第29話 出航2
イーロの後について客室に向かう為に階段を下りていく。
「あなた達の部屋は第三デッキの二号室と三号室だ。一号室には別の回収船から乗り込んできたフランコとマグダという発掘者がいる」
「へぇ~夫婦か?」
「いや、婚約中だって聞いてる」
「なるほど。特級を掘り当てて慌てて婚約者に食い込んだのか」
「ハハッ、だろうな」
カイはイーロと気軽に話しているが、私は初めての
高速艇の中はメルチェーデ号よりもゆったりした造りで通路も広く床には絨毯が敷き詰められている。階段の手摺も木製で手触りが良く滑らかな造りで装飾にも凝っている。いつもガヤガヤとうるさかったメルチェーデ号と違い静かで明るく清潔感があり綺麗だ。
そりゃこんな船が
「エメラルド、キョロキョロし過ぎて転ぶなよ」
遅れ気味だった私にカイが誂うように声をかけてくると隣のイーロがクスッと笑う。
「子供じゃないんだから……転ばないわよ」
年が近そうな男に笑われ恥ずかしくなってしまう。彼から見れば私は世間知らずの幼子のようだろう。
「先ずはロビーに寄ってもらうよ。そこでブレスレッドの登録変更をするから」
通路を進むと広い場所に出た。
そこにはメルチェーデ号の船長室にあった応接セットのようにソファセットが何組か置いてあった。部屋の片側にカウンターがあり、天井まである棚には沢山のグラスと酒らしき瓶が並んでいた。そのどれもが高級そうでキラキラと輝いているように見える。
「このロビーはいつでも利用可能だ。好きな時に来て軽い食事や酒が楽しめる。因みに無料だけど飲み過ぎるなよ」
発掘者の移動にかかる費用は国持ちだと聞いている。それはこの船から適用されているようで、きっとメルチェーデ号の幹部の食事より良い物が食べられるはずだ。楽しみだ。
「それから、こっちへ来てくれ」
イーロが私達をカウンターの方へ連れて行く。中でグラスを拭いていた黒服の男がチラリと視線を向けて来た後すぐに丁寧な手つきでグラスを片付け、次にカウンターの下から何かを取り出す。
「ブレスレットを外してここへ置いてくれ」
カウンターの上に置かれた装置はメルチェーデ号の船長室でも見たことがある登録装置だ。それは薄い箱型で、つるりとした表面の上部にブレスレットを置き下部の操作パネルで記録内容を確認したり変更することが出来る。
カイが自分のブレスレットを外し装置へ載せた。直ぐにイーロが操作パネルをパパッといじる。
「はい、じゃあ確認してくれ。良ければポイントをゴルに換金するの所をチェックして登録し直してくれ」
そう言ってカイに場所を譲る。
「えぇっと、名前よし」
そう言ってパネル下のキューブが埋め込まれている所へ指を置き魔力を込めた。するとピンッと小さな音がした。残高の確認には本人魔力が必要だ。
「これで、残高よし、大丈夫だな。で、ポイント換金と」
カイは確認するとパネルを操作しブレスレットの中に貯めていたポイントを陸で使えるゴルという通貨へ変える。ゴルはエルドレッドのみの通貨で他の大陸へ行くならまた換金しなければいけない。エルドレッドでは船で得たポイントはそのまま通貨として同じ価値があるが、他では違うと聞いたことがある。
もう一度キューブへカイが人差し指を押し付け魔力を込めた。キンッと金属音がし登録を終了する。
「次は、お嬢ちゃんどうぞ」
カイがブレスレットを回収し、イーロがにこやかな笑顔を私に向けて来た。
「面倒でもエメラルドって呼んでくれない?」
子ども扱いの
「名前を呼んでいいのか。そっちの方が嫌がられるけどな」
イーロの態度にへ?って顔をしながらブレスレットを装置に置いた。
後で聞いた話じゃ特級発掘者の中には金持ちになって爵位を買うやつもいるらしく、そういう奴は高速艇に乗った瞬間から平民の乗務員に気やすくされるのを嫌がるらしい。勿論名前も呼ばれたくないという態度だが、そもそも平民に家名は無い。なのでちゃんと爵位が取れるまではお嬢様とか奥様とか旦那様等と呼ばせるようだ。馬鹿らしい。
イーロがさっきと同じ様にパネルを操作し、私に場所を譲ろうとして一瞬動きを止めた。なんだ?っと思ったがそのまま確認する。
「えぇっと、名前、大丈夫。それから……」
残高を確かめる為にカイと同じ様にキューブへ魔力を込めようとしてふと名前の下にある一文に目がいった。
"特筆事項あり"
…………これってアレの事よね。こんなに大袈裟に追記する必要があったのかしら?
なんだか知らない人がこれを見れば私に何らかの警戒を抱かせるんじゃないかと心配になった。イーロは多分そこに引っかかったのか私とカイを交互に見ている。カイはすました顔でカウンター後ろの酒でも見ているようだ。でもここで詳しい事情を話すことは得策では無いと世間知らずの私でもわかる。
特級遺物の第一区分を持っていると知られれば命を狙われかねない。いや狙われるっしょ?
ブレスレッドの中には詳しい内容が記録されているが、それは一定の権限を持つ者しか見られないようになっている。私はそこから無言で残高の確認と換金の操作をし最後に魔力を込めた。金属音がし登録が終了した。
「じゃあ部屋へ行くぞ」
さっきの戸惑いが無かったかのようにイーロが私達を連れてロビーの奥へと連れて行った。
ロビーから少し離れた場所に客室があるようだった。手前から一号室、二号室と続く。部屋は廊下を挟んで六部屋あり他の部屋は使われていないと説明された。
「二号室は俺が使う」
カイがそう言いながら部屋に入ろうとせず、三号室に向かった。
「部屋の中を確認させてもらうぞ。保護者として」
わざとらしい無表情に違和感を感じる。
「え?そう、か。わかった」
イーロも深く追及せず変な雰囲気だ。
「鍵はブレスレットで登録出来る。今は無登録で解錠してあるからそこのキューブにブレスレットを当ててくれ」
ドアを開けた状態にし言われた通りにするとキンッと金属音がする。
「これで本人しか解錠出来ない。まぁ緊急事態には操舵室からの一斉解錠で開けれるけどな」
中に入ると思っていたより広い空間に驚いた。メルチェーデ号の船長室位ある広さにベッドと小さい机、テーブルとイスがあった。これまで使った事が無い高級品という感じでちょっとテンションが上がってしまう。
「うわぁ、ベッドがふかふかぁ〜」
早速腰を下ろすと柔らかさを確かめる。
「こっちが風呂と洗面所だ。その横がトイレ」
イーロが説明するとカイが次々と扉を開けて中を確かめていく。その様子がなんだかリュディガーのようだと感じたのは気のせいだろうか?
「おいおい、どこまで入り込むんだよ。保護者とはいえ女の子の風呂を覗くのは失礼だろ」
イーロの呆れた様子にカイが眉根を寄せる。
「誤解されるような言い方をするな。ただ何か不審な物がないか確認しているだけだ」
そう言ってベッドの下や引き出しの中までチェックしていく。
「不審物って大袈裟な。何も無いよ」
私が鼻で笑いながら言うとカイが真剣な顔を向けてくる。
「俺達がここに来るまでこの部屋の鍵は開いてたんだぞ。ベッドの下に誰か潜んでいてお前が風呂に入ろうと一人になった時に襲われたらどうするんだ」
「……そんな事ある?」
「ある」
「ごくたまに、ね」
「えぇっ、あるの!?」
馬鹿馬鹿しいと思っていたカイの発言にイーロまで同意した事にビックリ!
「この部屋は特級遺物を発掘した者が使うって決まっているからね。女の子が一人でいるって分かれば良からぬことを考える奴はいるよ」
自分のブレスレットでしか解錠出来ないとはいえ用心するに越したことは無いよと話すイーロの笑顔がちょっと怖かった。
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