第31話 船旅2

「俺はコーヒー、それと、オレンジジュースでいいか?」


 カイが私に了解を得るような形で尋ねてくれた。実際は私が何を頼めばいいのかわからない事を知っていただろうが上手く庇ってくれたのだろ。黙って頷き内心ホッとしていた。拾われてこの方船から出たこと無い私は飲み物を注文なんてした事無いし何があるかなんて良くわからない。

 

「さて、そろそろ名前を教えてくれてもいいだろう?」

 

 ソファにふんぞり返るフランコはマグダを定位置の自分の左にピッタリと添わせたままヘラっと笑う。

 

「俺はカイ、こっちはエメラルドだ」

「エメラルド!?御大層な名前だな」

「可愛いじゃない、それに綺麗な金髪。名前は瞳の色から取ったのね」

 

 初対面で言われ慣れている言葉に無反応でいた。さっきからずっと二人を観察しているけれどどうにも胡散臭い。二人は婚約者だって言うけれど、何となく態度が白々しいしわざとらしい。

 

「それでぇ、保護者ってどういう関係なの?まさか恋人?」

「「違う!」」


 無駄に色っぽい話し方のマグダに私とカイが全力で否定すると目の前の二人が揃って満足気に頷く。


「へぇ~。兄妹でも無いわよね、似てないし」

「親子じゃねぇ事は確かだな。なんなんだお前ら?」


 何故しつこく私達の関係性を聞きたがるのか分からないがここであやふやにすればずっと付き纏われる気がする。


「俺は仮の保護者だよ。頼まれたんだよ、船長に」


 高速艇には家族しか同乗出来ない事は二人も知っているだろう。婚約者としてフランコについて来たらしいマグダがニヤリと笑みを浮かべる。私の本当の保護者が船長だと聞けば孤児だという事は丸わかりだ。


「なんだそうだったのか、俺も親無しだ。似た者同士仲良くしようぜ」


 そう言ってグラスを軽く掲げて嬉しそうに口元へ運ぶフランコの発言にうんざりしていると、カイがサクッと釘を刺してくれる。


「俺達はメルチェーデ号から乗ってきたんだぜ。その意味わかってるよな」

「うぐっ、メルチェーデ……そうだったな。ってことは船長はモッテン・ルーマンか」


 酒を吹き零しそうになりながらフランコが眉根を寄せる。船長モッテンはやはり有名らしくマグダも驚いた顔をしている。船長の名前を出せばある程度の牽制になるようで、急に二人の口数が減り視線をそらした。


「事情がわかったらあんまり絡んでくれるな。行くぞエメラルド」


 話は終わったとばかりにカイが立ち上がったが私はオレンジジュースが気になっていた。メルチェーデ号じゃあまり口に出来なかった物だ。


「ちょっと待ってよ。これ飲んでくから」


 そう言ってグラスを手に取る。


「部屋に持って行けよ」

「良いの?」


 なんだ、高そうなグラスだからここで飲まなければいけないと思い込んでたよ。そういえばメルチェーデ号でだって食堂の物を部屋で食べてたっけ。


「行くぞ」

「はーい」


 何も話さなくなったフランコとマグダを残しカイと部屋へ向かった。

 私の部屋の前までわざわざカイが付いて来て私がブレスレットで鍵を開けそのまま一緒に部屋に入ると、さっき約束させられた通り部屋の中をぐるっと確認している。結構マメなんだなと思いながら特級ケースをベッドの下に入れテーブルにつくと持ち込んだオレンジジュースを味わっていた。美味し〜いぃ。


「わかってると思うけどあいつ等には出来るだけ関わるな。見るからに胡散臭い」

「は~い」


 良いと言われたって関わるつもりは無かった私は更にジュースを飲む。カイはちょっと呆れたように私を見たが小さくため息をつくと夕食は私の部屋へ持って来て一緒に食べるからと言い残し去って行った。子守面倒くせ〜という心の声がダダ漏れだが手を抜くつもりは無いらしい。



 美味しいジュースも飲み終わりいよいよ暇になってきた。一日目でこんな感じなら十日も耐えれる気がしない。

 メルチェーデ号では発掘屋は回収物の入れ替え時期や大嵐の時位しか休みらしい休みはないが毎日働くことが強制では無い。でも何か発掘の成果をあげなければ最低限のポイントが与えられるだけで、それだけで一ヶ月の部屋代と食費には足りない。サボり過ぎれば借金がかさみいつの間にか船から消えて行く……ま、仕方ないよね。


 きっとオジジは私が暇を持て余すと予測していたのだろう。

 ニンマリする顔を抑えきれない私は荷物を収納したチェストへ行くと一番上の引き出しを開ける。


「くぅ~、信じられない。あの『ヴィーラント法』がここにあるなんて」


 誰に言うわけでもないが気持ちが溢れてしまう。

 包んである布をゆっくりと開き、少し擦り切れた表紙をじっと見つめ、布ごと手に取り窓の前に設置されている机に向かう。窓の前とはいえ一段低い位置の机の上には日が当たらないだろうが念の為カーテンを閉じた。本が傷まないように細心の注意を払わないとね。

 そっと机の上に本を置き布の皺を伸ばすとイスに座り深呼吸して本を開く。


『ヴィーラント法』


 いや分かってるって。表紙にあるタイトルが中の一ページ目にも書かれてある事くらい。焦らすなぁ、全く。

 もう一ページ捲ると目次であろう文字列。箇条書きの短い文の後に数字が記されている。全て古代語で書かれているこの本を解読で出来る者は少ない。しかしオジジは長年古代語を解読する研究もやっていて、それを読み解く方法を勿論私にも伝授してくれている。それは……


『根気』


 又は、


『根性』


 古代語で書かれた本を数冊照らし合わせたり、時折描かれている挿絵をヒントに何とか一文字ずつ現代の文字に置き換えていく。進んでは戻り、戻っては更に戻りと根気と根性無くして本の解読は出来ない。

 そして『ヴィーラント法』こそが私が幼少の折に一目で見知らぬはずの古代語の題名を読んでしまった本だ。

 あの時は不意に頭の中に言葉が浮かんだ。恐らく何処かで目にしていたであろうそれを思い出した・・・・・のだろうが、何処で見たのかわからない。記憶力には自信があるが勿論完璧に覚えている訳ではなく、人より記憶力が優れているというだけなんだろうけど何処で見たのだろう?しかも読み方まで記憶していたのが不思議だ。誰かが私に言って聞かせたとしか思えない。もしくは近くで耳にしていたのか?


 ま、そんな事は横に置いておくとして、今大事なのは目の前のこの本だ。

 再び本に意識を向けると目次を飛ばし本編に入る。そして本と一緒に持たせてくれた使い古されたノートを机に置くとペンを持つ。このノートにはこれまで少しずつオジジと一緒に勉強して来た古代語を解読した言葉を書き込んであるお手製の辞書の様なものだ。それで確認し別のノートに文を書き写し訳しながら不明の単語を洗い出す。


 オジジがかなり進めている『ヴィーラント法』の本は遺物研究の最後に行き着く本だと言われている。そしてこれまで何人もの学者達が解読に当たっているようだがオジジが一番成果を上げているらしい。

 古代文明の技術を活用する為に必要な研究だとされているが、他の本の解読や、実際に発掘された物自体の研究も進み『ヴィーラント法』が読み解けなくとも古代文明の研究の成果は出ていた。

 他の学者達は負け惜しみなのか諦めなのか『ヴィーラント法』を解読しなくても古代文明はいずれ全て解明出来ると言い出す奴も出て来て最近は研究も停滞していると聞いた。


 

 黙々と本の文章を書き写していく。貴重な写本を何度も開くわけにはいかないので兎に角ノートへ写していく事が解読の第一歩だ。

 多少の知識はあるので見覚えはあるが意味は分からない記号の羅列をずっと見ていると時々単語の読み方が頭に浮かぶ様な感覚がする。まるで聞いたことがある様な気がしてハッキリさせようと手を止めて考えるが頭にモヤがかかったような感じでよくわからない。

 恐らくオジジの横で過ごしていた時に自然と耳に入って来ていたのだろう。オジジが知っていて私が知らない古代語は幾つもあるのだから。

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