第51話 魔導砲1

 私に気づいたマグダがニッコリと笑った。


「あらエメラルドちゃん」


 クソフランコと二人で個室へ入れてくれと無心してきたのは昨日で。そのクソフランコが馬鹿貴族と組んでエスカレートした行動を起こしてきたのはついさっき。そう言えばマグダの姿が見えないなと思っていた。

 なんと声をかければいいのか分からず黙っていると部屋の中から背の高い男が出て来てマグダを後ろから抱きしめた。


「もう行くのか?」


 ギュッとしてチュッとする。あぁ見てられない。


「駄目よぉ、こんなところでぇ」


 やっぱりイチャイチャするマグダに……って相手が代わってるよ!


「マグダ!?」


 フランコは?とは流石に聞かなかった。恐らく彼女は早々にフランコを切り捨て個室をゲットする為に行動したのだろう。


「ほら駄目よ。掃除をする事を条件にこの区域に入っても良いって事になってるんだから」


 なるほど。下っ端をゲットしても仕方が無いもんね、ある意味優秀。


 切り替えの早かったマグダがそのまま私達と並んで歩き出した。


「大変なんじゃないの?出歩いて大丈夫?」


 彼女から何故か心配してくれている様な発言に驚いてしまう。昨日私達にあった出来事は既に無かったことにされているようだが、今朝の騒動を知らないのだろうか?


「ちょっと前に決着がついたの。ク、じゃなくて、フランコとは別れたの?あいつ今大変だよ」

「あぁ~やっぱりそうなんだ。貴族様に会ってくるって言い出した時点でヤバいと思ったのよね。さっさと離れて良かったわ」


 なるほど、昨夜の時点で婚約破棄していたらしい。どう見てもお金目当てそうだったから傷心な様子は無い。今あの部屋から出て来たって事は午前中は個室でゆっくり・・・・なさったらしい。


「マグダって凄いね」

「ふふん、私って昔から見る目は無いって言われるけど勘がいいの。だからあんまり酷い目には合わないんだ」


 自慢そうに微笑んでいるけれど、別に褒めている訳では無いし私からすれば十分酷い目に合っている気がするんだけど、本人が満足しているんだから敢えて言わなくても良いよね。


 先を歩いていたニコラスが上のデッキへ向かう為に階段を上り始めるとマグダとはそこで別れた。振り返って見ているとちゃんと掃除を始めていたので、案外真面目なんだと思ってしまった。


 上の階へ着くと下と違い通路は狭く汚れやサビが目立ち、船員のドタドタと走り回る音がうるさい。船では女性が少ないせいかすれ違う度に私とサイラはやたらとジロジロと無遠慮に見られる。


「サイラ、ここで危ない目に合ってない?」


 いつも食事を取りに行ってくれていた時もこんな感じだったのかなと思うと気になる。


「はい、大丈夫です。メイド服を着てキビキビ動いておりますと主人持ちだとわかりますから簡単には声をかけられません」


 使用人に危害を加えるとその主から損害賠償を求められる事もあるので普通の人ならそんな事はしないそうだ。ましてここは密室とも言える逃げ場の無い空間だ。何かしても直ぐに捕まる。やるとしたらよっぽどの変質者だろう。

 個室がある区域は貴族も宿泊することがあるのでそれなりに綺麗にしていたようだが、他は基本的には回収船と変わらない雰囲気で安心の光景だ。

 

「ほらこの向こうから見れるよ」

 

 ニコラスが軽い感じでそう話し、船首の方へ進むと外へ出るドアが見えてきた。重いドアを押し開くと強い風と濃い潮の匂いが吹きつけてきた。

 

「早く退避しろ!ぶっ放すぞーー!」

 

 怒鳴り声と何かを知らせる大きな警報がビィービィーと鳴り響いていた。船内では聞こえていなかったが今まさに魔物へ攻撃を加える瞬間だった。

 私達が居る所は小さな展望台のようでおよそ五メートル四方の広さで三方を腰位の高さの鉄の柵で囲われている。前へ進み柵を掴んで見下ろせば広い甲板に巨大な砲台が設置してあり、その周りを数人の船員達がキビキビと動き回っている。

 

「下がれーー!撃つぞー!」


 再び誰かが怒鳴った瞬間、船員達が砲台の後ろへ駆け込み態勢を低くする。


「エメラルド、しっかり捕まってろよぉ」


 ニコラスが並んで見ていた私とサイラの間に入り肩をギュッと抱き寄せたと同時に爆音が響いた。


 ドゴォーーーン!!


「「キャーーッ!!」」


 サイラと二人して驚いて悲鳴をあげ、三人でしゃがむ。両手は柵を掴んだままだったが反動で少し体が後ろへ持っていかれそうになった。

 なんとか目を開けると真っ直ぐに伸びて行った光がシュッと消えた後、遠くで飛沫が高く上がった。


「当たったか!?」


 退避していた船員達が確認作業を始めると再び砲台の周りが騒がしくなっていく。


「アレって魔導砲?」


 しゃがんだままの態勢で柵の隙間から甲板を見下ろしていた。


「そう、エメラルド達を助けた時も一発で仕留めたろぉ?良いだろうアレ」


 自慢気にニコラスが話すがあの時はアスピドケロンごと私達が乗った高速艇も一緒に吹き飛びそうになった事をわかっていないんだろうか?助けてもらったんだけど死にそうになっていたのに。


「エメラルド様、大丈夫ですか?」


 サイラが自分も驚いていたのに心配そうに声をかけてくれる。


「大丈夫だよ。サイラも平気?」

「はい、問題ありません。ですがニコラスさん、もう少しエメラルド様にご配慮をお願い致します」


 ニコラスに庇うように肩に回されていた手を振りほどきサイラがニコラスを睨んでいる。


「アハハ、ごめんね。こんなに直ぐ撃つと思わなくて」


 まだ私の肩を抱き続けるニコラスの手を激しくビシッと叩き落とすサイラ。カッコイイ、強いお姉さん好きだ。


「イタッ、もっと優しくしてよぉ」

「そうする理由がありません」


 サイラの冷たい眼差しにめげる事ないニコラス。


「ねぇ、今回の魔物もアスピドケロンなの?」

「いや違うんじゃないかな、アレは滅多に現れないから。大抵はクラーケンさ」


 ニコラスによると魔物をレーダーで見つけることは出来るがそれが何かまでは近づくまでわからないそうだ。うっかりヤバい奴に出くわさないように遠くから魔導砲で攻撃して仕留める事がほとんど。近距離攻撃なんて滅多にないそうだ。

 今回私達を助けた時もギリギリまで近づきアスピドケロンだとわかった時はみんな興奮していたそうだ。


 魔導砲をぶっ放した船はそのまま仕留めたであろう魔物を回収するべく現場へ向かっていた。レーダーに魔物の反応を見つけてしまったせいで、船は予定航路より少し外れているらしい。それに獲物を回収する時間も必要だから到着予定はどんどん伸びていくだろう。

 馬鹿もクソも対応済みの為、私は多少到着が遅れても気にならなかった。こうして魔物を間近で見る事が出来てしかも魔導砲を撃つ現場を見れた事が興味深く楽しいと思える。


 船が仕留めた魔物の近くまで来ると停留した。少し先の海面がどす黒く染まり生臭い匂いが漂っている。


「急げよ、素材が沈んでくぞ」

「早くボートを出せ!」


 船員達が口々に叫びながら回収作業を進めて行く。どす黒い海面の中心辺りに巨大な灰色の何かがゆらゆらして不気味な感じだ。大まかな素材は船に備わっている網で巻き取りながら回収して行く様だが、散らばった素材は小型ボートで人が直接網等ですくっていく。


「やっぱりクラーケンだな。普通のサイズかな」


 ニコラスが遠目ながらそう言い、これが彼等の日常なんだと思わせる。


「それって高く売れるの?」

「クラーケンの身は食べられるけど高価なもんじゃない。皮は加工品に回せるけど高価じゃない。クチバシが硬い素材で加工品に回せるけど高価じゃない。でも全部を売ればそれなりに利益はあるかな」


 なるほど比較的よく狩れるクラーケンは商品として出回っていて高価ではないが必需品で、数を揃えれば利益が出るという事らしい。アスピドケロンは高価な素材がとれるらしいが、経費を考えると場所が許す限り倉庫一杯に積み込んでから陸へ戻りたいのだろう。


 魔物討伐部隊の内情を聞いていた時、突然私達の真上から誰かが叫んだ。


「退避だ!まだ魔物がいるぞー!!」



 

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