第45話 貴族の矜持?3

 貴族が開けろと言うなら開けなければいけないだろう。ましてこちらはただの平民のメイドと小娘だ。

 サイラ達はヒュッと息を呑んだ後、私を振り返り頷く。それを見て私も細く開けていたドアを閉じると音を立てないように素早くベッドに滑り込んだ。勿論特級ケースを抱いて。

 

「お待たせ致しました」

 

 ドアを開ける音と共に聞こえるサイラの声に耳をすませる。

 

「チッ、さっさと開ければいいものを!」

 

 第一声でもうウンザリだ。初対面から嫌な奴という印象だったが現在もそれは揺るぎ無い。まぁ、私の金を当てにしているという時点で何も挽回の余地はないけれど。

 

 ドカドカと品性の欠片もない足取りで部屋に無理くり入って来た模様。

 

「あ、あの、困ります。申し訳ございませんが、只今この部屋の主が不在でございますので……」

 

 ミラが必死に馬鹿貴族……もう馬鹿って言っちゃっていいよね。その馬鹿貴族を部屋に入れまいとした声がした。

 

「うるさい!退け、さっさとその部屋の主とやらを連れて来い」

 

 見えないけれど馬鹿貴族がミラに乱暴したようなバタバタとした足音が聞こえた。悲鳴をあげれば私に聞こえて部屋から出てきてしまうと思ってか、彼女達は堪えている気がする。だってサイラが小声でミラを気遣う声がした。

 むっちゃムカつくけどここで出て行っては最初の作戦を駄目にするだろう。私は寝込んでいる設定なんだから。でもムカつく!

 

 どかっと椅子に座る音で厚かましくテーブルについた事がわかる。コイツ等居座る気か!?

 

「申し訳ありませんが、いつお戻りになられるかわかりかねます」

 

 気持ちを抑えて話すサイラ。それを鼻で笑う馬鹿貴族。

 

「はっ、娘はいるのだろう?連れて来い」

 

 様子が見えないのがもどかしいが、寝込んでいると言っているのだから少なくとも私がいる事は確信しているだろう。もしかするとカイの不在を狙って来たのかも知れない。こっち的には寝込んでいると話した当日に乗り込んで来るほど図々しいと思っていなかったが……まさかイーロが見張ってたとか!?

 

「エメラルド様は魔物を見たショックをお受けになっておられますから安静が必要なのです」

「ならばこのヴィアーニ男爵家の私が直々にもう大丈夫だと安心させてやろう」

 

 ……はぁ?お前誰よりも早く逃げ出してただろ。

 

「このカラッチ男爵家の私もついているからな。そう言ってやれば安心するだろうから連れて来い」

 

 怖いほど無音になった。

 サイラとミラだってその現場にいたから全て丸っとお見通しなのに一体誰に向けての虚言なんだ?

 

「恐れ入りますがお嬢様は眠っておられますので起こす事は出来かねます」

 

 サイラが怒りで震える声を抑えながら話している事が手に取るようにわかる。ドアを隔てた私ですらわかるんだから、馬鹿貴族にも伝わってるんじゃないかな?大丈夫だろうか?

 

「あぁ、構わん。私が、ゴホン、面会の後で、個室で、じっくり慰めてやるから大丈夫だ。起こせ」

 

 もう無理。アイツぶん殴る。

 

 ベッドからガバっと起き上がりリビングへのドアへ向かいノブを握る。

 ここまで身勝手な馬鹿貴族に我慢してやった結果がコレか!?女は手籠めにしてしまえば後はどうとでもなるとか思っている時点でクズなのは決定なんだしもう良いでしょ。

 

 今にも部屋に飛び込もうとしていた私の耳にバンっと通路側のドアが勢い良く開く音がした。

 

「今帰ったぞ」

 

 カイの呑気とも思える気の抜けた声がする。

 

「あれ?客か。サイラ、誰も入れるなって言ったろ」

「……も、申し訳ございません。こちらは男爵家の方々だとおっしゃいまして」

 

 直ぐにツカツカと足音が聞こえカイが馬鹿貴族達が座っているテーブルの方へ向かった事がわかった。出鼻を挫かれた私はさっきの怒りが少々しぼみ、このまま様子を窺うことにした。

 

「これはこれは男爵家の方々。ご足労恐れ入ります。本日はどの様なご要件でしょうか?」

 

 恐れるどころか敬ってすら欠片もない事が手に取るようにわかる。慇懃無礼な感じはまるで詐欺師ニコラス顔負けじゃないかな。

 

「ふん、戻って来たのか。まぁお前でも良い。今から私達の部屋の隣へ移る許可を与える。ついて参れ」

 

 椅子を鳴らし立ち上がる気配。恐らくカイと向き合っているだろう。

 

「お断り申し上げます」

 

 キパッと言ったよカイが。あんなに慎重に接しろって言ってたカイがなんの躊躇も無くキッパリだ。

 えぇ~、断るんなら私が言いたかった。一体どうなってるんだ?

 

「はっ、私の聞き違いか?今断られた気がするぞ」

「断りましたから間違っていませんね」

 

 すかさずカイは追い討ちをかける。

 

「貴様、正気か!?」

「我々貴族に逆らえると思っているのか?」

 

 男爵家の方々とやらが交互にカイに詰め寄っているみたいだが、カイの声音は全くブレない。

 

「逆らうも何も私は自分でこの部屋に滞在すると決めましたし」

 

 そう言った後、急に重低音を響かせた。


「エメラルドが貴方がたの慰み者になることは決してありません」


 キィーンと、空気が張り詰める感じがした。誰も身動き出来ず一触即発なのがわかる。


 カイはかなり怒っているようだ。キレてるんだ。

 馬鹿貴族が私に向けた言葉が聞こえてしまっていたようだけど。でも大丈夫なのかな?腐ってるけど相手は貴族だ。


「お、おぉ、お前、我々にその様な事を言っても良いと思っているのか!?」


 精一杯虚勢を張る馬鹿貴族は全く迫力が無い。


「そそそうだ。ただでは済まさんぞ」


 声が震えてるぞ。いつも温厚そうなカイがそこまで相手をビビらせるなんて一体どんな表情してるのか見てみたいな。


「どうぞご勝手になさって下さい。こちらもそれなりの手続きを行わせて頂きます」


 カイは冷静な声で淡々と告げる。


「これ以上私達に何か指図をなさるのなら特級遺物は他国へ買い取り申請を出します」

「「なっ!?」」


 馬鹿貴族達はきっと開いた口が塞がらないという状態だろう。しかし、なんとか一人が言い返してくる。


「エ、エルドレッド国が一番高く値をつけるのだぞ。フィランダー国であっても三割は値が下がる。ノエル国に至っては半値以下だぞ」


 それぞれのお国の事情があるとは知っていたがそこまで価格に差があるとは。


「そうであっても私は構いません。例えエメラルドがそのせいで被害を被っても私が一生をかけて補いますから」


 はぁ?何言っちゃってんのカイ。なんでアナタがそこまでするの?私だってコイツ等に金使うくらいならノエル国にだって売ってやるわよ。


 カイが男前に言い切ったせいか、馬鹿貴族達はお決まりの「覚えてろよ」「このままじゃ済まさんからな」的な言葉を吐き出しつつ退場していったようだった。


 足早に立ち去る馬鹿貴族が遠ざかった事を確認して私はやっとリビングへのドアを開けた。


「大丈夫、よね?」


 サイラとミラの顔を見て無事を確認し、次にカイの方へ視線を向けると……


「やっちまった~。俺生きてる?」


 ガックリ膝をついている放心した姿がそこにあった。


 あれ?さっき華麗に啖呵切った男は何処に行った?



 

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