第60話 夢の中?2

 二人をよそに私は体を仰け反らしモニターの方を見た。大きなモニターには先程の画面が映っているがその下のデスクに透明なドーム型の装置があり中に幾つかの球体が浮かんでいる。球体はそれ自体も回り中央の蒼い球体を中心にドームの中を移動している。そこへ何かの塊が接近し中央の球体にぶつかる。その光景が何度も繰り返されその度にドームのに横にある小さなモニターに數字の羅列が増えていく。何か計算をしているのかな?

 

 そう思っていると不意にドアが開いて一人の女性が入って来た。

 

「うわ、早速やってるの?相変わらず煩いわね」

 

 女性はママ達と同じ年位の黒髪を短くしている小柄な人で、言い合う二人の横をすり抜けるとドームの方へ行く。

 

「ララ、半年ぶり」

「ルイーズ、出産お疲れ様、体は平気?」


 やっとパパとの言い合いを止めたママがララの横へ行くと一緒にドームを見ながら何か操作している。


「んん~、んー」


 やっと体を仰け反らせなくても良いようになった私はパパを誘導してママ達の横へ行く。


「一ヶ月でこれだけ進んだの?」

「そう、何があったのかわからないけれど急に速度が上がってこの通り。でも少しずつ遅くなってる感じもあるから」

「隕石爆発か何かの引力に引かれたのかしら?」

「恐らくそうね、軌道も少しズレて計算し直してるところ。でも今のところ回避は無さそう」

「そう、掠るか直撃かね」

「どちらにしても被害は甚大でしょうよ。星が無くなるか人類が滅亡するだけかの違いよ」


 ホシ?はよくわからない。夜空に浮かんでいる星の事だろうか?だけど人類が滅亡ってところは聞き流せない。


「あ、あぁ」


 近くにいるララの方へ手を伸ばし詳しい話を聞かせてと言ったつもりだがどうにも通じてない。なにせ赤ん坊だ。


「あら、まだ何も話さないの?」

「そうなの。でも意思表示はハッキリしてるから気にしてないわ」

「きっとそろそろでしょう?初めての言葉は何かしらね」


 ララは少し意地悪そうな顔でパパを見た。


「ママに決まってる」


 ララの後ろからママが鼻で笑いながらパパを挑発する。


「いやパパだろ。エメラルドは天才だからそんな平均的な赤ちゃんの初めての言葉は口にしない」


 どんなプレッシャーやねん。


「大好きなママを迷いなく呼ぶ事が子どもの幸せでそれには天才も秀才も可愛いも関係ないわ」


 ママがなんかいっぱい乗っけてきた。


「親バカもそのへんにしておけば?」


 ララが聞くに堪えないって感じで再びモニターを見始めたので私もそれを見ようと乗り出した。


「エメラルドはパパが一番大好きだよな」


 そう言ってデレた顔でぐいっと引き戻されまたジョリっと頬ずりされた。こっちはあのモニターをもっとよく見たいっていうのに邪魔するどころかジョリジョリもするなんて!


「も〜やっ、きらいパパ!」


 痛みでムカついてつい叫んだ。


「はっ……話した、けど」


 静まり返った部屋の中、動揺したパパを見てララが堪らず吹き出した。


「アッハッハー、なにこれサイコー!エメラルド天才じゃん!」


 腹を抱えて笑うララをよそにママとパパは複雑な顔をしていた。


「勝ったのか……パパって言ったよな?でも……」

「負けたけど、羨ましくないかな。嫌いだって」




 ぷはっと口を離すと大きくあくびをした。お腹が減った不快さに泣くとママのおっぱいをくわえさせられたのだ。ビックリしたけど良い匂いと暖かさでゆるっと力が抜ける。背中をトントンとリズムよく叩かれお腹いっぱいになり夢見心地だ。


「預かるよ」


 直ぐにパパに抱えられ肩に頭をのせられてガフッとゲップをする。


「おぉ、良い子だ。センスあるゲップだったな」


 ゲップのセンスってなんだ?


「直ぐに寝ると思うから」

「わかってる」


 ママが私の頭を優しく撫でるとまたララとモニターの方へ行った。


「エメラルドはいい匂いだなぁ」


 パパはゆらゆら揺れながら肩に抱いている私の匂いを嗅いでくる。これくらいは許してやるか。


「お前が大きくなった姿を見るためにパパもママも頑張ってるからな」


 それってどういう事?もっと詳しく教えてよ?


 頭の中では叫んでいるんだけど吸い付くように瞼が閉じていく。


 まだ寝たくない。話を聞かせて!貴方達は私のパパとママなの?ねぇ!もっと教えてよ!


 意識が遠退き光りに包まれたかと思うと体が大きく揺れているのを感じた。瞼ごしに強い光を感じ目が開けられない。


 なに?まだ夢?


 動く力も残って無くて目を閉じているとドンと何かが響いて遠くでバンバン叩く音がする。


「……ルド!エメ……ルド!」


 なんか名前を呼ばれてる気がする。


 誰?パパ?ママ?


 薄っすら目を開けると急に音が大きく聞こえた。


 眩しい光、波の音、エンジン音、そして私を呼ぶ声。


「エメラルド!しっかりしろ、大丈夫か!?」


 ガッシリした逞しい腕に抱き上げられ頬をそっと撫でられる。なんとか目をこらし渇ききって引っついたくちびるを開く。


「遅いよ……リュディガー」


 掠れた声でそう言うとポタリと頬に水滴が落ちて来た。


「すまん、遅れた」


 ふわっと抱き上げられ運ばれている間、リュディガーは私の肩に頭をつけて震えていた。


 馬鹿、泣きたいのはコッチだよ、死にそうなんだからな。って言ってやりたかったけどそんな余力は無い。


 よくわからないが途切れ途切れの意識のなか、大きな船に乗り込みバタバタと沢山の足音が響く中聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「エメラルド様!ご無事で……」

「良かった。間にあったのね」


 サイラとミラか。心配かけたね。


「こ、こっちに連れて来いってぇ。医者が準備始めてるからぁ」


 ニコラスね、はいはい。平常心を保とうとしてるけどワタついてるね。


「リュディガー!ホントにエメラルドか?今度こそ本当か?」

「本当だからそこを退け!」


 アレ!?この声、ピッポ!?


「ピ、ピッポ」


 掠れて声にならないが少し顔を横に向けると焦って涙まみれの奴の顔が見えた。


「エメラルド!もう大丈夫だからな、大丈夫だから」


 お前こそ大丈夫か?ぐしゃぐしゃだぞ。


 ふっと鼻で笑ったつもりだったが通じて無いようだ。直ぐにドアをくぐり何処かの部屋のベッドに寝かされた。


「お前らは外へ出ろ。治療の邪魔だ」


 厳ついハスキーな声が聞こえる。医者のようだけど女医かな。


「俺はコイツの身内だ」

「こういう時は身内の方が厄介なんだよ。出ろ!治療が遅れれば死ぬんだぞ」


 死ぬと言われて絶句したリュディガーをピッポが引っ張って部屋を出た。流石ピッポ、相変わらずいい仕事するね。


「手が足りないから、お前が手伝いな」

「はい、サイラと言います」

「私もお手伝いさせて下さい、ミラです。なんでもします」


 意識が朦朧とし頭が回らないなか治療が始まった。


 点滴やら注射やら入れられ、なんだかんだと調べられたようだけど途中で意識を飛ばしてしまった。


 三日後に目が覚めると色々と問診され、取り合えず山は越えたから出て行くように言われ部屋を移された。

 あの医者はミネルバといって口は悪いが腕は確かなようだ。結構ギリギリだった私を短期間で回復させたとサイラが驚いていた。


 移された部屋はメルチェーデ号の幹部部屋と似た感じで良い部屋だ。これってまた別料金が発生する事案何じゃないだろうか?今の私には払う術は無いんだけどな。



 

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