第41話 魔物討伐船2

 当然と言えば当然だが、お貴族達は私達よりも先に船を移っていた。前に聞いたかと思った責任者どうのこうのは忘れてしまったようで、真っ先に移乗しそれなりの歓待を受けているらしい。

 

 私達とメイドさん達はニコラスに案内され通常幹部が使用しているという区域に向かった。とある船室に入るとメルチェーデ号の幹部の部屋のような造りだったがリビングを挟んで両側に個室があり二人で使えるようだった。勿論お風呂とトイレも完備されている。

 

「特級持ちだからここでいいよねぇ。あ、料金は日払いだから」

 

 料金!?

 

 私がそんな単語初めて聞いた、みたいな顔をしてしまったのかニコラスがクスクスと笑う。

 

「魔物討伐部隊は民間船だからな。救援もタダじゃない」

 

 カイの説明によると、救援自体の料金はそれぞれ助けられた者の国が負担する事が決まっている。陸へ向かう迄にかかった費用もそこに含まれるが、特級持ちと言われる私とカイのように別室を使用したり食事のランクも上げればその部分は本人負担になるらしい。メルチェーデ号でも幹部部屋は別料金がかかっていた事を思えば仕方が無いか。

 

「へぇ~、じゃあカイがそっちで私がこっちね。それでこの娘達は?」


 メイドさん達もここまでついて来ていたが彼女達に別料金が払えるとは思えない。


「高速艇の救助も済んで一般区域に他の人達もいるからそこに行けるけどぉ……」


 ニコラスの話し方に何か引っかかる。


「けどなに?」


 ハッキリしないニコラスがカイへ視線を向ける。向けられたカイは嘆息すると眉を寄せる。


「普通は救助された者に部屋は無い。あっても簡易ベッドが良い方だし大部屋どころかただの倉庫。下手すると通路か甲板に直寝だ」


 確かにこの船は救助に特化しているわけではないからそういうものなのだろう。メイドさん達を見てもそれでも仕方が無いって顔をしている。


「私達は使用人ですからそちらへ参ります」


 そう言って下がろうとした彼女達にニコラスがちょっと憐れみの眼差しを向ける。


「えーっと、同じ船に旦那とか彼氏とかいる?まぁ助かってたらって話だけど」


 メイドさん達は諦め顔で首を横に振る。一体この人達は何を話しているんだと思っていたら理解が追い付いていない私に気づいたカイが話してくれた。


「雑魚寝の倉庫だからな。クズ野郎が出没する可能性がある」


 大勢の男達の中に非力なメイドさん二人がまぎれて寝るところを想像しゾッとする。勿論そんなクズはごく少数だろうし見つけ次第海に放おり出すだろうがそれは彼女達が傷ついた後だ。それじゃ遅過ぎる。


「この二人は私の世話をしてもらうから個室をあげて。手を出した奴は相当の罰も受けてもらうから周知させといて」


 ムッとした顔をしているであろう私にニコラスがヘラっと笑う。


「おー、優しいねぇ。特級持ちになるとそうやって下々の者に手を差し伸べてやるんだぁ、うんうんイイヒトだねぇ」


 笑みを浮かべている風の口元とは裏腹に彼の瞳は軽蔑したような暗い光を含んで見える。突然発掘で大金を持った小娘が偉そうに偽善でも振り撒いているように見えるんだろう。

 だけどそれが何だってんだ。偽善であろうがなかろうが、メイドさん達が誰かに襲われるかもなんてビクビクしないで眠れる環境を得られた事は確かだ。どんな誰のお金であろうが金は金。それによって得られる対価はある。


「いえ、あの、そこまでして頂かなくてもお世話はさせて頂きます。命を救って下さいましたから」


 二人は恐縮しオロオロとする。それを見たニコラスが偽善者に向ける眼差しのまま再び頷く。


「そうだよねぇ~、この部屋よりランクを下げた個室だって言ってもそこそこのお値段がするし食事だって別途かかるよぉ。いくら特級持ちでも苦しいんじゃない?だからメイドにそこまでしなくても誰も何も思わないよぉ。しかも二人もいるしぃ」


 ほらほら引き時だよ~って心の声が聞こえてきそう。


「そうね、思っているよりお金がかかりそう」

「でしょう〜?」


 わかった、わかったから「ほうら思った通り」って顔すんな、ウザ過ぎるわ。だけど実質幾らかかるんだろう?ちゃんと払える金額かな?


「では私達はこれで失礼いたします」


 メイドさん達が私とニコラスの話を聞いて決着がついたと思ったのか頭を下げて部屋から出て行こうとする。いや行かせないから。


「ごめんね。ちょっと狭いかもだけど私と同室で我慢してくれる?だから二人の分は料金安くしてよね」


 突然何か魔導具が作動してこの部屋の時間が止められたのかと思うほど私以外の人の動きが停止した。おぉ、カイまで止まってる。


「食事は三人で分けても飢え死にすることは無いと思うけど……あ、カイの分半分ちょうだい」


 まるで独り言でも言っているかのように誰からも反応が無い。


「カイ!聞いてる?」


 ハッとし急に再起動したカイが慌てて何度も頷く。


「お!?おぉ、い、いいけど、お前、それ」

「あぁ、それから、寝具は提供してくれるわよね?流石に一つのベッドに三人はキツイし、床に毛布を敷くにしても三人分あったほうが良いしね」


 今度は凍りついたままのニコラスの方へ視線を向ける。ニコラスは全ての動きを停止したまま頬だけを引き攣らせるという器用な技を見せていた。


「ベッドは無い方が広く使えそうよね?カイ、運び出すの手伝ってよ。ニコラスもお願い、駄賃は払うわよ」

「………………は!わかった。俺が悪かった、ごめん」


 やっと戻って来たニコラスがこれまでと打って変わって急に男らしい態度に変わる。駄賃がきいたか?


「二人が使える個室をちゃんと用意する。食事は一般の者達と一緒で構わないだろう。そこの予算は国へ申請する分に含まれているから」


 ニコラスの言葉に今度はメイドさん達が慌て始める。


「あの、私達は本当に他の方々と同じで大丈夫ですから」

「いや止めといた方が良い。救助した中に女性は君らだけだから。この船の野郎達も素行が良い奴ばっかじゃない。エメラルドとカイはあんたらの個室代ぐらい軽く払えるから甘えときな。その分尽くせばいい」


 女性の仕事仲間は皆助からなかったと聞いて二人は辛そうに顔を伏せた。少数とはいえ他にも何人かいたのだろう。


「そう、ですか。ではお言葉に甘えさせて頂きます」


 あまり固辞するのも失礼だと思ったのか承諾し、二人は改めて挨拶をしてくれた。


「サイラと申します」

「ミナと申します」


 サイラが高速艇で私達に食事を運んでくれていたメイドさんで、ミナは救命具で初めて会ったメイドさんだ。


「やっと決着がついたか。ニコラス、面倒臭いからもう絡んでくるな」


 カイが疲れた顔でニコラスに追い払うように手を振る。しかしニコラスはそちらを全く見ずに私の方へグイッと迫る。


「エメラルド。ごめんね、試す様な事してぇ」


 真摯に謝りながらも無駄にキラッキラの笑顔を見せるニコラス。別に彼に対して何ら思うところが無い私は謝罪されてもピンとこない。


「別にいい。それよりサイラ、ミナ、お腹空かない?」

「えっ?」


 謝罪をサッと受け流し正面に立つニコラスの横から顔を出して早速二人にお世話をお願いする。


「はい、畏まりました。ニコラス様、私達が食事を受け取りに参っても大丈夫でしょうか?」

「あ、俺の分も頼む。ちゃんと部屋代は折半するから」

「畏まりました、ありがとうございますカイ様」

「あなた達の分も貰っておいで、一緒に食べよう」

「いえ、私達は後ほど頂きますので」

「えぇー、じゃあこの部屋の隅にパーテーションで区切ってそこにテーブル入れてもらおうよ、良いでしょニコラス。お駄賃払うから」

「待って待って!ちょっと止まって!」


 ウガーっと頭を抱えニコラスが叫びを上げた。


 

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