第35話 船旅6

 こぶし大のシュークリームをおかわりして二個目に突入していると、通路から猫なで声のマグダが近づいて来た。

 

「もう、昼からは駄目って言ったじゃない。食べる時間が遅くなると美容に悪いんだからぁ」

 

 フランコが彼女の腰辺りに手を置き撫で撫でしながらニヤつきこちらへ歩いて来る。

 

「それはお前があんな声……」

 

 そこまで話したところでシュークリームに食いついている私と目があった。大人の関係に口出しするつもりはないがそういう事は自分達の部屋の中だけでヤッて欲しいもんだ。

 

「やっと起きたのかお嬢ちゃん」

「やだ今日はシュークリームがあるの?私も食べたいわ」

 

 何事も無かったかのように話しかけてくる二人。マグダはシュークリームを知っているらしく直ぐに黒服に頷いて注文した。何故か二人はそのまま私達が座っているテーブルに来ると当たり前の様に私の隣にマグダ、カイの隣にフランコが座る。

 ずいっとイスを私の方へ寄せるマグダ。私はそれに不審な目を向けつつテーブルの下に置いていた特級ケースを足で寄せて彼女から遠ざける。

 特級ケースには遺物は勿論だが、ふと思いつき『ヴィーラント法』も入れてある。最初は普通の荷物と共にチェストに入れていたがこれだって十分貴重な物だと気づき厳重に保管できる特級ケースに入れて持ち歩く事にしたのだ。つまりこのケースは今とてつもなく高価な宝物庫状態と言っても過言では無い、はずだ。

 

「おい、いつもの二つ」

 

 黒服に偉そうに注文するフランコがガシッとカイの肩を押さえる。

 

「少し付き合えよ」

「いや悪いが無理だ」

 

 自分のシュークリームはとっくに食べ終わり、私が二個目に突入している間コーヒーを飲んでいたカイは面倒くさそうに返事を返す。

 

「何だよつまんねぇな。一緒にお嬢ちゃんのドアを叩いた仲じゃねぇか」

 

 不思議なフレーズが聞こえた気がしたがこれは無視したほうが良さそうだ。

 

「そうそう凄かったよね。あなた一体何されてあんなに無視してたの?」

 

 マグダが不思議そうな顔で聞いてくるがよくわからない。私は別にカイを無視したつもりは無い。まぁもしかするとちょっとノックを聞き逃していたかもしれないがそれくらいはご愛嬌だろう。

 

「別に何も。カイは良い奴だし」

「そう?でもちょっとベッタリし過ぎじゃない?ただの保護者には見えないけど」

 

 意味あり気な視線を送るマグダをカイは全く意に介さない。

 

「行くぞ」

 

 とだけ口にすると席を立ち自分の足元のケースを持ち上げる。

 

「まぁ話だけでも付き合えよ」

 

 諦めきれないフランコがその腕を掴んだ瞬間。

 

 ブーッ、ブーッ、ブーッ!!

 

「緊急警報です!何かにお掴まり下さい!」

 

 突然ロビーにブザーが響き渡る。黒服がフランコの酒を手に近づいて来ていたが、そう叫ぶと素早くカウンターへ戻り何かをダンッと押した。

 

「エメラルド!ケースをしっかり持て!」

 

 カイが自らもケースを持ったまま私の側に来ると床に固定されているテーブルの横の、緊急時に掴まる為に付けられているバーを握り私を抱き寄せた。と、同時にドォーンという床に響く衝撃があり色々な物が飛び交う音がする。

 

「キャー!」

 

 私の横にいたマグダも素早く反対側のテーブル横のバーに掴まっていたが体が投げ出されそうになり悲鳴をあげイスごと滑っていく。カウンターの中にいたメイドさんもしゃがんでいるのか姿は見えないが悲鳴が聞こえていた。

 

「クソッ!」

 

 フランコはバーを掴みそこねたのかカウンターの方へと凄い勢いで飛ばされて行った。カウンターの足元にぶつかった様に見えたが直ぐに顔を上げたので無事そうだ。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 黒服が何とかカウンターに掴まりながらフランコの身を案じる。

 

「まだだ!油断するな!」

 

 カイが叫ぶと今度は船がまるで急降下したかのような浮遊感に足が浮く。

 

「うわぁー!」

 

 私は片手で特級ケースを抱きしめもう片方でバーに捕まっていたが体が反転し驚いて声をあげてしまう。でもまだカイがしっかり掴んでくれていたお陰で飛ばされる事は無かった。同じテーブルにいたマグダも必死の形相でバーにしがみついている。

 

「ちょっとどうなってるのよ!」

 

 彼女の叫びに黒服が何か知らせを受けたのか叫ぶように話す。


「未確認生物と接触した模様です!」


 声と同時にまた高速艇がグンっと揺れる。


 基本的に外海に出る船には魔物避けの魔導具の設置が必須のはず。普通はメルチェーデ号の様に動力となる魔導具に組み込まれていて設置していない事などあり得ない。だけどそれも完全に魔物を避けきれる訳では無く時折今のように接触する事がある。それは魔物避けの魔導具の力が及ばないほどの強力な魔物の場合だ。つまり、この高速艇は、現在進行系で詰んでる状態。

 

「はぁ?ありえねぇだろ!民間の貧乏船じゃねぇんだぞ!国が用意した高速艇でそんな事があるか!?」

 

 フランコのいう事はもっともだ。魔導具にだってピンキリがあり高価なものほど効果が高い。命は金で買えるもの。そこらの庶民が手にできる魔物避け魔導具ではそこそこ起こるこの様な事態だが、国の持ち物である高速艇では滅多に起きないはず。だがそれが今ここで起きている。

 

「まだ未確認生物と決まった訳じゃない。とにかく確認を取ってくれ」

 

 カイがその場を仕切るように黒服に指示を出す。キリッとした顔は思っていたより男前だな。黒服は黙って頷いただけだったので既に問い合わせは行っていたよう。それでも命令された事が使用人として安心したのかさっきより冷静な顔をした。

 高速艇は不規則な動きを繰り返し時折何かにぶつかられているのか衝撃音もする。私とカイはテーブル横のバーに掴まったままだが足を踏ん張り体を固定すると何とか少し離れた場所の窓から外の様子を窺う。

 私達の事情とはうらはらに天候は良好で、キラキラ眩しい陽光がうねる波間と交互に窓からふりそそぐ。命の危機にさらされている時にどんより曇り空も真に迫ってそうで嫌だけど、こんなキラキラされても苦々しい顔しか出来ない。

 

 警報は鳴り止まないが突然高速艇が振り回されていたような激しい動きを止めた。余韻の様なゆったりとした揺れと合わせるようにエンジン音が静まっていく。

 

「チッ!止まったか!?」

 

 カイが最悪だなと溢しながら私の手を引きロビー内の一角へ連れて行く。そこには壁と一体化した目立たない扉があり押すと開く仕掛けだったようだ。遠くからバタバタと数人が走って来る音が聞こえ振り返ると船員らしき男達の姿が見えた。そいつ等がロビーへ入ると同時にこちらへ向かって来る。

 

「エメラルド、これつけろ」

 

 そいつ等には見向きもせずカイが私に救命具を押し付ける。よくここにある事がわかったなと感心しながら特級ケースを足で挟み、厚みのあるベストの様なそれを受け取ると身につけた。ベストの前部分にはピンがぷらりとぶら下がり、それを引けば救命具として作動する仕掛けだ。

 

「退けっ!」

 

 走って来た男達は私達を押し退け我先に救命具を取っていく。カイも上手く自分の分を確保し片腕に救命具のベストを引っ掛け特級ケースを持って再び私の手を掴んだ。

 

「行くぞ!」

 

 その頃には通路から幾人も船員が駆けつけ救命具を手に入れようとロビーへなだれ込んでいた。カイは私を連れてそいつ等と反対方向へ進んで行き内側の通路からドアを開け外へ出た。どうやら救命艇へ向うようだ。

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