第54話 魔物の棲家1

 近づくにつれハッキリと見えてくるそれはゴツゴツした真っ黒い岩の塊だった。遠目には草木が一本も生えていない岩だけの小島で人が住んでいるようには見えない。

 キングクラーケンは小島に近付くとぐるりと裏へまわる。船はここへたどり着くまでにかなりひしゃげて操舵室から船尾へ行く通路も塞がれてしまっていたが、それでも船内通信機は無事で船尾に集まりつつあった船員や救助された人達が救命艇の近くにいることは把握出来ていた。

 

「隙があればそっち判断で脱出しろよ」

「りょ、了解です」

 

 ダキラ船長の指示に通信機の向こうで戸惑う声がする。操舵室には私達四人とニコラス、ダキラ船長の他に三人の船員がいた。この人数がどうにか船尾に行けたとしても救命艇はもう定員を超えているだろう。どうせ全員が乗れないのだから逃げられる人達だけでも逃げればいい。

 それに目の前には人が住む事は出来そうに無いが島があり、とにかくたどり着けば当面は溺れ死ぬ事はなさそうだ。まぁ魔物に喰われる可能性は否定出来ないけれど。

 

 裏へまわったキングクラーケンはぐんぐん小島に近づいて行く。するとそこに海が島に入り込むような形でポッカリと大きな穴がありその中へ入って行くようだ。

 

「今だ、行け!」

 

 突然ダキラ船長が通信機で船内に叫ぶ。島に近づくに連れ波が激しく岩を打ち付ける音が響いていたため荒れた海面は危険だが、救命艇が着水する音や気配を上手い具合に消してくれると判断したのだろう。窓から後方を見ると次々と救命艇が脱出したが、小島の洞窟へ入って行くキングクラーケンには気づかれていないらしく一旦島影に隠れるように舵を切ったあと離れて行ったようだ。


 彼等が脱出出来たことを喜ばないといけないだろうが、それを見届けた途端、置いていかれた気がして不安な気持ちが押し寄せてきた。胸が絞られるような感覚に陥った後、鼓動が大きく体中に響き少し息苦しい。


 この先私達はどうなるんだろう……

 

「大丈夫だ。なんとかする」

 

 ふわっと肩を包み込むように抱き寄せられ横を見上げると、カイが私が不安な気持ちになったのを察したのか引き寄せぎゅっとしてくれる。

 

「……平気よ」

 

 少し震えたかすれた声でそう答えるのが精一杯だった。肩に置かれたカイの手の暖かさに縋り付いてしまいそうになったが、そうすると一気に心が折れてしまいそうでぐっと堪える。勿論彼にだってどうしようもない状況だとわかっているだろう。それでも力づけようとしてくれている事がじわっと胸にしみる気がする。


 私だってしっかりしなくちゃ。

 

「サイラ、足は大丈夫?きっとこの先動かなきゃいけなさそうだけど」

 

 くるりと体を返してカイから離れサイラとミラの元へ行く。

 

「はい、もう大丈夫です」

 

 少し顔を顰めながらサイラは答える。体を打ちつけられたが足を痛めた訳では無いので多少体を休めた今は歩く事は出来そうだ。この先は何が起こるか検討もつかないのでニコラスが付きっきりになるわけにはいかないだろう。

 

 キングクラーケンは救命艇が脱出して行った事に気づいていないのかそのまま洞窟の奥へ入って行く。明るかった外から一気に陽が届かない暗い洞窟内へ引き込まれ目が眩んだ。するとダキラ船長が船の前方を照らす灯りをつけて息をのんだ。

 

 洞窟の内部は入口から想像もできないほど広く天井が高かった。元々物資を運搬するこの大型船が余裕を持って入る事が出来たことも驚きだった。もしこれが普通の島にあったなら雨天に悩まされず積み込みが出来る有用な港になったのではないかと思わせるほどだ。

 洞窟は深く入口から二十メートル程進んだ所まで海水が入り込んでいてそこからなだらかな坂になった岩場があった。キングクラーケンがその岩場の前まで来て動きを止めたのでここが目的地なのかと思ったが、奴はおもむろに岩場に上がり始めた。

 

「カイ、キングクラーケンて陸でも生きれるの?」

 

 海中からザバッと奴の本体が現れる。船からの灯りがあるとはいえ、薄暗く不気味な空気感のなかぬらっとした巨体がズズズっと体を引きずり岩場を上がっていく。触手に絡め取られたままの船も一緒に引き上げられてガタガタと揺れ、船底が岩にこすられギィーギィーと嫌な音を立てる。

 

「いや……聞いたことがない」

「うへぇ〜、信じられないなぁ。でも魔物の中には未だ生態がよくわかってない種がいるからなぁ」

 

 絶句するダキラ船長の横でニコラスがちょっと間の抜けた声でいう。

 キングクラーケンは完全に船を引き上げた後、船体に絡ませていた触覚をおもむろに外し、それに支えられる形だった船がゆっくりと傾き横倒しになっていく。

 

「うわぁー!」

「掴まれー!」

「キャーッ!」


 ガシャーーンと大きな音を立てて船が倒れた。操舵室は船の最上階にある為まともに倒れていたらきっとみんな無事では無かったと思われるが、幸い完全には横倒しにはならず、船の一部が岩にもたれるように引っかかり何とか斜めに傾いた状態を保ったようだ。


 ダキラ船長とニコラスと船員達は固定されていた装置やイスで体を支えていたが、私達は傾斜した室内を転がり壁に当たり止まった。一歩間違えば窓から投げ出されていたかも知れないが誰も大きな怪我は無くホッとする。


 私の傍にはいつの間にかカイがいて壁との間に入り庇ってくれていたが、礼を言う間もなく彼は立ち上がり直ぐに割れた前方の窓からキングクラーケンの動向を確認している。


「……あいつ、奥へ向かうぞ」


 立ち上がって見るとカイの言葉通りキングクラーケンは触手を操りズズズっと洞窟のさらに奥へ進み船からの薄暗い灯りのなか岩陰へと消えて行くのが見えた。


 折角ここまで船を運んで来たのにどうして放置していったのだろう?


「兎に角先ずは船から出るぞ」


 ダキラ船長の声にハッとすると船員達がバタバタと下船の準備を始めた。船尾まで向かう通路の途中は塞がれてしまっているが、通信機は生きていたので救命艇に乗れなかった船員達とも連絡を取り持てるだけの必需品を持ち船から出るように指示していた。


 私達も持てるだけ持たされて斜めに傾いている船から岩場へ下船していく。


「手を伸ばして俺に掴まれ。そしてゆっくりと降りて来い」


 傾いた船から降りれる場所を探すと岩場から少し高い位置にあり男達は軽く飛び降りていった。持っていた荷物を先に降りたカイとニコラスに渡し特級ケースを再び紐で吊るして斜め掛けにして持ちいよいよ自分が降りる番となっていた。真下でカイが両手を伸ばし小さい子にするように大丈夫怖くないぞみたいな顔をしている。


 いや、お嬢様じゃあるまいし。


「そこ退いて、自分で飛び降りるから」


 階段で言えば五、六段。回収船育ちの私をなんだと思っているんだ?


「いや、待て、結構高いぞ」


 焦るカイを無視して避けるように飛び降りた。


「わかってるわよっ、と」


 降りた岩場は凸凹としまるで発掘場のような感じで馴染があった。無事に着地した私をホッとした目で見るんじゃないよ。


「これが陸なのね。あんまり感動とかないわ」


 靴でトントンと感触を確かめて言うとカイとニコラスがハッとした。


「そうか、初めて船から降りたのか!」

「えぇー!マジで初体験なのぉ!?イッテェ!!」


 結構な強さでカイがニコラスの頭を叩いた。


「言葉に気をつけろ!」


 カイって結構な過保護モードを持っているな。船乗り達はもっと下品な会話をいつもしてるからそこそ慣れているんだけど。


「おい、ちんたら遊ぶな。脱出方法を探るぞ」


 騒ぐニコラスをダキラ船長が睨みつけ他の船員達も集めると船から持ち出した品物を確認していく。


 水と食料はもちろん、通信機、薬、毛布、灯り、そして武器だ。船員達が持って来た武器が使えるか確認し、ダキラ船長がそれをそれぞれ扱える船員に渡していく。

 魔物討伐船だけあって思っていたより多くの種類と量があって取り残された二十人ほどの船員全てに行き渡りまだ余裕があった。

 武器は勿論魔導具で、銃型の物を魔導銃という。カイとニコラスにも小銃タイプと呼ばれる魔導銃が手渡されそれぞれ使い方を確認している。

 武器はもちろん魔導具だ。キューブで出来た小銃専用の魔晶石をセットし、引き金を引くと魔力が飛び出し標的に当たる。魔晶石を入れ替える事で何度も使える。

 私はダキラ船長の方へ一歩踏み出し問いかける。


「ねぇ、私の分は?」


 

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