第32話 船旅3

 書き写しながら意味が分かっている単語を頭の中に思い浮かべては文章の意味を考えてしまう。

 例えば、キューブや魔晶石等は古代文明には欠かせない物のため絵や文字でも多く記されていて早くに解読が出来ていた。勿論『ヴィーラント法』にも多く出てきているのでこれがそれらについて書かれたものだとはわかっているが、どうも他のキューブや魔晶石について書かれたものとはまた違う単語が数多く使われているらしく肝心なところがまだわからないらしい。

 オジジ曰く、「あまり公にできない事柄を暗号の様なもので記しているのかもしれん」とのこと。ただでさえ古代語は読み解くのが難しいのにオマケにそれが暗号で書かれちゃお手上げなのでは?という気持ちになってしまうが、学者としてはそこが燃えるポイントのようだ。

 

「いい加減に開けろ!強制解除されたいのか!?」

 

 古代文明に気持ちを馳せつつ集中して書き写していたが一段落し、ふと遠く方で何かが聞こえた気がした。

 

 何だ?

 

「いいか!あと十数える内に開けなければ解除するからな!一、二!」

 

 ドンドンとドアを叩きまくりながら叫んでいるのはカイか。一体何をそんなに騒いでいるのやら。

 

「はいはい、ちょっと待ってよ」

 

 折角集中して気も乗っていたのに書き写す手を止めたくは無いが、強制解除とかされれば騒ぎになる気がして面倒だ。仕方なく鍵を開けるとそこにはイライラ限界状態のカイが私を見下ろしていた。

 

「何やってたんだっ!」

「何って、解読かな」

「はぁ!?俺がこのドアをどれだけ叩き続けたのかわかってんのか!?」

「何を大袈裟な。直ぐに開けたじゃない」

 

 何かの限界を突破したのかカイは理由のわからない叫びをあげつつ食事らしきものを載せたカートを乱暴に押しながら部屋に入って来た。そして何故か廊下にはフランコ、マグダの二人と黒服と最初に案内してくれたイーロまでいる。

 

「何かあったの?」

 

 皆が呆れたような笑いをこらえる様な何とも言えない顔で私を見ている気がする。

 

「あぁ~、無事ならいいんだ」

 

 イーロが変な顔しながら黒服と去って行く。フランコとマグダもクスクス笑いながら「大変そうね」「ガキだな」と自分達の部屋に帰って行った。ドアを閉める間際に遠くで誰かが爆笑している声が響いていた。一体何なんだ?

 

「それで、何してた?」

 

 カイがこんなに怒っているところを見たことがない。メルチェーデ号でトミーにキューブ泥棒扱いされた時だってここまで怒ってなかった気がする。

 

「だから、コレ」

 

 私は窓辺の机に行くと開きっぱなしの本とノートを見せた。

 

「これは……『ヴィーラント法』じゃないか。ゼバルトに渡されたことは知ってたけど、本当に解読してたのか!?」

 

 カイはオジジが成人の祝だとくれた本は、難しくて読めないだろうが私が遺物に興味を持っていて価値がわかるから財産として渡したのだと思っていたようだ。

 書き込んでいるノートに顔を近づけじっと見ているカイ。

 

「読めるの?」

「少しな。俺はコレが読み解きたくてゼバルトに会いたかったんだ」


 ノートから目を離さず腰を屈めたままの彼はどうやら多少の礼儀はしっているようだ。本当は自分以外の研究者のノートなんて勝手に見るのは失礼だ。私は正式な研究者では無いけれどそこは尊重してくれているようだ。今回は私が自ら見せたから目に入る分には見ても良い。だけどそれ以上は勝手に触れることは許されないとされている状態だろう。


「ノートは良いよ。別に新しい事は書いてない。まだ写してるだけだから」

「ホントか!?悪いな、俺の周りの研究者はもう積極的じゃなくてな」


 嬉しそうに顔をほころばせる彼は、さっきの怒りは消し飛んでしまったようだ。良かったよ。

 ノートを手に取り最初から読んでいくカイをテーブルに誘導する。


「夕食持ってきてくれたんだね。ありがとう」


 カイが運んで来たカートには二人分の食事があり、そのいい香りは集中し過ぎていた私にすっかり忘れていた空腹を思い出させた。早速一緒に食べようとしたが今度はカイが「あぁ……」と、ボヤッとした返事をする。ノートの内容に集中しているようだ。気持ちが分かる身としてはこのまま放って置こう。


 向かい合わせに座り私は食べ始める。夕食はメルチェーデ号では見たことのない出来立ての肉料理と温かい具沢山スープ。まぁ、ちょっと冷めているが、サラダやデザートもありオレンジジュースもついている。


「くぅ~、美味しい!美味し過ぎる」


 あまり慣れていないカトラリーを適当に使いながら必死に食べまくった。テーブルマナーの知識は学んでいたし、オジジ監督の元訓練も積んだが今は一人で食べているも同然だから構わないだろう。目の前のカイは食事に手も付けず黙々と私が書き写したノートを読み込んでいる。


「なぁこれ、ここはこうじゃないのか?」


 カイがノートの一文を指で示しながら尋ねて来る。


「違うよ、これで合ってる。もって来ようか?」


 食事の途中だが机に行くと『ヴィーラント法』原本を持ってページを捲りカイが示した場所を開くと見せた。


「ほら、ここでしょ?」


 カイは一瞬戸惑いながらもノートと本を見比べる。


「マジか……本当だ合ってる。ってことは俺が見ていた写本が間違ってたってことか……うがぁ〜」


 悔しそうに吠えるカイ。写本と原本の違いの一番痛い所が写し間違いで、こればかりは諦めるしかない。複雑かつ難解な『ヴィーラント法』だけにそこそこ起きる事案のようだ。そりゃ研究が進まないよ。


「見せてくれて有り難うな。貴重な物なのに」

「別にいいよ。多分オジジもカイなら良いと思ったんじゃない?でなきゃ目の前で渡したりしないと思う」


 堂々とカイの前で見せたという事は知られても良いという事。オジジはそんなに考えなしじゃ無いからね。


「ゼバルトに信用されてるって事か……」


 カイはしみじみしているが、きっとその感情もオジジには折り込み済みだろう。一緒に研究したければちゃんと私を保護して連れて帰って来るんだぞって事だ。研究者の心理を突く良い作戦だな。


 まんまとオジジの作戦にハマっているカイは私が食事を終えてもノートを離さなかった。このままじゃ食事をとらない事は分かりきっている。だってオジジと私も時々そういう事があって二人でリュディガーに叱られていたからだ。古代語の解読は根気と根性が必要な体力勝負なので食事を抜く事は許されない。と、わかっているが集中すると忘れちゃうんだよね。今回はたまたまカイが怒鳴り込んで来たことで我に返ってしまった私だが、少し前までなら目の前からノートを取り上げられるまで何を言われても耳に入らなかった。周りに気を配れる様になるなんて私も大人になったもんだ。


「カイ、ノートは見せてあげるから食事を先に済ませなよ」


 これまで何度もリュディガーに言われ続けてきたセリフを口にするとノートを取り上げた。


「あぁ、待ってくれ。今良いところなんだ」

「はいはいわかってる。でも切りが無いんだからこっちが先!」


 テーブルの上の食事を指差しほらほらと急かせる。


「わかった、食べるから見せてくれ」

「食べ終わったら見せる」


 どうせ見ながら食べれば手が止まるに決まってる。カイの行動が手に取る様にわかるのが我ながら恥ずかしい。





 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る