第55話 魔物の棲家2

 ダキラ船長と、傍にいたニコラス、カイが、はぁ?って感じで私を見ている。どうやら聞こえなかったようだ。

 

「だから、私の分の小銃」

 

 手を出しひらひらと揺らして催促をする。早く確認したい。

 

「「「なに言ってんだお前っ!?」」」


 わっと一斉に返さえる。


「三人で声を揃えてそっちこそなに言ってるの?銃だよ、銃。早く頂だ……」

「渡すわけないだろ!」

「ありえねぇ!」

「使えるの?」

 

 食い気味で叫ばれたなか、ひとりニコラスだけが冷静に聞いてきた。

 

「うるさ。っていうか、カイはなに怒ってるの?小銃くらい使えるよ」


 大海を行く回収船だって例にもれず稀に魔物と対峙する時がある。大概は船に装備されている魔導砲で決着がつくが時に仕留め損ない総員戦となる時もある、らしい。実は私が回収船で拾われてこの方魔導砲が魔物を仕留めそこねた事はない。しかも部屋に閉じ込められるから魔物も魔導砲を撃つのも見たことすら無い。


 回収船に乗るからには全員が義務として魔導具の武器を最低限は扱えるように訓練して乗船している。産みの親に船に捨てられたピッポと拾われた私だって例外ではなく、六才の時に訓練を受けている。


「いやいやいや、いくら訓練を受けてたって使う機会が無かったろ?なら使えないも同然だ」


 カイは頑として私に武器を渡すまいとしているが、横からニコラスがひょいっと小銃を渡してくれた。


「こんな事態なんだから自分の身は自分で守ってくれれば助かるよねぇ」

「わぁ、ありがとうニコラス」


 受け取った私は直ぐに両手で持って重さを確かめ使い方をニコラスに教えてもらう。


「これは軽めだけど両手でしっかり構えてから撃てよぉ。魔晶石の装填はここから、これ替えね」


 メルチェーデ号で使っていた物とは少し形は違うが使い方はさほど変わり無い感じで、直ぐに構えて感触を確かめる。


 魔晶石の装填、残量の有無はグリップの上部をみて確認するタイプ。一回の装填で二十発か。メルチェーデ号のは十五発だったから新しい型みたいだな。軽めって言ってたけどグリップは私には少し太めかも。メルチェーデ号なら愛用の銃があったけど、まぁ贅沢は言えないか。


 手早く装填の仕方を何度か試してみて手順を覚え、ホルダーをもらうと腰に装着した。


「「えぇ!?」」


 銃を扱う私にカイとダキラ船長が不可思議なものを見るような目で見てくる。


「エメラルド様は銃が扱えるのですか?」


 サイラがちょっと心配そうな顔をして、その横でミラもポカンと口が開いている。


「そりゃあね、回収船育ちだから。特に私のまわりの奴等は過保護で七日に一回は訓練させられるし」

「いや普通過保護って武器とか触らせないだろ!?貸せ、危ない!」


 あまりに手慣れた感じで扱っていたので呆気に取られていたらしいカイが近づき銃を取り上げようとする。私は一歩下がってそれを手で制する。


「確かに奴等は過保護だけど一周回って結局身の安全を守る為には武器が扱える方が良いだろうってなったみたいよ。とにかくぶっ放して逃げろ、後は任せろって言ってた」

「いや解決策が乱暴だな!」

「まぁ私はこの通り目立つから」


 メルチェーデ号では髪を短くしたり帽子を深く被ったりで少しは隠すような格好をしていたけどそれにも限界がある。新しく人が入れ替わる度にジロジロと見られる事が年齢が上がるにつれ増えていき過保護度も加速していった。

 船での揉め事は基本的にまとめ役に報告する義務があるけど報告する時点で取り返しがつかない事案もある。だったらその場で始末をつけられるように武器を隠し持っておけと言われていた。もちろん普通は武器の携帯なんて許されなかったけれど私だけの特別措置を船長モッテンがオジジとリュディガーと結託して決めた。


 だけど流石に目立つ武器は持ち歩かなかったし、滅多に使っちゃいけない事はわかってるから過保護連中の他は誰も私が武器を携帯してるとは気づいて無いだろうけど。


「うぅ、確かに……」


 短い期間とはいえ一緒にメルチェーデ号で過ごしていたカイも私の言葉に眉をよせる。やっぱり目立ってたか。黒髪の中に一人金髪翠眼だもんね。


「エメラルド様はお綺麗ですからね」


 サイラがいつものスンとした涼やかな顔を緩めてポツリと零す。ミラ、横でコクコク頷かないで。


「とっとと準備しろ。洞窟の奥を探りに行くぞ」


 生温い感じになった空気をぶった切ってダキラ船長がみんなに命じる。もうこの話題に飽きたんだろう。助かったよ。




 足場が悪いなか、できるだけ静かに進みキングクラーケンが消えて行った方へ向かう。この洞窟がどこまで続き、どうなっているのかを探る為とはいえ、絶対に魔物がいる所へ向かうのは恐怖でしかない。

 みんな口数は少なく静かで、荷物や武器がこすれあって鳴らす音も後ろの波が岩に打ち寄せる音で消されている。


 流石に全員が一度に移動するというのは現実的ではない為、水際から一定の距離を保った場所で半分の人は荷物と一緒に待機する事になった。

 丁度そこは洞窟が蛇行して曲がり角の様になっていて奥から見えにくく身を潜めやすそうだ。 

 私もそこへ置いていかれそうになったが断固拒否する。先行するメンバーにカイが含まれていたので私から目を離すなと言われたよねと確認したら睨まれたがついていける事になった。


 サイラとミラは私について来るとかなり粘っていたが泣く泣く待機組だ。歩行も危なかしいサイラではいざという時に走って逃げられないし、二人とも武器を扱う事が出来ないそうだから仕方が無いよね。


 カイの特級ケースは未だミラが持ったままだ。何故かカイはそれを自分で持とうとはせず、またその事を大して気にも止めていないみたい。その様子はまるで特級遺物に価値を感じていないかの様だ。あんなにオジジと遺物研究するのだと断言していたのに。


 洞窟の奥へ向かうメンバーは私以外はダキラ船長によって選ばれた。ニコラスもその中にいて、どうやら彼は身軽で目端が利くので斥候としての役目を担うらしい。

 その他のメンバーを見ていておやっと思う。


「あなたって……」


 気配を消すように後ろの方にいた男は高速艇で私達を最初に案内してくれたイーロだった。確か魔物討伐船でミラが不審な感じがしたと言っていた。本当に馬鹿貴族の手下なら置いて行かれたのかもしれないが、結果的に一緒に行動しなくて命拾いした形になっているから運がいいのかもね。


「あ、どうも。ご無事でなによりです」


 しれっと後方を歩くイーロにはちょっと気をつけた方が良いのかもしれないが、カイは全く気にせず軽く頷いて挨拶をかわしていた。


 

 待機組がいる所は船からの灯りがあって広い範囲がぼやっと薄暗い感じだったが、そこから道が曲がりうねった洞窟の奥は真っ暗で全く光が無かった。

 探索へ向かうグループは八人で一人ひとり小さな灯りを腰からぶら下げ足元を照らしていて、前方と後方には一人ずつ広い範囲を照らせる灯りを持っていた。


 前方を進むのはダキラ船長とニコラス。灯りは船長が持ちニコラスは照らされた場所を軽快に進んで行く。洞窟の天井は高く幅も広い。進み始めて数分経つがどれほど奥行きがあるのか検討もつかない。

 キングクラーケンの姿はまだ見当たらないが、奥へ進むほど生臭い匂いがキツくなっていくのでもう少しでたどり着けそうだ。


 足元は岩場が続き容易には進めず、時には手をついて岩を上ったり下りたりを幾度か繰り返していた。


「うわっ」


 気をつけてはいたが窪みに躓き危うく額を岩に打ちつけそうになった。ギリギリで危なかった。


「大丈夫か?」


 前を歩いていたカイが振り返り手を差し出してくれる。


「うん、ありがと……ん?」


 手を借り礼を言いながら立ち上がろうとしてふと打ちつけそうになった岩に目を止めた。キラッと灯りが反射して光った気がして、カイの手を離し腰につけていた灯りを外してそれをよく見ようと照らし顔を近づける。


「こ、これって……」


 黒ぐろとした岩に埋もれるように姿の一部を現しているのはキューブだった。










 

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