第58話 悲劇的な展開

 ザバッと水を被り意識を取り戻した。

 

「なに?寒い……」

 

 顔を上げると何かの破片なのか板状の物にしがみつき、体の半分は水に浸かったままだった。破片は海面から出ている部分が五、六メーター四方の歪な形で、角のような部分が斜めに突き出し浮かんでいる。そこの少しへこんだ部分までよじ登ると座りため息をついた。

 

 えぇーっとぉ、私ってどうなったんだっけ?確かキングクラーケンから必死に逃げてたところで、なんかふっ飛ばされて、多分あの洞窟の入江に落ちたってことか。


 周りには船どころか島影すら見えない。


「そこから外海まで流されたのか……うあぁぁぁ」


 ツイてない。こんなに流されちゃカイだって助けに来られないでしょ。あそこには海へ出る船は小型船一艘だって無いしましてどの方向へ行ったかももうわからないだろう。もし特級ケースを持っていたら内蔵されている発信機で助けが来る可能性もあったかも知れないがそれも無い。


 あんなに肌見放さず持ってたのにここに来て持って無いとかありえないわ。オマケに何よこの状況。

 普通ならさ、こういう時って目が覚めたらベッドに寝かされていて傍でサイラがミラと交代で看病してくれてて「エメラルド様、気が付かれたのですか!?」とか言って心配したんですよ的な感じに涙してくれて「あぁ助かったのね」なんてホッとする場面じゃないの?


 なんでこんなに悲劇的な展開になってるかな。


 あり得ない状況に現実逃避しようにも、辺りは薄暗く波も荒れている。どんな追い打ちやねんって気持ちになりながらも何か無いかと首を巡らせる。勿論特に何にも無くて。


「はぁ、凍え死ぬか、溺れ死ぬか、飢えて死ぬかの三択か」


 こんなくだり前にもやった気がする。体を横にする場所もなく立てた膝をぎゅっと抱える。


 このまま食べ物も飲み物も無く漂ったとして生きていけるのはせいぜい四日か五日かな?いや無理じゃない?一番助けてくれる可能性が高いカイは船が無いし、ここがまだあの小島からそう離れて無いとすれば貨物船のルートからも外れてるとか言ってた気がする。


 詰んだか?……詰んだな。



 いよいよ日が沈み気温が下がってくる。びしょ濡れの服は体温を奪い体がガタガタと震える。確か震えが止まるとヤバい兆候なはずだからまだ大丈夫。

 唯一助かったのは波が穏やかになってきた事と月が明るい事。上弦の月は雲一つ無い夜空に静かに浮かんでいるが、太陽と違い暖めてくれる訳では無い。

 恐らくこのままじゃ低体温症になって四日どころか朝まで保たないかも知れない。


 じっとしててても寒いし、お腹も減ってる。立ち上がって何か見えないか出来るだけ遠くまで見ようと首を伸ばしたが何にも見つからず、諦めてまた座るということを繰り返していた。


 何度目の事かまた立ち上がった時にうっかり足を滑らしそのまま海へ落ちていった。


 ひぃ~冷たい、死んじゃう!


 焦ってよじ登ろうとするが鉄製の板は冷たく手がかじかんで滑り上手く上がれない。何度やっても登れず少し意識が朦朧としかけて波にのみ込まれそうになった。


 ガボっと海水を飲みかけ慌てて板から離れそうになり手足をバタつかせ必死にしがみついた。そこはさっきの斜めの板の裏側で、よく見ると少し水に沈んだ部分に取手のような金具が付いている。その下には対になる様に小さな穴があり、どうも取手部分が取れているが扉になっているようだ。


 沈んでいる部分は思っていたより大きく、恐らく壊れた船体の一部だったのだろう。扉は元は両手で左右に開くものなのだろうが今は上下に取手がついている状態だから、開くなら手前に引っ張り押し上げなくてはいけないだろう。


 開けたら海水が入るかな?


 もしこの扉の中の空間に微妙なバランスで空気が入っていてコレが浮いているのなら開けてしまえば沈む可能性があるだろう。


 そうなれば私にもう助かる見込みは微塵も残らない。


 でも今のままよじ登れないなら一緒か。


 あまり頭も回らなくて何も考えずに水中にある取手を握った。片手でググッと引っ張ったが全く動かず、なんだコレ舐めてんのかただの扉のクセにと思いながら両手で指をかけ掴んで足をその下に揃えて突っ張る。


「うぐぐぐぐっ、ふんぬぬぬ、ぬっ!」


 およそ女子からぬ声がまろび出てしまったがここには誰もいないので問題は無い。オマケに扉は勢いよく開くと予想した通り海水がぐんぐん入り込みあっという間に沈んでいった。


 私は取手から手を離し巻き込まれそうになりながらも必死に離れて行った。


「あぁ~あ、やっちゃったなぁ」


 何とか声に出して言ってみたが直ぐに私も後を追いそうだ。だって私は泳げない。手足をバタつかせて何とか顔を海面から必死に出しているが数分で力尽きそう。


 馬鹿だ、馬鹿みたいだ、死んじゃう……


 もう駄目だと力を緩めようとした時、ふと手に何かが当たった。反射的に掴むとそれ程大きくは無い何かがプカリと浮いている。しかも二つ。

 

 両方をそれぞれの手で掴むと何とか体を浮かすことが出来た。


 は?なんだコレ?


 二つの内一つを持ち上げるとパタリと広がったそれには穴が二つにボタンが付いてる。


 ………………………………………………!


「救命具っ!!!」


 気づいた瞬間に焦ってまた溺れそうになったが必死に身に着けると紐を引っ張った。シュルっと目の前に何かが現れ気がつけば円錐型の救命具の中にいた。


「やった、やった……取り敢えず、溺れない……」


 安心したのか暗転した。





 目を覚ますと白い斜めの壁が見える。寝転がっている床はふかふかして良い感じだがまだ悲劇的な展開は終わっていないらしい。


「あ、イテテ……」


 大暴れした翌日みたいに体中がきしむ。あれだけ必死に藻掻いたんだから当たり前な事なんだろうけど体中が痛い。服はまだ濡れたままだが海風にさらされていないせいか凍える程ではない。とはいえ、出来るなら乾かしたい。

 気を失ってから数時間は経っているだろうか?とにかく服を脱ぐと一部透明になっている壁の上の部分だけぐるっと手でなぞりながら魔力を込めて開くとそこからシャツを出して絞った。あまり絞りきれなかったが開けた窓のようになった所に引っ掛けて干す。ズボンも脱いで同じ様に干してひと息ついた。


 パタリと倒れて横になり空いている部分から外を見た。夜が明けたばかりなのか東雲の空に雲が薄く漂っている。綺麗な色だな……なんて思っていたがそれよりお腹が空いた。思えばキングクラーケンに遭遇してから何も口にしていない。これじゃ今から三日以内には死ぬかな。


 太陽はするする昇ると辺りは明るくなっていった。救命具が二つ浮かんできたうちの一つを今使っているわけだけど、もう一つも手元にあってそれを枕代わりに使っていた。二つあったとて救命具には飲食物は無く通信機も無い。あ、でも確か発信機はあったはず。前は数日だけ稼働出来る安物の魔石が使われている事に命がかかっている物にケチりやがってと思っていたが、この状況になって思うのは数日だけで十分かなぁて事。


 飲まず食わずで死んだ後、腐ってる体を誰にも見られたくない。

 救命具は魔石の魔力が無くなれば形を保てなくなり萎んで海へ沈んでいく。


 海で死んだ者は海へかえす。


 なんだよ、理にかなってんじゃん、なんて考えていた。




 昼が過ぎ夜になって服も乾いた。取り込んで着るとまた横になる。


 お腹空いた……喉乾いた……お腹空いた……


 一人でジッとしているとぐるぐると碌でもない事ばかり浮かんでは消え鼻の奥がきゅっと痛くなる。


「ふっ、ふぇ、うっううう……うわぁ〜!やだやだ死にたく無い!死にたく無いよ〜!」


 知った顔が次々と頭の中に浮かんでくる。どんなに叫んでも誰にも聞こえない。どんなに暴れたってどうにもならない。一度溢れてしまった涙が次々と流れていく。


 駄目だ、泣き止まなきゃ体から水分がなくなっちゃう。


 パニクってしまったのにふとそんな考えが浮かび泣き止んだ。暴れれば体力が失われる。


 じっとして待つんだ。きっと助けが来る……


 オジジ、リュディガー……怖いよ。



 

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