第46話 貴族の矜持?4

 ドア越しにはかなり格好良く振る舞っていたはずのカイがどんよりしている。

 

「ねぇ、さっきまでの勢いはどうしたのよ?」

 

 せっかく人がお礼を言おうと思っているのにそんな雰囲気じゃない。

 

「さっきのカイ様は本当に素敵でした!見ていてとってもスッキリしました」

 

 ミラが興奮冷めやらぬ感じで熱弁している。サイラは割と冷静な顔をしているがミラの言葉にこっくり頷いた。

 

「私も流石にさっきのは我慢出来ないかと思いました」

 

 馬鹿でもクズでも完全に腐っていても貴族は貴族。ぶっ飛ばして蹴り倒して海の藻屑にしてやりたくても後の事を考えれば耐えるしか無いのが現状だ。そこをバッサリぶった切ったカイは物凄い根性とチャレンジ精神の持ち主だろう。

 

「いや俺終わったろ?」


 ヒーローだったはずのカイは何故かどん底状態。


「大丈夫じゃない?特級遺物をあの貴族達のせいで他所の国に売りましたって言ってやれば」

 

 国の為に遺物を提供する発掘者を丁重に・・・迎えに来たはずの高速艇乗りの貴族のせいで貴重な特級遺物が他国へ流出。

 これってどえらい失態じゃない?

 

「だけどこの船は今からエルドレッド国へ向かうんだぞ」

 

 あ、忘れてた。

 

「そこからエルドレッド国を出てフィランダー国なりノエル国に向かってオマケにその中心部の王都へ向かわなきゃいけないんだ。なにより一層金がかかる」

 

 つまり素直にエルドレッド国に売るより経費がかさむって事ね。

 

「マイナスじゃ無いなら別にいいよ」

 

 私は落ち込むカイの傍に行く。私の吐いた言葉が理解出来なかったのか、彼がマヌケな顔をあげた。

 

「さっきは有り難う。カイのやり方で問題無いから、フィランダーでもノエルでもどっちでも良い。そのかわり回収船に帰るまで宜しく」


 ポカンと口を開けたまま、カイの意識はどこか遠くへ行ってしまったようだ。






「ひゃっ、ひゃっ、ひゃっ……マジでそんな事言ったんだぁ」


 嬉しそうに腹を抱えて下品な笑い声をあげているのはもちろんキラキラ☆ニコラス。ひとしきり笑った後、改めて通常使用の笑顔を貼り付けると私に向き直った。


「それでぇ、エメラルドはどうする気?」


 真っ向から馬鹿貴族に逆らったのは今のところカイだけだ。このまま馬鹿貴族の言う通り金を払えば私だけ・・は危険が及ばないかも知れない。だけどそんな事するわけ無いでしょ。


「どうするも何もカイが目一杯突っ張ってくれたんだから私もそれに従うよ」


 既にカイには伝えてあった遺物を他国へ売るという話をキラキラ☆ニコラスに言った。


「それ本気ぃ?エルドレッド国に売るよりかなり価格が低いってわかってる?もしかしてカイに丸め込まれたぁ?コイツ結構胡散臭い奴だぞ。騙されてるんじゃないのか!?」


 何故か最後にはニコラスが私を心配するような言葉が飛び出す。


「そんなに変かな?」

「そりゃそうさ。ほとんどの奴等がエルドレッド国へ遺物を売りたがる。諸事情あって手近な国で手を打つ奴もいるけど本当はみんなエルドレッド国へ売りたいさぁ。価格が違うからなぁ」


 国土も広く魔導具の使用も盛んだと言われるエルドレッド国に遺物が集中している。そのお陰で更に魔導具が増えて国が栄えていくのだろう。自国のことながら全く陸での生活事情を知らない私にとってぶっちゃけどうでもいい話。


 私は回収船で発掘できて、古代文字の解読をして、古代文明エウテュテモスをオジジと一緒に研究出来ればそれでいい。


「だけど……少し有り難いよねぇ」


 ずっと価格が違うだなんだと興奮していたニコラスが急にボソリと零す。


「何が?」

「だってさぁ、もしエメラルド達がフィランダー国に遺物を売ってくれれば多少は魔導具が増える可能性があがるからねぇ」


 この魔物討伐部船は民間でフィランダー国に属している。船員はみんなフィランダー国の者で魔物の素材を売って生活しているようだ。

 そもそもフィランダー国は農業が盛んで穀物や家畜の輸出で経済が成り立っているが、遺物があまり発掘出来ず魔導具の数も不足しているらしい。

 ニコラスによれば、それに追い討ちをかけるように五年前に酷い嵐にみまわれ未だにダメージが尾を引いているらしい。


「俺の家は穀物の輸出をやってたんだけどぉ、今も農家は他国へ売るほど収穫出来てなくてさぁ。必然的に俺達輸出業者も仕事が無くなった」

「それで魔物の素材を売っているのね」


 最初のチャラついた印象と違うニコラスの一面に少し驚いてしまう。水没したり土砂崩れが起きたりで畑は使い物にならず、魔導具が少ない為、復興に手間取り時間がかかっているらしい。

 回収船でしか生きてこなかった私には想像も出来ないことが陸では起きているようだ。海での生活は危険で不自由だというが、陸にも大変な事が起きているのか。



「とにかく、貴族達がまた何か企んでいたら教えてあげる。カイに釣られたせいとはいえ、か弱いエメラルドが貴族に逆らうって決めたんだもんなぁ」


 ん?か弱い……って、私の事?


「そうだな、口は悪いが守ってやらなければな」


 さっきまで落ち込んでいたカイが顔をあげて仕方ない奴だなって顔してる。ついさっきあんなにショボイこと言ってたクセに私の事を守れるの?


「エメラルド様、私達もおりますからご安心下さい」


 キリッとしたサイラ達の方が頼れる気がするけど、さっきはカイのお陰で馬鹿貴族を追い払えたから大丈夫なのか。ってか、私ってか弱い守ってあげたいお嬢様タイプだったんだぁ。へぇ~。



 朝からバタついた時間を過ごしていたが暇な……いや、穏やかに午後を過ごしていた。今朝は暇だと愚痴っていたところで馬鹿貴族の襲撃にあってしまったので余計な事を考えない方が……と思っていたのに突然警報が鳴った。


 ビィービィー!


「なに!?また魔物?」


 だらりと気を抜いて午後のお茶していた私は驚いて立ち上がり窓の方へ行く。船は警報の後、急激に減速しやがて止まった。窓から見える範囲の海面には魔物らしき物はないが、船内がバタバタと慌ただしくなり異変があった事は確かなようだ。


「ちょっと見てくる。お前はここにいろ」


 カイの言葉にえぇーっと抗議の声をあげたいところだが体調が悪いと言った手前そうもいかない。それに馬鹿貴族と顔をあわせて飛び蹴りでも食らわせたくなってはいけない。

 サイラ達と三人で大人しく待っていると数分でカイは戻って来た。


「なんだったの?」

「フランコとマグダだ」


 ……んと、聞いたことあるような無いような。

 私がピンときていない顔をしているとサイラが教えてくれた。


「高速艇でご一緒だった特級遺物持ちのフランコ様とご婚約者のマグダ様です」

「ああ~思い出した」


 救助されてないからアスピドケロンに食べられちゃったんだと思い込んでいたあの二人か。結構遠くまで逃げ切ってたんだね。

 救命艇は推進装置がついているから自力で陸を目指すことが可能だ。救命艇に乗り込もうとしていたところは目撃していたから運良くあのまま逃げ切っていたのだろう。あまり知らない人だけどまぁ、良かった良かった。


「それでどうしてこの船を止めたの?」


 そのまま陸を目指せばいいのに。変だな。


「ここまで来て救命艇が故障したらしい」


 ツイてるんだかツイてないんだか。


「とにかくフランコ達以外にも数名乗ってたからそれを回収次第出発だってさ」


 もしかして魔物と遭遇か?なんて思っていたが人間なら良かった。と思っていた私はやっぱり世間知らずだったなと思い知らされたのは、ドアをノックする音だった。


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