第43話 貴族の矜持?1

 高速艇乗りの貴族。 


 これって家柄も金もない事の証明のようなものらしい。爵位もなく恐らく三男かそれ以下。貴族的には後継ぎでも予備でもないただの金食い虫扱いされるとか。となれば残された道は良いとこの貴族へ婿に入るか自ら働いて金を稼ぐか。上位貴族なら父親が持つ休眠させている爵位を継がせて領地を分けて運営させたりすることも可能なので三男以下でも貴族らしい生活が出来るらしいが、あの高速艇の貴族たちは下っ端でギリギリ貴族という立場。そんな奴等でも金にならないちっぽけな矜持を持っている。

 

「朝から早速聞かれたよぉ。一緒に救助された特級持ちはどこだって」

 

 楽しそうなニコラスと違い私は事態が飲み込めない。

 

「なんで私達があいつ等の面倒見なきゃいけないの?」

 

 縁もゆかりも恩も無いし、なんならこっちが恩を感じて欲しいくらい。あの時私達がいなかったらあいつ等救命艇を操作できずに絶対にアスピドケロンに喰われてたはずだ。

 

「あいつ等呼びは止めとけ。人前でつい出るぞ」

 

 力ない感じでカイが注意してくる。自分だって奴等呼ばわりしてるくせに。

 

「私は嫌、断固拒否!強制は出来ないでしょ?」

 

 無理なものは無理とハッキリ言おう。私は自分の意見を言える人間だぞ。


「確かに強制は出来ないが嫌がらせはしてくるぞぉ」


 ニコラスの意見にカイも頷く。嫌がらせってなんだ?


「例えば?」

「そうだな、先ずは呼び出したり部屋に押しかけたり」


 これは無視でいい。


「それから?」

「カイになら誰かを雇って痛い目に合わせるとか」


 そこはカイに頑張ってもらって。


「エメラルドになら手籠めにしようとするだろうねぇ。見た目が良いから愛人にすればその後も特級で得た金が尽きるまで利用出来る。何処か暗い部屋にでも連れ込まれたりしてぇ」


 クスッと笑うニコラスの仕草にゾワッと首筋に寒気が走る。不意に過去の記憶が蘇り視界に靄がかかったようになり体が硬直する。暗い食糧庫の中……下卑た男の顔に浮かぶニタリとした笑み……髪に触れられ滑り落ちる男の手が私の体を撫でていく……


「エメラルド!大丈夫か!?」


 気がつけばカイに体を支えられていた。どうやら椅子から転げ落ちそうになったらしい私の両肩を掴み真正面から心配そうな顔で見ている。


「う……ん、大丈夫、かな」


 なんとか返事をしたものの体は強張り力が入らず動けない。


「サイラ、何か暖かい飲み物貰ってきてくれ。顔が真っ青だ」


 その指示にサイラが部屋を飛び出しミラが私の部屋から毛布を持って来てかけてくれた。

 カイは眉間にシワを寄せ私の肩を掴んでいた手を離すと両頬に優しく触れる。一瞬戸惑ったがそっと大切なものに向ける眼差しに気がついた。


 温かい……


 凍りついたようだった体も気持ちも頬に感じた温度に溶かされるようにゆっくりと息を吐いた。直ぐにサイラが持って来てくれたお茶を一口飲むと徐々に体温が戻って来るのを感じる。


「はぁ、ありがとう。もう、本当に大丈夫」


 カイとサイラとミラの余りに深刻な顔に申し訳なくなってきた。


「あの、ごめん。俺が余計な事言った?」


 私の急変ぷりにニコラスがキラキラを引っ込めて謝ってくる。見た感じは申し訳なさそうだが本心かはわからない。悪気は無かったにしてもニコラスの言葉に動揺してしまって何だか情けない気持ちになる。もう随分時間が経ってオジジにもリュディガーにも平気だっていっていたのに。


 動揺は治まりつつあるがカイは私に部屋で休むように言った。でもこのままニコラスから話を聞かないわけにはいかない。本当に貴族達あいつらが無茶振りしてくる気ならそれなりに対策したほうが良いに決まってる。


「私も自分でちゃんと話が聞きたい。自身を護る為にも情報は正しく把握して共有して欲しい」


 過去にあった事を忘れる事は出来なくても、それをこの先へ進む為の糧にする事は出来るはず。メルチェーデ号にいた時のようにオジジやリュディガーはいない。カイは今のところ良い奴みたいだけど四六時中一緒にはいられないし、離れる事だってある。


「やっぱり見かけとはちょっと違うみたいだね」


 ニコラスがへぇ~って感じで私を見ている。反対にカイは嫌だが仕方無いかという気持ちを隠そうともせず不機嫌に腕を組んでいる。やっぱりリュディガーに似てきた。


「とにかく、貴族の情報はニコラスに任せてもいいのか?」

「そうだねぇ、今日はまだ居場所を聞かれただけだから大丈夫だろうけど下っ端だけあって余裕が無くてさ。貴族としての矜持を保てる扱いはして欲しいけど払いの心配があるから早く楽になりたいって感じ」


 なんであいつ等を楽にするために私が金を払わないといけないのかとムカつく。


「余裕が無いなら直ぐにでもこっちに来るかもな」

「いや流石に一回は呼び出すでしょ。そこは体調不良で逃げるとして」


 カイとニコラスが呼び出された時の断る言い訳を話し合い出す。


「キッパリ断ったら駄目なの?その後から気を付けて行動すればその内に陸に着くんじゃない?」


 何故そんなに波風立てないようにやんわりお断りしなきゃいけないのかよわからない。いくら身分が上だからってそこまでやらなきゃ駄目?


「そう簡単にいかないよ。腐っても貴族だからね。平民が逆らったとなったら陸に着いた瞬間に適当に名目を偽って現場判断で即処分とか言い出す可能性が無いことも無いからぁ」


 なんじゃそれ!?これが所謂身分制度の厄災か。平民は奴等のいいように扱われ逆らうと一族郎党処罰されるやつか。クソだな。


「私達が処罰されたらあいつ等の別料金は誰が払うの?」


 ムカつきついでの素朴な質問のつもりだったがカイとニコラスはちょっと考え込んだ。


「ん~~、エメラルド達が処罰されて、それを公に罪人だとすると財産は国が召し上げる事になるか」

「となると別料金は……貴族達自分たち持ちか。そこは望んでないだろうな」

「そうだなぁ。それに最近は平民を処罰するのは大変だって聞くよ。事情聴取も事細かに聞かれて偽証すれば罰則もあるから慎重になるんじゃないか?」

「だがあいつ等どうも新人っぽかったからその辺の事情をよくわかってないかもしれない。俺達が救命艇に乗り込んだ時に言い争っていたけど、どうも一緒に救命艇に乗っていた船員が仲間を助けに戻ろうとしたのを斬って捨てた感じだった」

「はぁ!?なんじゃそれ!?」


 出ましたニコラスから「なんじゃそれ」。私も同じ気持ちだよ。貴族を相手にするなんて「なんじゃそれ」の連続だね。


 魔物討伐船という荒くれ者たちの中にいるニコラスでも流石に驚いていた。自分達が逃げる為に必要な船を操る船員を殺せば逃げる事が出来なくなるという事すら思いつかなかった奴等は完璧な馬鹿だ。間違いない。

 とにかく一時様子見だという事になり、ここでも私は部屋から出ないように言われてしまった。どこにいても軽い軟禁を強いられる人生なんだろうか?


 あいつ等に部屋の場所がバレるのは時間の問題だろう。呼び出したもののいつまでたっても顔を見せないとなれば直ぐにでも乗り込んでくる可能性だってある。一回目は体調不良で断ったとして二回目以降が問題かな。

 ニコラスによれば私達を何処へ送り届けるかはまだ未定らしい。彼等は普段、魔物を二体仕留めてから陸へ素材を持ち込んでいる。今回の救助要請でアスピドケロンを手に入れたが、まだ魔物は一体だけなので出来ればもう一体手に入れられる可能性があるルートで陸を目指したいからという理由らしい。これってもしかしてまた魔物に遭遇してしまうってこと?


 はぁ……

 

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