第56話 魔物の棲家3
「カイ、見てよこれ」
小さな灯りに照らされて艶々と光る赤いキューブ。取り出そうと指でまわりを穿ろうとするが上手くいかない。
「よせ、素手では無理だ」
カイは驚きながらもナイフを取り出しキューブのまわりをゴリゴリと削り最後にガリッと少し大きめの塊を取り出した。
「う〜ん、恐らく間違い無いな」
まだ石の中に埋もれた状態のままのキューブに灯りを近づけ目を細めて確認している。
「見せろ」
私達がゴソゴソしていたせいで先に進んでいたダキラ船長も引き返してくると石を引ったくり同じ様に灯りを当てて見ている。
私はその間にカイが穿った周辺を角度を変えながら灯りを照らし足元に顔を近づけて探す。キューブは一つ見つかるとその近くに幾つか見つかる事があるから……
「あった!」
思った通り最初の場所から三十センチ程の所に青いキューブが顔をのぞかせていた。
「やっぱりね」
私が二個目を見つけた事でみんなが急に自分の足元へ灯りを近づけ探し始めた。まさかここに来て発掘が出来るとは思ってなかったのでふわっと気持ちが浮き立つ。
「陸でも発掘が出来るって聞いてたけどこんなとこでとはね」
二個目のキューブを見に来たカイにそう話しかけていると後ろから声があがった。
「あった!これもキューブじゃないか?」
私が見つけた場所から少し離れた場所にも見つかったと聞き驚いてカイと目を合わせた。
「あぁ!これもキューブじゃないか?」
「こっちにもあるぞ、艶々の石」
まさかの事態にダキラ船長も驚き手持ちの灯りを最大限に光らせ周辺を広く照らした。
「嘘、何これ」
灯りが照らされた足元や洞窟の側面に目を凝らせば其処此処にキラキラと色取り取りの光るキューブが見える。
「ここは一体何なんだ!?」
カイも驚きを隠せず辺りのキューブを見て回る。ダキラ船長もニコラスを呼び寄せ周辺を確認するように指示を出し、みんなを振り返る。
「お前達、これ以上騒ぐな。キングクラーケンが引き返して来ると厄介だ」
我先にキューブを取り出そうとガリガリしていた人達も船長の言葉にビクッと体を強張らせ手を止めた。命あっての金儲けだもんね。
「ひゃ~気がつかなかったなぁ」
確認を終えたニコラスが戻って来てわかった事は、キューブはこの辺りだけに集中して見つかったがそんなに広い範囲では無いという事。どれもめり込んだ形で容易には取り出せないらしい。
だがここにキューブがあるという事はこの小島に古代文明の遺跡がある可能性が出て来たという事になる。
遺跡は現在三つある大陸のそれぞれに、規模は異なるが幾つか存在が確認されている。遺跡の周辺では多くの遺物が発掘され、遺跡により近い場所から大物遺物が発掘される事が多かったという。
そして大物遺物の周辺に多くのキューブが発掘される。それは大物遺物がキューブから作られる魔晶石に寄って稼働するから当然の事かも知れない。
ダキラ船長はニコラスが調べを終えたのを確認し再び洞窟の奥へ向かおうとした。
「船長はこの小島の存在を知ってたぁ?」
「いや、キングクラーケンに曳航されている時にレーダーと海図で場所を確認してたがここらは魔物の目撃情報も無かったし貨物船のルートからも逸れてる」
「って事は存在が知られて無いのかなぁ」
「知った奴は
自嘲し私達をザッと見回す。もしかしなくてもダキラ船長の言う通り、キングクラーケンは小島の近くを通る船を次々と襲っていたのかも知れない。もし誰かがこの島を見つければ発掘しようとしただろうから場所も知られていただろう。って事はキングクラーケンがここを護っていたって事になるのか。なんとなくそれが不可思議な感じがする。
陸での遺物発掘はここ数十年酷いものだと聞く。当初こそ発掘された遺跡を過去の貴重な歴史として慎重に保管していた。だがその周辺を丁寧に調べ上げ出土した遺物が後に魔導具となると知られてから発掘は金儲けの手段となっていった。
遺跡は荒され遺物は回収され、それに寄って古の魔導具が幾つも再現され国が栄えて行った歴史がある。
「じゃあ行くよぉ」
ニコラスが再び先行し洞窟の奥へと進む。私も含め皆キューブがきらめく足元が気になりしばらくキョロキョロとしていたがそれが落ち着いた頃、先行していたニコラスが曲がりくねり先が見えなくなった所で足を止め合図を出した。
空気がピリッとしより慎重に進みニコラスの少し後で止まる。その辺りからモワッと生臭い匂いがキツくなった。岩陰から向こうを覗き込んでいたニコラスが私達の方へそっと引き返してくる。
「あの奥にキングクラーケンがいる」
「ここが奴の棲家か。行き止まりか?」
ニコラスは首を傾げ少し考えている。
「ん~、よく見えないけど突き当りな感じぃ。幅いっぱいにキングクラーケンが横たわって奥がよく見えないんだ。今は動かないから眠ってんのかな?」
「ここで行き止まりなら奴を狩ってから脱出方法を考えるしかねぇのか?」
「いや、こんな武器で倒せるか?」
船長や船員達がこれからどうするかを小声で話し合っている。
今いる人数では当然あの巨大な魔物は倒せないだろう。海の魔物は魔導砲で倒すのが当たり前で、魔導砲は大型船にしか搭載されていない。陸から近い場所で漁をするような船には私達が手にしているような小銃位は用意しているだろが、それは倒すというより威嚇して時間を稼ぎ逃げる手段に過ぎない。だが今回は逃げ場が無いのだから本気で倒しにかからなければならない。
私は話し合う船長達の横を通り抜け岩場の陰からそっとキングクラーケンがいる場所を覗き込んだ。
「うっぷ、くっさ」
より一層生臭い匂いの強烈さに吐き気を我慢する。キングクラーケンは壁に体の半分をもたれるようにして、十本ある筈の触手をダラリと投げ出すようにしているのが見える。日が差さない洞窟のはずが薄暗くぼんやりと輪郭が見えるのはキングクラーケン自身がほんのりと光っているせいだ。小さな光る粒が模様の様に全身にあり、触手が時々ピクピクと震えるがそれ以上の動きは見られない。眠ってるのかな?
「危ないから下がってろ」
カイが私の肩に手を乗せ横から覗き込んでくる。
「ねぇ、キングクラーケンも眠るのかな?」
「そりゃ魔物だって休む事は必要だろう。人が眠るのとは違うかもしれんがな」
二人でそのまま目を離せずにいると、ピクついていた触手がゆっくりと内側に巻き込みはじめ、壁にもたれていた奴の体が起き上がる。
「ヤバい、逃げるぞエメラルド」
カイが私の腕を掴んで船員達がいる方へ駆け出す。
「奴が動き出したぞ」
みんなその声にバッと反応すると素早く撤退して行く。どうするかも決められないまま来た道を引き返しながら時々後ろを振り返ると岩陰からほんのり光るキングクラーケンが姿を現した。
「急げ!」
ダキラ船長が叫ぶと同時に奴が触手をシュパッと伸ばしてきた。
「撃てっ!」
ダダダダッ!
ニコラスとイーロが素早く反応し触手に命中させる。二人はしんがりを務めるように最後尾に位置し連携しながら撤退してくる。ダキラ船長も二人を援護しつつみんなが逃げれるよう銃で攻撃している。
触手は銃で弾かれ先っぽが処々千切れているが怯むこと無くこちらへ伸ばしてくる。
「早く行けー!」
足場が悪く思うように進めずもたついていると遂にキングクラーケンが間近に迫って来た。
「うわぁー!」
同時に数本の触手が伸ばされ銃撃をくぐり抜けた一本が一人の船員を掴み上げると吊り上げた。
「せ、船長っ、助け……ギャー!」
ひょいっと小石でも払うように洞窟の奥へと飛ばされて悲鳴と共に消えて行く。あれ程の強さで投げつけられたら一溜まりもないだろう。その光景にゾッとし足が竦む。
「エメラルド!しっかりしろ!」
イーロと並び、キングクラーケンに銃を撃ち続けるカイ。間近に魔物が迫って来るが何とかそれを少しでも遅らせようと踏ん張ってくれている。
私が逃げなきゃカイも逃げられない!
そう気付き二人に背を向け走り出したが急に足が空をかき天地がひっくり返る。
「エメラルド!」
気配を消して近づいて来た触手に巻き上げられたと気づいたが、グイッと勢いよく振り上げられ何も抵抗出来ない。必至の形相で私に手を伸ばしているカイの姿が遠ざかって行った。
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