第50話 責任者出て来た
部屋の中に私達と船長、キラキラ☆ニコラス以外の人が居なくなると少しホッとした。このオッサンはやっぱりダキラ船長で
カイは窓から突き出していた腕を引っ込めると嘆息しテーブルの上に特級ケースをドンと置いた。
「捨てなくて良かったね」
私がそう言うとカイは肩をすくめる。
「別に特級ケースが無くなってもいい。それでこれ以上あいつ等に煩わされ無くなるならな」
話しながらケースに魔力を込めて蓋を開けた。
そこには貴重な特級遺物が……無い。
「出してたの!?」
「流石に勿体ないからな」
ハハッと笑うカイはあいつ等を小馬鹿にしているようだった。こんな単純な作戦に惑わされるなんて気の毒な気が……しないな。
直ぐに出て行くと思っていたダキラ船長が何故か同じテーブルにつき一緒にお茶してる。
「騒ぎを大きくするなと言ったはずだが?」
ギロっとカイを睨みつける船長の隣にキラキラ☆ニコラス。もうニコラスは見慣れたな。
「そうだったか?」
「あの時は返事する前に貴族が部屋に来たって知らせが入ったもんねぇ。エメラルドが心配でカイがかなり焦って走ってった」
カイの返事ニコラスが続ける。
「だいたいあの男はなんだ?アイツに何をしてこうなった?」
「フランコの事なら知らないぞ。勝手に来て勝手に貴族とつるんだみたいだからな」
平民と貴族だけど他人にたかることばっか考えてる者同士引き寄せあったのかな。
「では約束通り迷惑料を払え」
船長がニヤリとし、カイは仕方なさそうに特級ケースに個室から持って来た遺物を入れて蓋を開けたままで船長の方へ押し出そうとする。
「ちょっと待った!」
私はそれを遮りケースを押さえると船長を見た。
「なんだお前は?」
「私はエメラルド」
「名前じゃねぇ!なに邪魔しやがるって言ってんだ!」
メルチェーデ号のモッテン船長より若く、厳ついけれどちょっと整った風な容貌のダキラ船長。年齢は四十代くらいかな。モッテンと違い口が悪くてもモテそうだ。
「迷惑料はこっちが欲しいくらいなんだけど?」
いくら厳つくて口が悪くても慣れっこだ。船の男達の定番みたいなもんだから。
私の返しに船長がはぁ?って顔をしている。きっとカイは顔見知りの船長に会いに行って自分達の味方をするように要求し、その代わりに対価を要求したんだろうけど、それっておかしくない?
「チッ、子どもが口挟むんじゃねぇ」
「もう成人してるもんね。数日前だけど」
「話にならねぇ、カイ、早くしろ」
面倒臭そうな顔をしてカイを促す。カイも困った様な顔で私を見ている。
「エメラルド、話はつけてたんだ。これでもうあいつ等も近づいて来ないから大丈夫だ。これはその対価で……」
「船での出来事は船長に責任があるのよ。知ってるでしょ?」
「そう、だな」
「だから今回の事は船長が私達に謝罪しなきゃいけない事よ」
部屋の中の全員がえっとぉ?って顔をしている。
「ちょっと待て、これはお前達の個人的な揉め事だろ?それに俺はお前達を救助してやったんだぞ」
船長が少し考えながら口を挟んでくる。私が何か企んでいるとでも思っているのだろう。
「救助自体は有り難いけれど船乗りの義務だし国から謝礼が出るでしょう?それにこれは個人的な揉め事じゃなくて、この船と貴族の支払い問題に私達が巻き込まれた話よ。船長はあの馬鹿貴族が支払い能力が無いのをわかってて別料金が発生する部屋に案内して、その後も確認を怠った。そのせいで私達が被害を受けたのよ。職務怠慢じゃない?」
船長はムムッと唇に力を入れてどう話そうか考えている様子。
「だが、俺は最初にカイに貴族が絡んできたら助けてくれと頼まれた。その原因が支払いの事だとはその時点では
元々揉めてて、ここに来て金を無心されてるんじゃないかという方向へ持っていきたいようだ。勿論違うけど、こうなると責任の所在が微妙になるかも。
「証明することは出来ないけれど私達は何も問題無かったわ。向こうが勝手に命令出来ると思って仕掛けてきた事よ。でもそうね、船長が来たことで騒動が早目に片付いたのは確かだから、多少はそちらの要求も聞いてあげても良い。遺物を丸っとあげる訳にはいかないけれど、幾らかなら支払ってもいいわよ」
お互いに目をそらさないまま数秒見つめ合う。
このまま言いなりになるのは絶対におかしい。監視を付けてたくらいだからこれまでだって貴族を救助して揉め事が発生した事があったはずだ。それすらも金にしようなんてがめつ過ぎだろ。きっとカイだってわかっていたのかも知れないが、私の安全を確保する為に解決を焦ったのだろう。
「カイ、お前尻に敷かれるぞ」
私の目を見たままニヤリとすると視線をカイへ向け船長が言った。これ以上は面倒だと思ったのだろう。本来はカイの遺物なのに急に船長の物となればそれなりに手続きがいるだろうし。
「敷かれねぇよ。ただの預かりもんだ」
船長は立ち上がるとカイに後で支払い金額の打ち合わせを私がいない所でやろうと約束し引き上げていった。私が居ればまた口を挟んでくると思っているのだろう。後でしっかりカイに支払い金の打ち合わせを先にしておかなきゃ。勿論私も半分払うつもりだ。
船長が出張ったお陰で馬鹿もクソも大人しくなったようで、昼からは静かで優雅で暇な時間を過ごしていた。カイも少々お疲れのようで個室で午睡中だ。私は変わらずすることが無く、窓から海を眺める事にも飽きていた。
するとノックがし、ニコラスがやって来た。相変わらずキラキラしい笑顔を貼り付けあざとく小首を傾げている。
「エメラルド、もう部屋から出られるだろう?良かったら魔物狩りを見ないか?」
「魔物を狩るのが見れるの?」
これまでもメルチェーデ号が魔物と遭遇する事は幾度かあったが、危ないからといつも部屋に閉じ込められ倒すところを見ることすら出来なかった。
オジジやリュディガーがいては絶対に見ることが出来ない魔物狩りを見るのは今がチャンスだろう。
「行く!」
張り切ってニコラスについて行こうとするとサイラが当然の様に後ろについた。
「ミラはカイ様をお願い」
二人で頷き合い役割を分担している。
「いやいや、別に本物のお嬢様じゃないんだか」
「いいえいけません。カイ様からも男性と二人きりにさせるなと重々申し渡されております」
カイは私のなんなんだ、と思ったけれど保護者だったわ。きっとあの人達から恐喝されているんだろう。ここはカイの身を守る為に言う事を聞いておこう。私って良いやつだ。
ふと、魔物を狩るところを見に行くのに特級ケースは持って行っても大丈夫なんだろうかと不安になった。もしかしたら暴れた魔物のせいでケースを海に落とす、なんてことが起きれば取り返しがつかないかも。
ケースを手にそう考えていたらサイラがリボン状の紐を用意してくれた。私がいつも手にケースを持ってうろついているのを見てせめて肩から吊り下げれば楽なんじゃ無いかと考えてくれていたらしい。
「うわぁー、確かにずっと手に持っているより良いわ」
ケースの取手に紐を通して斜め掛けのバックの様になった。これで良いだろう。サイラは続けてワンピースからズボンに着替える様に言ってきた。魔物の近くへ行くかも知れないのだからその方が動きやすくて良いだろうということだな。
ニコラスに付いて部屋から出るとサイラと三人で船内を歩く。考えてみればこの船に乗船して以来出歩く事が無かった為はじめてのお散歩だ。
魔物討伐を目的としているこの船の中は概ね回収船と同じ様な雰囲気だが、この辺りは上級船員の個室と別料金がかかる部屋がある区域なのか割と静かだ。通路の床も綺麗に磨かれ清潔感がある。
ニコラスに付いて歩いていると不意に並んでいた個室らしきドアが開き中から人が出て来た。その人は女性で片手にバケツを持ちもう片方に箒を持っている。きっと掃除婦なんだろうと思って何気なく顔を見て驚いた。
「マグダ!?」
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