第33話 船旅4
「食ったぞ!」
猛然と食事をとり、カイがこれで良いだろとばかりに私に熱い視線をを向けて来る。いや違うか。私のノートに、だな。
「ちょっと待ってよ。あなたがこれ見てる間、私は書き写しが出来ないんだけど」
私のノートに手を伸ばすカイの手を叩くと睨みつける。
「あぁそうか。じゃあ交代で、エメラルドが一行写したら俺が一ページ見るってどうだ?」
「何よそれ?いやなんで私が一行なの?せめてあなたも一ページ分待ちなさいよ」
「だけど、エメラルドは午後ずっと写してたんだから良いだろ?俺は今読み始めたところなんだから」
「言ってる意味がわかんないわよ。そもそもコレは私の物だし」
「まぁそうなんだけど見ていいって言ったじゃないか」
「わかった。さっきの言葉は取り消すわ。見なくていい」
「あぁぁ、ごめん。う〜ん、じゃあ書き写しているところを横で見ててもいいか?」
ちょっと考えるふりをしていたがどうやら見ることを諦めるという選択肢は無いらしい。あまりのしつこさに私も面倒になってきた。
「邪魔しないなら勝手にして」
研究者の気質みたいなものはわかっていたはずなのに、迂闊に見せてしまった私にも非はあるか。と思い結局隣に座って見るという行為を許してしまう。
食事をしたテーブルと比べて小さな机の横にイスを持って来て触れるか触れないかスレスレの距離感から覗き込んでくるカイ。
オジジ以外の人とこんな近距離で解読作業をしたことなんてないのでかなり落ち着かない。だけど今日の午後から始めた書き写す作業はまだ数ページしか進んでいない為カイを視界から閉め出し集中してまた手を動かし始めた。
これまでオジジと一緒に古代語の翻訳に挑んできた結果、私の頭にはかなり多くの資料が記憶されている。だからお手製の辞書は軽く確認の為に利用することが殆どなので別に良いんだけど、隣でカイがそれを捲りながら「ほぉ~」とか「そういう意味でも使うのか」なんて大きめの独り言をブツクサ話している事がかなりウザい。
本を写している合間に彼から色々な話を聞いた。
カイがさっき言った通り『ヴィーラント法』の研究者は彼の周りでも居なくて、古代語の研究者自体も減ってきているらしい。
今の世界を支えている魔導具は古代文明からヒントを得て開発されて来たと言われているが、今知り得ている物でほぼ解明出来ていて、これ以上発掘してももう目新しい物の発見は難しく無意味だという人もいるらしい。
確かに私も発掘屋の端くれとして数年携わっているが、
で、アレだ。
ベッドの下に置いた特級ケースに目を向けた。あの中には第三区分の遺物と、例の鑑定待ちの第一区分の遺物が入っている。
アレって新しい発見なんだよね?
オジジも見たことがない遺物だ。きっと間違いなく新しい発見だ。
そう思うと胸がドキドキとしてきた。
「ぼうっとしてるならその間ノート見せてくれよ」
特級ケースの中の遺物に思いを馳せていると空気を読まない研究バカが私の前からノートを引っ張っていく。
「ちょっと考え事してただけでしょ」
パシッと手を叩き追い払うと再び本の方へ目を向けた。
そこにはこの本に何度も出てくる単語がある。
「ねぇ、これ知ってる?」
書面に触れないように指で示しカイに問う。
「あぁ、これだろ?知ってるけど解読は出来てないよな」
『ヴィーラント法』を読むに当たり必ずぶち当たる難問中の難問。この十文字から成る単語がどういう意味を示しているのか欠片も解読出来ていない。この十文字は他の古代語の本には全く記されず、他の文字とは異なる構成の文字から出来ている。書き写すのもまるで誰かが適当に書いた落書きを真似るような気にさせる不思議な曲線や微妙な角度の入り混じった記号の集合体のようだ。
この単語を書き写すことは非常に手間がかかるのでノートには"アレ"とだけ書き込むと先へ進んだ。私とオジジの間では解読が定かでは無い単語をよく"アレ"と書き込み文章を綴ることがあった。他の学者はわからない単語の部分を空白にするという事を行っているようだが、空白だらけの解読文を見ていると何となくそこがだけが目に付き自分の不甲斐なさを見るようで嫌だとオジジが遠い目をして言った事が切っ掛けだった。きっとかなり研究で追い詰められていた時に負った心の傷だろう。頑張れオジジ。
「やっぱりゼバルトもわからないのか?」
「オジジもかなり読み込んでるんだけどね」
私が初めて本の題名を読んで以来『ヴィーラント法』の本は見せてくれた事は無いがオジジは時々一人で解読を試みていた。ハッキリと聞いたことは無いが私が生まれる前から続けているはず。
「だけどこれ程の価値がある本を何処で手に入れたんだろうな?保存状態も良い方だ」
カイは直接手で触れようとせずテーブルに顔を引っ付けるようにして本を横から見ている。
「乱暴にしないなら少しくらい触っていいよ」
その必死な顔が面白過ぎて許可を出してあげる。なにせ私の物だからね。
「ほほほ本当かぁ!?」
ぱぁーっと嬉しそうに笑顔を見せるとそっと本を載せている布の端を掴み慎重に自分が座っている方へ寄せる。出来るだけ触れないように気を遣ってくれているようだ。丁寧な手つきで本を観察している様子は内容よりも本自体に興味があるらしく、背表紙や開いたところの見返し裏表紙等をじっくりと見ている。
「何を見てるの?」
私からすれば本は内容こそが最大の興味の対象でその作りを気にかけたことはあまり無い。唯一気になるといえば、
「あぁ……年代と写本筆者を見てるんだ」
それね。既に原本は失われているとされ、現存は写本のみの『ヴィーラント法』には数人の手によって写本された物が残っていた。写本を行う上で最大のポイントはその正確さだろう。先程もカイが嘆いていた通り写し間違いが多い写本なんて解読を妨げる最大の要因だ。つまり誰が写本筆者かによって信頼度が違い価値も違う。
「これは……」
ひと通り本を観察したカイが丁寧な手つきでそっと本を机に戻したが、その行動とは裏腹に目を見開き鼻息も荒い。
「わかる?」
私は自慢気にニヤリと笑う。
「年代も筆者も記されて無い。しかも上質な紙に丁寧な装丁……これが
実体があるのにファントムと呼ばれるこの本は幻の写本だ。数十年前には数冊あったと言われるが何らかの理由で失われていき、所在がハッキリしている物はエルドレッド王宮の秘宝庫に厳重に保管されているものが最後の一つとされている。
「良くわかったわね。写本の複写とか思わないの?」
最後の一冊が王宮にあると言われているが失われる間際に大量の複写が行われ偽物が多く出回ったとされる『ヴィーラント法』。
ある時期心根の歪んだ奴等が一儲けしようと体裁だけを整えた偽物を金持ち貴族に密かに売りつけた事件が相次いだらしい。内容は古代語で書かれているから詳細を確かめようもない浅はかな貴族達が財産として所有しようとし多くの人が騙された歴史がある。この本はそういう意味でも有名だ。
「いや俺はこれまでそこそこ『ヴィーラント法』とされる写本を見てきたからわかる。コイツは少なくとも筆者に悪意を感じられない。丁寧な文字が綴られているし紙質の年代も王宮にある物の特徴を伝え聞いているものと合ってる」
そう、この『ヴィーラント法』は幻と言われる本の隠された二冊目なのだ。
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