第57話 魔物の棲家4
このまま投げられたら死ぬ!
私は少しでも抵抗しようとお腹に巻き付いていた触手をグッと掴んだ。
「エメラルドっ!」
「銃を撃つな!エメラルドに当たる!」
「当てねぇよ!」
皆が口々に叫ぶ声が聞こえる。
私の体は勢いよく振り上げられたが先程と違い、洞窟の天井付近まで持ち上げられた所で触手の動きが止まった。投げ飛ばされないように触手を必死に掴んでいるがぬるついて滑っている。このままじゃ何時飛ばされても抵抗でき無いんじゃないかと身を固くしていた、が、どうもその様子が見られない。
突然キングクラーケンは攻撃するのを止めるともう一本の触手で私が持っていた特級ケースを探るような動きを見せる。
そういえば船にいた時もこんな風にしていたな。もしかしてコイツは特級ケースに興味があるのかな?でもそもそもケースには魔物避けが備わっているはずなのにこんなに接近出来るものなの?いや備わっているからのこの行動?
不思議に思いながらそんな事を考えていたらキングクラーケンがおもむろに洞窟の奥へと引き返し始めた。
待って待って待ってよ、私捕まったままなんだけど!?
吊り上げられたままどんどん皆から遠ざかって行く。
「助けて、カイ!」
「待ってろ!」
必死に叫ぶとカイは私を捕まえている触手の根元近くまで近づきそこを集中的に攻撃し始めた。
ガガガガガッ!ダダダダッ!
魔晶石を入れ替えて装填しどんどん撃ち込む。
「クッソー!まだか!?」
もちろんキングクラーケンだって無抵抗では無い。カイを排除しようと他の触手で攻撃して来るがそれをニコラスとイーロが援護している。何度か装填し遂に持ち上げられて私の体を締め付けていた触手がズルっと緩む。
え〜待ってこれって、このままじゃ……落下するぅーーー!
「うわぁー落ちるー!」
と思ってぎゅっと何かを掴むとそれは特級ケースにつけていた紐だった。いつの間にかスルリと体から外れそれにぶら下がるような形になる。
「ふえ??」
一瞬状況がわからず掴んだ紐を目で追っていくと特級ケースを絡め取っている触手が見えた。正確にはケースの紐だ。やはり直接ケースに触れる気にはなれないらしく、紐にぐるぐると巻き付いている。
「エメラルド、手を離せ!受け止めるから」
カイが叫びながら走って追いかけて来る。
いやいやいやいや、離すわけないじゃん!
「嫌よ!これは私の特級遺物なんだから!」
それに『ヴィーラント法』の写本だって入ってる!
「馬鹿野郎!命と遺物とどっちが大事だと思ってんだ!」
「くぅ~」
「迷うな、馬鹿!」
カイはそう言うと特級ケースの紐を絡め取っている触手の根元を銃で撃った。触手がビクリと震えそのせいでぬるついた私の手が滑り無念にも落下していく。
「嫌ぁー!私の遺物と本がぁー!」
落下に恐怖するよりも、大切な物が遠ざかって行くことに悲鳴を上げてしまう。
ドサッと岩場ではなく痛いながらも怪我なく抱きとめられた事がわかったが、助けてもらったお礼も言わず立ち上がるとキングクラーケンを追いかけようとした。
「いい加減にしろ!」
「でも」
「とにかく奴が襲いかかって来る気を失っている内に逃げ……」
ゆらりと影が迫り反射的に飛び退る。さっきまで立っていた岩場をザリッと削り取るように触手が襲いかかって来る。
「クソしつこいなぁ」
間髪入れずニコラスが銃撃し、私はカイに腕を掴まれ駆け出した。
「あいつ、特級ケースだけじゃなくエメラルドも狙ってるのか?」
「はぁ?なんでよ!」
「わからないが、もしかするとケースを開ける為にエメラルドが必要だって知ってるんじゃないか?」
「なんでキングクラーケンが魔導具の使い方を理解してるのよ。あり得ないわ」
「ここんとこあり得ないことばかりだから、そうおかしくも無いだろう」
再びイーロとニコラスがしんがりをつとめながら撤退して行く。船長は他の船員と一緒にとっくに船がある方へと行ってしまって後は私達四人だけだ。
何度も躓きながら必死で走り、やっと洞窟内の入江が見えるところまで来た。
「あれ?誰もいないわよ」
岩陰に待機しているはずの居残り組を探したがどこにも見当たらない。ここまで来れば身を隠す場所なんてないはずだと思う暇もなく、直ぐにニコラスとイーロが銃撃を続けながら逃げて来る。
「早く船の方へ行けーー!」
いつも間延びするような話し方のニコラスの必死な叫びに追い立てられ、傾き見る影もない残骸のような船へ向かう。
いやいや、アレに乗り込んだって逃げられないよ!もう船は進むどころか浮かぶ事だって怪しい状態。それにキングクラーケンの攻撃に耐えられるはずなんて無い!
頭の中ではそんな事がぐるぐると回っていたが、横に伸びてきた触手にカイが銃を放ったがカチッと空撃ちの音がして思考が止まる。
「クソッ、弾切れだ!」
「こっちも駄目!」
「俺も無い!」
男達が口々に叫び今度はただの鉄の棒状態の小銃で触手を殴って攻撃している。勿論そんな事で抵抗出来るわけもなく、鉄の棒はあっさり弾き飛ばされていく。
「避けて!」
私は反射的に腰に下げていた銃を取り出し構えると狙って撃つ。見事に触手に命中し叩きつけられそうになっていたイーロが転ばされる程度で済むと直ぐに立ち上がり逃げて来る。
「助かった」
「こっちこそ」
ここまでずっと私を逃す為に踏ん張ってくれていたのは彼等の方だ。
「貸せ!」
「いいから走って!」
カイが私から銃を取り上げようとしたが、既に一丁しか無いこれを絶え間なく打ち続けなければ直ぐに誰かが殺られてしまう。
カイもそう思ったのか攻撃を続ける私を抱えて後退を始めた。
ちょ、ちょっと、やり辛いな。
贅沢は言えずそのまま打ち続けていたが、カチッと軽い引き金の音を聞いて慌てて魔晶石を装填しようと魔晶石ホルダーへ手を伸ばす。
にゅるんって、手が!
「わっ、待って!落とした!」
キングクラーケンのぬるつきがここに来て威力を発揮し替えの魔晶石を落としてしまう。カイは私を抱えたままどんどん下がっていたので直ぐに手の届かない位置へと遠ざかる。
「戻って!」
「無理だこのまま走る!」
直ぐに私を肩に担ぎ勢いよく走り出す。それを追うようにキングクラーケンがシュルっと勢いよく触手を私めがけて伸ばしてきた。無論対抗する術は無い!
「駄目!来てる!」
「どこでもいい!陰に飛び込め!!」
突然朽ちかけている船から大音量で叫び声がし、同時に目の前が真っ白になった。
「キャーーーッ!!!」
悲鳴を上げたのは一瞬で投げ飛ばされたのか吹き飛ばされたのか、体が宙に浮いた気がしたが衝撃と共に鼻と口から水が入り込んで来た。
海!?溺れる!?
必死に海面に出ようと手足をバタつかせたが、どっちが上でどっちが下かもわからない。その間にも海流に捕らわれたのか抵抗も出来ずに何処かへ吸い込まれる様に流されて行く。
も、駄目……
体から力が抜けると今度は真っ暗な闇へ落ちていった。
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