第63話 オリエッタ商会3
モニターの前に駆けつけるとさっき見た国の高速艇の表示が点滅していた。
「救援要請って、故障か?それとも」
駄目だ、違う、違ってくれ!
「いや、魔物に襲われているらしい」
願い虚しく船員からもっとも恐れていた言葉を聞いた。心臓がドクンと大きく鳴り息苦しくなる。落ち着いて行動しなくてはと思い拳をキツく握りしめる。
そしてこの船の責任者のベニートを見た。
「頼む、助けてくれ!」
「それは、構わないが……この距離じゃ間に合わないぞ」
ベニートは俺の肩に手をおいて、最悪の事態を覚悟するように言っているようだ。
「とにかく急いでくれ」
元々海上で追いつけるとは思ってなかった。だけど、だからって行かないわけにはいかない。エメラルドが、あいつの乗った船が魔物に襲われてるんだぞ。クソッ、なんで一緒に行かなかったんだ。どんな手を使っても行くべきだったんだ。貴族に大金を積んででも家族としてねじ込めばよかったんだ。
「リュディガー、一旦部屋に戻ろう。どうやったって今日中には追いつけない」
いつの間にか隣にいたピッポが俺の腕を掴んで操舵室から引っ張り出した。
俺はどうすればいいのかわからず、だけど何かあれば直ぐに情報が手に入る操舵室から離れたくなくて通路で立ち尽くしていた。
ベルナデッタが心痛な面持ちで手を伸ばしてくる。
「リュディガー、なんて言えばいいのか。エメラルドさんは大丈夫よ、きっと」
「悪いが放って置いてくれないか」
いつもなら面倒でも大切な取り引き相手のお嬢様を無下にしたりはしないが、今はそんな余裕がない。
伸ばされた手に気付かないフリをして顔を背けた。
どうすればいいんだ……
絶望的な気持ちのまま操舵室の前の通路に座り込んでいた。何かあれば直ぐに知らせるからと部屋へ行くように言っていたベニートも呆れたのか操舵室へ行きピッポだけが隣に座っている。ベルナデッタは早々に自分の部屋に引き上げたようでいつの間にか居なくなってた。
「エメラルドは運が良い」
重苦しい空気のなか、ピッポがボソリと零す。こんな事態になっているのに何を言ってんだコイツ。
「そう睨むな。だけど考えてみろよ、エメラルドは赤ん坊の時に運良く回収船に拾われた。普通なら助かってない」
「海に捨てられた不運は無視か?」
「まぁ聞けよ。拾われた先が俺達がいる船だった。そうじゃ無けりゃあの顔じゃとっくに売り飛ばされてる」
「あの顔で面倒だって起きてる」
「でも今まで元気に生きてこれた。運が良いってことだ」
そう言って無理に笑顔を見せてピッポは俺の背中をバンッと叩いた。
「だから大丈夫、大丈夫だ」
俺を元気づけようとしているようだが頬を引きつらせるようにピクピクさせて全然ちゃんと笑えてない。自分だってエメラルドが心配でたまらないくせに。本当にピッポはいい奴だよ。
俺はため息をついて、ぐにっと奴の頬をつまむ。
「下手な慰めだな」
「イテーよ、離せ」
「悪かったな。すまん」
年上の俺がしっかりしなければコイツだってどうすればいいか分からないだろうに。
頬から手を離しピッポの肩を掴んで立ち上がった。すると操舵室のドアが開きベニートが顔をだした。
「助かるかも知れないぞ。来てみろ」
呼ばれて急いで部屋に入る。先程モニターに映されていた高速艇の位置は変わり無いがその周辺に幾つかの救援要請の信号が出された救命艇が散らばっているようすが窺える。
魔物はモニター上に赤い点で表されている。赤い点は高速艇の側にあり魔物が船を沈めにかかっている事がわかり血の気が引く。
「ここだ」
俺が高速艇に釘付けになっているとベニートがモニターの端を指差した。そこには船がいて高速艇に向かっている事がわかる。
この表示は……民間船!?
「民間船なんて無茶だ、海の魔物が相手だぞ……っ!」
俺は咄嗟にそう口にしたが直ぐにハッとした。
「そうだ、民間船で魔物とわかっているのに救援要請に応じようと向かってるって事は」
「魔物討伐船か!」
ピッポがイイところを持っていきやがった。
ピッポの言う通り民間で魔物を討伐する船がフィランダー国からここ数年増えている。貨物船を改造し魔物を倒して素材を収集しているらしく、人命より素材を優先していると悪評も耳にするが、救援要請にはすぐに対応してくれる良い面もあり評価は半々ってところだ。
救援要請の信号は割と広範囲に伝わるよう信号のみに特化した魔導具で、通信するにはもっと距離を縮めなければできない。ここからじゃ詳細はわからないが、俺にはあの民間船が魔物討伐船である事、救援が間に合う事を願うしかない。
詳細がわからないモニターを見ていると高速艇から幾つかの救命艇が散っていくのがわかった。纏まって逃げれば魔物が追いかけてきた時に全滅するからそれを避ける為にはいい手なんだが。
恐らく沈められつつある高速艇の側にいる魔物が急にそこから離れると猛然と一艇の救命艇を追いかけ始めた。
「追われてるのは特級ケースがある救命艇です」
船員が俺の方を見ずにそう言った。もちろん言われなくても見ているからわかってる!
「早く追い付いてくれ!頼む」
ピッポがモニター上の民間船に向って思わずという感じで拳を握りしめて叫んだ。俺と同じようにもどかしい気持ちなんだとわかる。
魔物は逃げて行く救命艇を追いかけているが一気に距離を詰めるような感じでは無く、追いかけるスピードを速めたり遅くしたりしている。
「あれはアスピドケロンか?なら少しは猶予があるか……」
ベニートが魔物の行動を見て習性からそいつが何かの予測を立てたようだ。アスピドケロンは獲物を狩る前に弄ぶ性質がある。いま奴が救命艇を追いかけることで愉しんでいるなら魔物討伐船が来るまでの時間稼ぎになるかもしれない。
モニターの端にあった民間船が魔物を追いかける形でぐんぐん距離を詰めて行く。
「そろそろだな」
ベニートが救命艇と民間船の距離感から通信が可能な範囲に入るだろうと言う。その直後、魔物の赤い点がふと消えた。
「やったーー!」
ピッポが飛び上がって喜ぶ。
「エメラルドは助かったよな、な、リュディガー!?」
一瞬ふらつき膝の力が抜けそうになる。
「おい、聞いてるのか?エメラルドが助かったんだぞ」
モニター上の特級ケースは救命艇にあるままだ。あのケースをちゃんと持っているなら無事なはず。無事に決まってる。
飛び上がって喜ぶピッポを押さえるフリをしてふらつく体を支えた。
全く、エメラルドはちょっと目を離すととんでもないことに巻き込まれる。このままじゃ俺の心臓は幾つあってもたりないぞ。
「安心したら腹減った。リュディガー、飯いこうぜ」
ポンポンと背中を叩き俺を部屋へ連れて行こうと促すピッポ。きっと心配し過ぎでふらふらの俺を休ませようとしてくれているんだろ。
本当にピッポは良いやつだ。
「俺は肉が食いたいな」
本当に腹も減ってるらしい。
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