第53話 魔導砲3
船は大きく揺れながらギシギシと音を立てているが沈められそうな気配は無い。私達は揺れに耐えながら通路を進んで直ぐの所にある階段を上り操舵室へ向かう。途中で不安そうな船員達とすれ違ったがみんなが縋るようにニコラスに視線を向けていた。結構信用があるのかもしれない。
階段を上りきり船首へ向かうと操舵室は直ぐだった。
「船長、どうなってる?」
ニコラスが入ってドアの横にあるイスにサイラを座らせると正面にある船を操作する機器の前にいるダキラ船長の元へ行った。
「見ろよ、捕獲からの曳航かってんだ!」
横手にある窓から海を見下ろせばキングクラーケンが船体に触手を巻き付けグングン引っ張りながら進んでいる。奴の本体は船の左斜め前に位置しぬらついた体の一部を海面から出してぺっとりと船体に引っ付いている。
「陸まで連れて行ってくれるとかぁ?」
「そうだったらいいが、それまで船がもたんだろう」
ニコラスとダキラ船長が呑気な会話をかわしているが、その言葉通りキングクラーケンの力加減馬鹿野郎なせいで船体の軋む音やひしゃげる音は止むことがない。
操舵室に次々と届く報告にも、どこそこに浸水してきただの、食料倉庫への通路が塞がっただの、最早時間の問題な事がよく分かる。
「んで、さっきのはなんなんだ?」
ダキラ船長は私が触手に目(?)をつけられ、付き纏いというか、触るか触らないかを繰り返していた珍事の事を言っているようだ。
カイも眉間にシワを寄せながらダキラ船長のそばに行きよく分からないと首を振る。
私はサイラの怪我の具合を確認し、ミラに任せるとカイのところへ行こうとしたが、ふとミラがエプロンに包んで腰に括りつけている特級ケースが入っているであろうものが気になった。
「あ、エメラルド様がお持ちになりますか?」
私の視線に気づいたミラがそう言ってエプロンを外そうとする。
「えっ、あぁ、いいよ。カイはミラに任せたんだし」
なんだかモヤついた気持ちになったがカイの物の事はカイが決めるべきだろうと思いその場を離れた。
ニコラスとダキラ、カイの三人は順調にこの船の曳航を続けるキングクラーケンを見つつ話している。
「救命艇で後方から少しずつ脱出するか?」
「はっ、触手は十本もあるんだ。いくらでも
「でもこのままでも奴が海へ潜ればみんな終了だよねぇ」
小型ボートで逃げた奴等が上手く陸へたどり着いたとしたら全滅とは違うのかも知れないが、このままじゃ少なくともこの先誰も助からない可能性がある。
ダキラ船長は気に食わない現状に舌打ちしていたが、船員に向かって指示を出す。
「どちらにしても救命艇で脱出可能かどうか試しでやらせろ」
「は、はい!」
船員は戸惑いながらも操舵室から足早に出て行った。
「上手く行けばいいけど」
誰に言うでもなくそう零すとカイが私の頭をクシャッと撫でた。
「心配するな。上手くいかなくても何か他を探す」
「他って?」
カイはう〜んと悩んでいるが何もでてこない様子。
「無いの?頼りないな。後ろから脱出する隙を作るため魔導砲をぶっ放すとかさ?」
私が少し呆れて言うと話を聞いていたのかニコラスが笑い出した。
「なんだよ、いちゃつくのかと思えば無茶言うねぇ」
その横でダキラ船長も馬鹿にした目で見てくる。
「魔導砲は出力の加減が難しいんだ。こんな近距離でぶっ放しゃキングクラーケンを仕留めたとしてもこの船だって木っ端微塵だ。なんにもわからねぇクセに偉そうに」
別に本気で言ったわけじゃない話を勝手に聞いておいて文句まで言ってくるなんてムカつく。私だって最終手段的な感じで話しただけなのに。
一人でムカついているとさっき出て行った船員が慌てて駆け込んできた。
「船員大変です!後方から脱出出来るか
……存在を忘れてたよ。流石馬鹿貴族。
とんでもない報告を聞いた私達は一瞬頭が働かなかったが、我に返ると操舵室の窓を開け身を乗り出して後方へ目を向けた。
救命艇はまさに本船から離れたばかりのようで、しばらく波に揺られていたがエンジンをかけたのか方向を転換すると遠ざかり始めた。
「あれ?馬鹿貴族って操縦出来なかったはずだよね?」
カイに言うと後ろから先ほどの船員がガタイの良い見慣れない男が一緒に乗り込んだと教えてくれた。
いやもう、考えるのは止めた。
カイも同じ男が浮かんだようだったがお互い敢えて口にはしなかった。
救命艇は上手く脱出していくように見えた。キングクラーケンに曳航される本船と逆方向へ向かう姿を見てこの方法ならイケるんじゃないかと思ったその時。
少し遠ざかった救命艇が瞬時に消えた。
誰しもが「えっ?」と思っているとザバッと目の前の海から何かの物体が触手にぐるぐる巻きにされて現れたかと思った次には前方へブンと投げられていた。
随分遠くへ投げられてしまったが一瞬見たアレは間違いなく救命艇だった。そこに人が乗っていたかどうかは確認出来なかったがどちらにしても無事では無いだろう。
みんな無言で窓から離れた。
「後方からの脱出は駄目だねぇ」
ニコラスがポツリというとダキラ船長がニヤリと笑う。
「後は近距離攻撃だけか」
バタバタと通路を走り回る音がする。あれからどれくらいの時間が経ったのかよくわからないが、今は救命艇が幾つ残っていて何人乗れるのか調査中だ。どこからか救命具も持って来てくれ私達救助された者が優先的に渡してもらえた。
「助かったらちゃんと国へ報告してお金をフィランダー国へ振り込むように言っといてねぇ」
ニコラスが笑顔で私達に救助具を着せながら言う。
「国へなの?家族じゃなくて?」
「そうだよぉ。この船の船員の殆どは孤児か独り者なんだぁ。だから家族はいない。でも国には世話になったからねぇ」
食料の殆どを国内で賄っていたフィランダー国は食糧事情は豊かで、むしろ人手が欲しくて孤児にも手厚いとはいかなくとも不自由なく育ててもらえるらしい。孤児だったニコラスも小さい頃から農業の手伝いをしながら最低限の学びと食事は得られていたらしい。
だが先の大嵐で事情が変わり、仕事や家、家族を無くした人達が収入を得るために運搬船から魔物討伐船となったこの船に乗っているのだそう。サラッと話しているがフィランダー国に大切にしたい人がいるんだろうか?
「いいか?最低限の人員だけ残し後は後方に集めた救命艇に乗り込んどけよ!」
ダキラ船長の命令で船員達が操舵室から出ていく。私がヤケクソで言った魔導砲をぶっ放して隙をついて脱出する案が実行に移されようとしているのだ。
「お前達も早く行け」
こちらを見ずにレーダーを見つめるダキラ船長。ギリギリまで救助が来ないか待っているのだろう。私達はここに居てもなんの役にも立たないとはいえ、彼等を残して行くようで心苦しくなる。
「ニコラスも行け」
「なんでぇ?俺は残るよ。どうせ全員は救命艇に乗り切れないからねぇ」
キングクラーケンが巻き付いて使い物にならなくなった救命艇もあるし、お試しで使用してとでもない結果になった物もあるため数が不足しているのだ。
「一人くらい仕切れる奴が居ねぇと折角の生き残りが野垂れ死ぬのがオチだ。そうなりゃ国へ金を振り込んでもらえねぇ。だから行け」
ダキラ船長が不満そうなニコラスの方を見て言ったが、言われたニコラスが驚いた顔で前方を見ている。
「アレ、島じゃないか?」
キングクラーケンは波間にポツリと見える小さな島らしきものに向かって真っ直ぐに進んでいた。
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