとな」
コイツ持って行く気か?
「エメラルドも高速艇で食べてるさ。金はあるんだし」
本当はこの船の物の方が国の高速艇で出されるものより高級だろうけど、それは後でゆっくり食べさせてやればいい。今はなにより追い付くことを優先させなければ。
だったら俺が食うと言いながらピッポが食べながらついて来る。俺はベルナデッタと並んで歩き先ずは操舵室へ向かう。
「どうして特級ケースを追ってるの?まさか盗まれたとか?」
ベルナデッタは俺に手を差し出し仕方なく腕に掴まらせエスコートする形になる。
「いや違う、追ってる特級ケースの持ち主はエメラルドなんだ」
「エメラルドってリュディガーの妹の?」
「俺には妹はいない」
「でもお父様はガーラントさんには男女一人ずつお孫さんが居るって言ってたわ」
「一緒に育ったが正式にはエメラルド保護者はモッテン船長だ。そういう意味じゃそこにいるピッポの方が兄妹みたいなもんだ」
へぇ~って感じで振り返りピッポを見るベルナデッタ。ピッポはいつの間にかベニートと並んで歩き何やら話をしている。
「じゃあエメラルドさんが特級遺物を掘り当てたってことね。それでどうしてそれをリュディガーが追いかけてるの?」
クソッ、しつこいな。面倒だが下手に誤魔化しても後でうるさいからな仕方ない。
「そりゃ、あいつは陸を知らないし、まだ子どもだからな。誰かがついて行ってやらないと」
「だったらピッポだけでも良いじゃない?兄妹みたいなものなんでしょう?」
「駄目だ。ピッポも陸に慣れてるわけじゃない」
「あら、二人だったら大丈夫よ。ピッポは成人してるんでしょう?」
ベルナデッタは再び振り返るとピッポが頷くのを見て俺に笑顔を向ける。
「それならリュディガーはピッポをエメラルドさんのところまで連れて行った後、私とノエル国へ行かない?元々あちらへ向かう途中だったのよ。だけどメルチェーデ号からの依頼だって言うから予定を変更してリュディガーに会いに来たの。ついて来てくれるなら今回の料金はいらないわよ?」
そこまで話した時、操舵室へつきベニートが俺の横を通り抜け関係者以外が入れ無いように鍵がかかったドアに魔力を込めて開けてくれた。そのせいでなんとなく話が止まり返事をせずに誤魔化せたかと思ったが。
「悪いなリュディガー、妹は欲しい物は強引な手を使っても手に入れる主義でな」
ニヤリとしながら中へと招き入れてくれる。
強引な手を使っているのはベルナデッタじゃなくって二人の兄と父親だろう。
という思いと共にため息を我慢し、最新式の機器が並ぶ室内をぐるりと見回す。
「うわぁ~スッゲー!流石オリエッタ商会の船だな」
ピッポが物珍しそうに目を輝かせ一つ一つの機器について船員に質問している。いずれメルチェーデ号の正式な幹部になりたいというのがピッポの目標だ。船の存続に力を入れて新しい物を取り込んで行きたいという気持ちがあるのだろう。
俺はモニターの側に行くとそこにいる船員にスティックを渡す。
「これを追って欲しいんだが、いけるか?」
「わかった、やってみる」
渡したスティックをモニターの下にある差し込み口へ近づけると吸い込まれるように滑らかに入って行く。直ぐにパネルをカチャカチャと操作しモニターに反映する作業をしてくれる。
方向を絞り、余計な方位は映さないようにすることで、これまでの船の限界を超える範囲を把握できると聞いている。最新式の魔導具を備えたこの船だからこそできる操作だ。
「お、出たな。あぁエルドレッド国の高速艇に乗ってるんだな」
モニターは何度か操作され出来るだけ情報が詳しくわかるように設定されていく。そこには小さな丸印が映し出され横に国の高速艇を表す表示が出ていてそれに重なるように三角の印が光っている。最新式のモニターで見ればざっくりとだが船の種類がわかり、そこにエメラルドの特級ケースがあることもわかった。
流石に直ぐに追い付く事は出来なくてもエメラルドがエルドレッド国の港に到着し王都へ向けて出発するのに二日か三日は準備にかかるだろうからそれには間に合うか。
「よろしく頼むよ」
船員にそう声をかけ邪魔にならないように退室しようとする。
「ピッポ、行くぞ」
見れば離れた場所で年が近そうな船員を相手に魔物回避の魔導具の話で盛り上がっている。
「えぇ?もうちょっと」
「駄目だ、特別に入れてもらっただけなんだぞ。部外者の俺達は邪魔になる。お前だってわかるだろう?」
「……確かに」
名残惜しそうに船員にお礼を言っているピッポを連れ部屋から出ようとしたその時。
「先程のエルドレッド国の高速艇から救援要請が発せられたようです!」
船員の声に驚いて振り返る。
先程のって、まさかエメラルドが乗ってる高速艇が!?
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