第30話 船旅1

 風呂等の使い方を説明し、イーロは出て行った。カイはまだいてイスに腰掛けると私にも座る様に促す。

 

「いいか、船内での約束事を決めるぞ」

「何言ってんの?」

 

 先程から保護者モード全開のカイが真剣な顔で私を見る。

 

「さっきも言った通り特級発掘者は悪い奴らからすれば良いカモなんだ」

 

 まるで子どもに言い聞かせる様な口ぶりだ。五歳年上のリュディガーよりも更に歳上のカイからすれば仕方ないのかも知れない。オマケに厄介な私の保護者なんて引き受けてくれたんだから多少は言う事を聞いておくか。

 

「そうなの?」

「そうだ。だから今から王都へ行き、城へ行き、手続きを終えて引き返してまたメルチェーデ号に帰るまで勝手な行動は禁止だ。俺の傍から離れるな」

 

 えぇーっと。


「無理じゃない?」

「……ま、そうなんだけど」

 

 急に意気込んでいた様な態度を軟化させるとカイはダラっと背もたれに体をあずけた。

 

「基本的に、だ。俺も無理だって言ったんだけどアレ達の圧が凄くて」

 

 あぁ、アレ達ね。


 メルチェーデ号から離れる間際のリュディガーと船長の悪魔の様な顔を何とも言えない気持ちで思い出す。

 

「んで、一応エメラルドには言って聞かせるって約束させられたから話したけど。でも大袈裟でもなく基本は俺と行動を共にしてくれ」

 

 結局部屋の中は一人でいいけど食事等外へ行く時は一緒に行く。戻った時も部屋の中の確認はさせる、という約束をさせられた。

 

「他人で男の俺が部屋を見るのは嫌だろうけど少しの辛抱だと思ってくれ」


 面倒くさい約束をされた後、とにかく一旦お互いに休む事にしようとカイも自分の部屋へ行った。

 イーロが運んでくれた鞄を開けて備えてあったチェストに服を入れていく。着替えの枚数は少ないのでこの船旅中に何度か洗濯もしなければいけないだろう。そういえば洗濯物を干す場所ってあるんだろうか?

 メルチェーデ号では区画ごとに洗い場兼干場があったけれど、貴族が乗る様な船だって洗濯ぐらいするだろうから後でイーロにでも聞いてみよう。


 服を出し終わるともうしなければいけない事は無くなった。見回した部屋には嵌め殺しの窓が一つあるが高速で進む海の風景は全く変化は無く、じっと眺めるのも限界がある。


 はぁ、これが十日間続くのか。


 メルチェーデ号の部屋から見ていた景色だって似たようなものだったが何故かここからの景色は少し違う。そうか、目線が低いんだ。

 メルチェーデ号と違い高速艇はかなり小さい。だから海面がいつもより近くに見えるんだ。


「はぁ~」


 離れてからまだ一時間も経っていないのにメルチェーデ号でのことばかり考えてしまう。これが本で読んだホームシックってやつなのか?早すぎない?

 初めて陸へ行くのを楽しみにしていたのは本当だが、こんなに早く、しかもリュディガーが一緒でないなんて思いもよらなかった。


 不安、なのかな……


 そう思っているとドアがノックされた。カイかな?でもまだ夕食には早いはずだ。それとも船内を見回るとかするのかな?

 

 窓から離れ鍵を開けようとして手を止めた。メルチェーデ号で暮らしていた時だって用心していたんだからここで簡単に開けるわけない。


「誰?」


 一瞬間があき知らない声で返事がする。


「マグダよ。一号室の」


 声だけで色っぽい女性だと想像出来るちょっとねっちょりした話し方だ。こういうの聞き慣れてる。リュディガーを落とそうとする女達がこんな感じだった。


「何か用?」


 まさか見も知らぬ女の私を落とそうとしているわけでは無いだろうと、ドア越しに尋ねるとまた少し間があいて答える。


「ご挨拶に来たのよ。これから王都まで一緒なんだし、顔を見せてくれない?」


 んんん~、面倒くさいなぁ。でも確かに隣人といえば隣人なんだし女性の声だし顔ぐらい確認しておかなきゃね。

 仕方なく鍵を開けドアを開くとそこにはずんぐりとした筋肉質の色黒の男が自分より少し背の高い女の肩を抱いてニヤニヤしながら立っていた。


「あら可愛らしいわね」


 横にいたマグダらしき女は長い髪を後ろに払いながら妖艶に微笑む。ピッタリと寄り添っている男の肩に美しい顔を寄せ男の様子を窺っているように見える。


「ようお嬢ちゃん。俺はフランコだ、よろしくな」


 マグダを抱いている方とは違う手を差し出し握手を求めているようだ。


「はぁ、どうも」


 なんだか騙されたような感じで握手に応える気にはなれない。


「なんだ若いのに愛想がないなぁ」

「フランコを怖がってるのよ。あんた強そうだから」


 そう言ってマグダがフランコの胸板に手を滑らせる。いちゃつくんなら部屋でヤッてればいいのにと思い、ドアを閉めようとすると見かけと違い素早い動きでフランコが足で止めてきた。


「いやいやまだ話してる最中だろ?」


 顔を見せるだけで良いだろうと思っていただけなのに、女一人を装ったり目の前でいちゃつくとか会話が成り立っているとは思えない。これを話してる最中なんて言われても聞けるわけない。


「どいてくれる?」


 どうせ自分が納得出来なきゃ足を退かしてくれないだろうと思い切って部屋から出た。フランコとマグダは一瞬意外そうな顔をしたのでその隙に横を通り抜け隣の部屋の前まで行った。


「カイ、出番よ」


 ノックしながらそう声を掛けるとバタバタとする音が微かにしドアが開く。


「どうした?」


 出て来たカイに視線で私の部屋の前の二人に向けるとはぁ?って顔をする。


「もう問題を起こしたのか。大人しくしてくれっていったろ」

「なんで私のせいなのよ。あいつらが勝手に部屋に来たうえにドアを閉じさせてくれないんだから仕方なく保護者の仕事をさせてあげるんじゃない」

「……チッ」


 カイは何故か何の落ち度もない私に向かって舌打ちしフランコとマグダの方へ向かう。


「コイツに何か用か?」


 ちゃんとした大人のような顔をして問いかける。


「お前に用は無い。俺はその娘と話してたんだ」


 何故か凄むフランコに嫌そうに顔をしかめてこちらを見るカイに首を横に振る。


「話は無いそうだ」

「なんでお前が答えるんだ?」

「保護者だからだ」


 予想外の返答だったのか二人の時が止まる。


「いやいや無理があるだろう。お前がその娘の父親には見えねぇって」

「待ってよ、お兄さんの可能性があるわよ」

「お兄さん!?いやさっきコイツだって鞄持ってたぞ。兄妹で同時に特級を発掘なんてありえねぇ。まさか分けたのか?」

「えぇそんなのズルい!私も欲しい!」

「馬鹿野郎、分けなくたって一緒に居れば良いだけだろ」

「それもそうね」


 私達をそっちのけでイチャつきだす二人にもう用は無いだろうと横を通り抜け自分の部屋に戻ろうとすると腕を掴まれた。


「まだ駄目よ。お話しましょう、お嬢ちゃん」


 マグダがにっこり微笑んだ。



 あのまま逃げ切ることも可能だったろうが、これから船で十日、その後王都までの数日を共に行動しなければいけない。その事を考えある程度の関係性をハッキリさせておく方がいいだろうと、四人でロビーへ向かった。


 フランコは手ぶらだが私とカイは特級ケースをそれぞれ持参していた。特級ケースは肌身離すなというのが船長からのお達しだからだ。


特級ケースそれ持ち歩いてるのか?そんなに警戒しなくても部屋には鍵がかかってるぜ?」

「そうよ、二人とも随分気が小さいのね」


 船長室にあったのより高級そうなソファにキラキラしいガラステーブルをはさみ向かいに座るフランコとマグダが面白そうに私達を見ている。

 私は二人の言葉には何の反応もせず、カイがやったように特級ケースを足元に置いた。するとさっきブレスレットの操作をした時にカウンターの中にいた黒服の男がスッと近づいて来た。


「いつもの二つ」


 フランコは慣れた感じで男を見もせず注文した。私達より数日前にきただけのはずなのにかなり慣れた感じだ。きっと毎日ずっとここで酒を飲み倒していたのだろう。

 注文を受けた男はフランコに黙って頷くと私達の注文も受けようと視線を向けてきた。こんな場所でこんな風に何かを注文するなんてしたこと無いんだけど、どうすればいいんだろう。




 

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