第42話 魔物討伐船3

「俺のこの美貌が目に入って無いの?しかも無視するなんて酷くない?お駄賃もいらねぇし!」

 

 信じられないものを見たという驚きの表情が面倒くさい。

 

「面倒くさい。カイ、あなたの知り合いでしょ?相手してあげなよ」

「エメラルド、心の声がダダ漏れだぞ。それに俺も今日は疲れてるんだ。ニコラス、明日な」

 

 確かにニコラスはかなりの美人さんだ。ミナだってさっきからコソコソ顔を盗み見ては頬を染めている。サイラの方は彼にはスンとした態度で全く揺るぎなく、ただし代わりに私をジッと見ていてそれはそれでちょっと居心地が悪い。

 

「俺の事をこんなに邪険にするなんて有り得ないからね。明日また来るから!ほら行くよ」

 

 ニコラスはブーたれていたがメイド二人を連れてやっと部屋から出て行った。

 

「やっと行ったか」

 

 そう溢しながらカイはリビングにあるテーブルの上に特級ケースを置いた。そのままイスを寄せると座りケースの持ち手を握って魔力を込め鍵をあける。

 

「エメラルドも確認しとけ」

 

 カイがケースの蓋を開けるとそこに今回のアスピドケロン襲撃をこれっぽっちも感じさせないほど静かに特級遺物が収まっていた。良しって感じで頷いたあと私を見る。


 はいはい、やりますよ確認。


 私もカイの正面に座ると同じように特級ケースを置いて持ち手に魔力を込めた。

 

「パカッと開いて、はい、水濡れもなく大丈夫。おぉ!これ入れて置いて良かったぁ」

 

 遺物の無事を確認し、その横にちょっと無理矢理詰めておいた『ヴィーラント法』の本を取り出す。

 

「あぁ!お前天才か!?俺諦めてたよ……」

 

 カイは私が高速艇にコレ・・を置いて来てしまっていると思っていたらしく、驚きと安堵の表情を浮かべた。

 

「そうでしょ?ある意味これだって特級遺物と思ってさ」

 

 思いつきだったが本当に良かった。魔物に襲われたとはいえ高速艇の沈没に巻き込まれていれば二度と『ヴィーラント法』の本は帰ってこなかっただろう。

 本の表紙のザラリとした感触を確かめて再び特級ケースに入れると蓋をして鍵をかけた。

 

「本当に無事で良かった。でも当分解読は出来ないぞ。いつまでこの船にいるかもわからないからな」

「わからないってどうして?国へ送ってくれるんでしょう?」

 

 そうなら大体の滞在時間は把握できるはず。

 

「まぁ最終はそうだろうが、国を問わず基本は手近な陸までが奴等の義務だ」


 魔物討伐船というだけあってその本分は魔物狩り。人命救助は魔物を探す際の偶然の産物であって彼らにとって魔物の素材回収以外は面倒事でしか無い。しかし救助要請を無視する事は国同士の取り決め上出来ないし、諸経費は払ってくれるのだから手間だが損は無い作業ということらしい。


「つまり今からどこへ行くかわからないって事?まさか無人島で降ろされないわよね?」

「金が貰えなくなるから流石にそれは無いさ。だが大陸とは限らん。人が住んでいて本土に帰国要請が出せる陸に降ろしていい事になってる」


 マジかー。下手すれば大陸ではなく何処かの国の島に置かれて本土からの迎えもなかなか来ないなんてことも有り得るのかな?そこでの滞在費は国から出るのだろうか?




 昨夜は夕食後サッとシャワーを浴び直ぐに眠ってしまった。サイラとミナも無事に個室を与えられたようだから安心して眠れただろう。


 与えられた寝室は狭く、ベッドを置けば小さいチェストだけで目一杯だ。ま、寝るだけなのだから申し分なかった。頭元にあるチェストの上に特級ケースを置いて眠ればいいかと思ったが、高速艇での出来事があったせいかベッドに持ち込み傍らにあるその硬さを感じ安心して眠った。




 リビングの方から話し声が聞こえ意識が浮上した。


「なんでお前まで来るんだ?」

「は?昨日約束したよね?」


 面倒くさいニコラスは律儀にやって来たようだが早過ぎない?こっちはまだ眠いんだけど。

 体を起こすとグッと伸びをし特級ケースの存在を確認する。勿論ちゃんとある。何も無いこの部屋にずっと居る事も出来ず、本気で面倒くさいがリビングに向かった。ドアを開けるとニコラスが華麗に振り返る。


「おはようぉ、エメラルド♡」


 朝から目がやられそうなほどキラッキラした笑顔を振りまくんじゃない。


「おはよ……」


 眩しさに目をシパシパさせているとサイラが洗面所兼脱衣所に連れて行ってくれ顔を洗う。


「申し訳ございません。まだお嬢様がお休みだと申し上げたのですが強引に……」


 サイラがタオルを手渡しながら謝ってくる。


「それは貴方のせいじゃないでしょ。あと、お嬢様ってやめて。エメラルドでいいよ、ガラじゃないから」

「そういう訳には参りません。私達はお二方に命を救われた身ですから」


 どうやらサイラとミラは高速艇で働くにあたって貴族に対する礼儀や所作を身に着けさせられたらしい。今回私達に恩を感じてその力を発揮しようとしているようだが、私的には遠慮したい。

 平民のなかでも世間知らずで陸知らずの私には専属メイドなんかじゃなく、ちょっと世話焼きお姉さん位がちょうどいい。だけどそこは追々理解してもらうとして、取り敢えず落ち着かないから名前で呼ぶ事だけは了承してもらった。


 顔を洗って直ぐにリビングに戻ろうとするとサイラが私が元々着ていたワンピースを用意してくれていた。あんなにバタついていたが昨夜の内に洗いに出してくれていたらしい。そういえばサイラも元のお仕着せを身に着けている。仕事が速いね。

 彼女は嫌がる私の着替えを手伝うと髪を整え全身チェックすると今はこれが精一杯かと少し残念そうな顔でやっと解放してくれた。


「おぉ、可愛く仕上がったねぇ」


 胡散臭い笑顔を貼り付けているニコラスは無視してテーブルにつく。何故か三人分用意された朝食に眉根を寄せてカイに視線を向けたが肩をすくめるばかりだ。


「何か用なの?」


 当然のように一緒に食事を取り始めたニコラスに尋ねる。


「だってぇ、二人と仲良くしたいから」

「私は遠慮しとく」

「俺も」


 私だけでなくカイにも拒否されたが全く怯む事無くニコラスがにこやかに話し続ける。


「俺と仲良くしとく方が良いよぉ。船内の情報もすぐに掴めるし、他にも融通効かすよ。例えば、貴族達に会わないように計らったりとかね」


 意味ありげに黒く微笑み既に企みがあると知らせてくる。話を聞いたカイがため息をつき諦めたようにニコラスを見る。


「奴等が何だって?」


 自分の思った通り食い付いて来たことに満足気に目を細めるニコラス。


「知りたい?」


 面倒くさ。


「いいから早く話せ」

「俺と仲良くする気になったぁ?」

「なったなった、早くしろ」


 ウザ絡みがこのまま続いたらニコラスの脛を蹴っ飛ばしてやろうかと思ったが、ギリギリで我慢出来た。


「本当に冷たいなぁ。仕方ないから教えてあげる。一緒に救助された貴族達は勿論一番良い部屋に滞在してる。そう要求されたからね。食事も豪華だしこの船からメイドもつけた」

「それで?」

「当然別料金がかかるよね?」

「そうだろうな。この部屋でもそうなんだから……」


 そこまで話してカイがハッとした。


「まさか彼奴等……」

「なに?なんなの?教えてよ!」


 二人のやり取りを全く理解できない私はイラッとしてカイを急かすと、彼は大きくため息をついて天井を見上げる。ニコラスが楽しそうに私を見つめる。


「貴族達はあんた等に金を払わせるつもりだよ」

「はぁ!?」


 一体何がどうなってそうなる!?




 

 

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