第40話 魔物討伐船1
晴天の中、大きく息をついて気持ちを落ち着かせ階段を下りる。
「ほらぁ、そこそこ。そっちにも肉片のついた甲羅が浮かんでるよぉ」
「うっす」
救命艇の外。離れた海上に遺物回収部隊の高速艇より少し大きな船が停留し、そこから派遣された小型船が嬉々としてどす黒く染まる海中からバラバラに飛び散ったアスピドケロンの欠片を網で拾い集め回収しているとってもキモ過ぎる光景。
それを横目に先程までいた操舵室から離れ、メイドさん達がいる客室の長椅子に座るとパタリと倒れて横になる。勿論お腹にはしっかりと特級ケースを抱きしめている。
「あの、これをどうぞ」
メイドさんが乾きつつあるがまだ湿気て冷たく張り付く服を着たままの私に気遣ってくれふかふかのタオルを渡してくれた。見れば彼女達はいつのまにか簡単なシャツとズボンに着替えている。
「洗面所に鍵がかかります。そこで着替えられた方が宜しいかと」
先に自分達が着替えてしまった事を謝りながら案内してくれるがそこは仕方無い。私は救援の船が近づいて来るまで操舵室にいて彼女達はその間ずっと何もすることがなかった。そこからも私は通信機を使ってカイが色々と説明するのに付き合っていた、というか、腰が抜けて暫く立てなかった。お貴族達はすっかり気が抜けて全く使い物にならないし。
あの時、救援の船から放たれたであろう攻撃による爆音と衝撃、激しい光は意識を失うに十分だった。気がつけばカイに抱えられていて、彼が通信機で話をしている最中だった。
「上手く避けられたぁ?大丈夫ぅ?」
気の抜けるような問いかけにカイも力が抜けたようになっている。
「あんな指示で避けられるわけないだろ?」
「なぁんだ無事じゃん。すぐ行くから待っててねぇ」
通信機を介しているので確かでは無いがかなり若い男の声。まるで緊張感は無く、こちらの状況は全く理解できていない様に思われる。助けてもらったんだけどなんかムカつく。
「ここには六人だがまだ助けて欲しい奴等がいる」
「あぁ、本隊のほうね。そっちも救援信号出てるから向かわせてるよ」
ムカつくけどちゃんとやれるんだと少し見直していると目視できる範囲に近づいて来たよう。
「見えてきた!悪いけど素材回収を先に進めるよ。急がないと流されちゃうから」
急にやる気を出したようにハキハキ話すとそれっきり通信が途絶えた。
話し通り近づいて来た船は真っ先にアスピドケロンのバラバラになった肉片を回収し始め、その小型回収船がたまたま救命艇に近づいてきた時に幾つか荷物を投げ渡され、どうやらそこに着替えと食べ物、毛布、薬等が入っていたらしい。
少し大きめだが渡されたシャツとズボンに着替えた。シャツの袖をめくりズボンの裾を折り上げる。まるで発掘していた時のような格好で、着慣れないワンピースよりずっといい。特級ケースはエプロンの包みから出すと両手に持つ。
洗面所から出ると客室にカイも下りてきていた。まだアスピドケロンの素材回収に時間がかかりそうだからひと休みに来たらしい。
「お貴族達は?」
別に心配なんかしている訳では無く、また邪魔したり面倒な事を言い出さないか気になって聞いてみた。
「ま、気が向けば下りて来るんじゃないか。なんでも責任者だから操舵室から離れられないらしいぞ。なけなしの矜持ってやつじゃねぇか?」
「まだ腰抜かしてるの?」
「そうとも言う」
私としてはあんな面倒くさい奴等と同じ空間に居たくないので良かった。
救援の船から差し入れられた食事と飲み物をメイドさん達が私達に持って来てくれた。
「あなた達も食べるのよ」
高速艇で私に給仕してくれていたメイドさんにそう言うともう一人の女性、この人は主に客室係らしいが、その娘と二人で困ったような顔をする。
「いえ、私達は結構でございます」
「駄目よ。今ならお貴族達も居ないからそこに座って休憩しなよ」
彼奴等はともかく、私とカイは彼女達にとってお客様かもしれないけれど同じ平民だ。遠慮なんて不要。そう説明すると二人は離れた場所に静かに座ってひと息ついた。
「それであの船は何なの?」
軽く食事を済ませるとカイは私と同じように着替えてお互いに長椅子に横になりながら休んでいる。勿論直ぐに彼の特級ケースは返し、通路を挟み頭を突き合わせている状態だ。
「通称、魔物討伐船。あれはフィランダー国の船だ」
「そんなのあったの?」
「だから通称だって。要するに魔物を倒して素材を回収しそれを売って儲けてる商船だ」
カイによると討伐船と呼ばれているけれど民間人の集まりで、海の魔物の素材を集めることを目的としている。常に魔物を追って海を彷徨っている為、救援信号を受けると真っ先に駆けつけてくれる。勿論魔物目的だが。
「怪我人がいれば流石に優先してくれるが基本は素材回収が優先だ」
「そうなんだ。助けてもらえたんだから文句は言えないけど早くシャワーを浴びてベッドでゆっくり寝たい」
「確かにな。まぁ悪い奴らじゃない」
「え、知り合いなの?」
「そうなるな」
そう話した後、カイはあくびをすると特級ケースをシャツの中に仕舞い込み眠ってしまった。
「起きろエメラルド。船を移るぞ」
カイに釣られついウトウトしてしまった、と思っていたが爆睡していたようで船外はもう日が暮れていた。素材回収に思っていたより時間が掛かったようだ。
体を起こし座り直すと目の前の長椅子から視線を感じた。まだボヤける目をこすりよく見ると十代半ばの男の子がニコニコして私を見ている。
「ごめんねぇ、待ったぁ?」
やや軽薄な感じだがクリッとした薄茶色の巻き毛があざとさを匂わせるパッチリお目々の美少年。
「いや、別に……」
物語の登場人物かと思える程、現実味のないこの美少年は笑みを浮かべたまま私の方へ手を伸ばそうとする。
「寝起き可愛いぃ」
ペシッ!
「イッテー!」
その手は目にも止まらぬ早さで叩き落とされた。攻撃の出どころをたどると不機嫌そうなカイがいた。
「触るな」
「なんだよぉ、お前のかぁ?」
「預かりもんだ」
「ちょっと位いいじゃん」
「駄目だ、命にかかわる」
「誰のぉ?」
「俺の」
「じゃあ遠慮無く……イテッ!」
再び叩き落された手を撫で撫でしながら美少年がカイを見上げる。
「冗談じゃん、相変わらず真面目だなカイはぁ」
「ニコラスがチャラ過ぎるんだ」
二人はどう見ても知り合いで仲も良いようだ。チャラいと言われたニコラスは二度も手を叩かれた事に気を悪くするわけでもなく長椅子から立ち上がり回り込んでカイと並ぶ。背の高い方であるカイより少し低いくらい。甘系の顔と違い意外としっかりした体つきで、人を魅了する笑みを向ける。
「エメラルドって可愛い名前だねぇ」
首を傾げる仕草もキラキラ何かが零れ落ちそうだ。さっきの遊び人発言を聞いていなければ殆どの人がこの雰囲気に騙されそうだ。いや聞いていても騙されそう。
「貴方が通信機で話してた魔物討伐の人?」
全く緊張感が無かったやり取りを思い出し聞いてみた。
「そう、この船にエメラルドみたいな綺麗な娘がいるってわかってたら真っ先に助けに来たのにぃ」
瞬きの度にバサバサと音が鳴りそうなほど豊かな睫毛をパチパチと稼働させながら目を潤ませる。計算され尽くした動作は上位種のあざとさ。どうやら私の名前はカイから聞いたよう。
「ほら行くぞ」
カイがニコラスを無視して立つように促してきたので、彼の真似をしてシャツの中に仕舞い込んでいた特級ケースを取り出すとしっかりと持つ。
「エメラルドは特級持ちだったのかぁ。尚更可愛く見えてきたぁ」
チャラさとキラキラ笑顔の合せ技は最早詐欺師にしか見えん。
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