第28話 出航1

 太陽が三十回昇ると一月ひとつき、それが十二月経つと一年。

 年の終わりになると皆が一緒に一つ年をとる。

 

 もうすぐ年末だ。私が成人するのは誰も親しい人がいない陸になるだろう。それを思ってか、オジジは前倒しで祝をくれたようだ。

 オジジの気持ちがこそばゆくて、私に押し戻された『ヴィーラント法』の本をぎゅっと胸に抱きしめた。


「ありがとう。オジジ」



 

 あっという間に時間は過ぎ、出航が迫った。

 

 荷物はリュディガーが持ってくれ、通路に出るとカイと一緒に甲板へ向かう。勿論オジジも見送るためについてきている。リュディガーが無言なのがちょっと不気味だけど。

 甲板には既にお貴族様達がいて私達が来たのを確認すると一瞥して高速艇に乗り込む為のタラップを下りて行った。

 

 高速艇は回収船であるメルチェーデ号よりかなり小さい為、船に横付けされクレーンで固定されている。甲板に設置されているタラップの横に船長がいて頑丈そうな黒い鞄を二つ手にしていた。

 

「早くここへ来やがれ。さっさと魔力を登録するんだ」

 

 これまでは鑑定も兼ねて船長が厳重に保管してくれていた遺物は、ここから自分で管理していかなければならない。移動中の紛失や損壊は自己責任になり、譲渡前に遺物を失えば決まっていたポイントも王都への道も消えてなくなる。

 

「じゃ、俺から」

 

 カイが持ち運び用の頑丈な鞄の中身を一旦確認した後、持ち手部分に埋め込まれているキューブへ魔力を込めた。するとそこからキンッと小さく金属音がした。

 

「完了だ。これでお前以外の奴には開けられん。次、エメラルド」

 

 カイの魔力登録が済むと鞄を彼に押し付け船長が私に視線を移す。

 

「ほれ……早く、しろ……」

 

 急に口籠りながら船長が鞄を差し出す。なんだか様子が変だなと船長の顔を見ながらカイのより少し大き目の鞄の持ち手を握る。

 

「バッキャロー!先にきっちり中身を確認しやがれ!」

「あぁ、そうだった」

 

 船長に気を取られ手順を間違えてしまった。中身が空なら王都で大恥をかくところだった。まぁ、船長は意外と几帳面なところがあるから大丈夫だろうけど。

 

 鞄を開けて中にある二つの遺物を確認する。

 

「大丈夫よ」

 

 そう言って蓋を閉じ、持ち手をグッと握ると今度こそ魔力登録する為に埋め込まれているキューブに魔力を込めた。カイの時と同じく小さな金属音が鳴ると登録を終了した。

 

「いいかエメラルド。これからこの鞄を片時も側から離すな。食事にも風呂にも持ってくんだぞ。わかったか?」

 

 船長は両手で私の肩を掴み恐ろしい形相で話す。心配してくれているんだろうけど。いや怖いって。

 

「わかってる。トイレにも持ってくから」

「バカヤロー!年頃の娘が、そんな、そんな恥ずかしい事を口にすんじゃねぇ。グズッ……」

 

 声を裏返しつつ何故だか涙声で叫ぶ船長。

 まさか船長……私と離れる事を悲しんでるの?

 

「涙似合わねぇ。ちょっと可愛いけど」

 

 思わず零すと船長が頬を染めて顔をそむけた。それを笑顔で見ていると急に体をぐりんと反対に向かされ強い力で引き寄せられ硬い壁のような物に声が出てしまうほどぎゅむっと押し付けられた。

 

「ぐえっ!リュ、ディガー……く、苦し」

 

 力加減バカ男に不意打ちに抱きしめられ呼吸困難に陥りそうだ。さっきからずっと大人しくしているなと思っていたけどここで一気に爆発って感じだ。

 

「必ず直ぐに追い付く」

 

 私の訴えに少し力を緩めたが腕の中から解放はされず、抱きしめられたまま耳元で囁かれる。

 

「わかった。でも無理しないで。カイがいるから大丈だいじょうふぎっ!」

 

 リュディガーを安心させようと言った言葉を遮るように、再び私を抱きしめている腕に力が込められた。

 

「無理……死んじゃう〜」

「絶っっ対に直ぐに行く!」

「わかっ、わかった……から」

 

 リュディガーの背中を助けを求めるように叩くと漸く解放された。

 

 ふぅ~、肋がイキそうだった。

 

 ホッと息をつぎリュディガーの隣に来たピッポとも暫しの別れを告げる。

 

「美味いもん土産に頼む」

 

 軽口とは裏腹にちょっと寂しそうに微笑み、私の頭をポンポンと叩く。ピッポはいつだって優しい良い奴だ。

 

「わかった。私がいない間オジジを宜しく。本当にリュディガーが追ってくるなら一人になっちゃうし」

「心配すんな。任せろ」

「絶対に行く」

 

 ピッポの横でリュディガーが暑苦しく割り込んでくる。

 もう良いって。

 

 ふふっと笑いながら最後にオジジを振り返る。

 

「風邪引くなよ」

 

 オジジの言葉に何も言えなくなってしまいコクリと頷いた。


 直ぐに戻って来る。必ず戻って来る。

 

「行ってきます」

 

 やっとそれだけ口にするとタラップへ足を乗せた。振り返らずに大きなメルチェーデ号の側面に沿っているステップをカンカンと音を立てながら下りていく。後ろからカイも軽快に下りてくると高速船の甲板に並んで立った。

 

「ふぅ~」

 

 無意識に深く呼吸するとカイが私の肩に手を置いた。

 

「緊張してんのか?」

 

 まぁ、それもある。

 

「初めてメルチェーデ号の外に出たなぁって思って」

「えっ!そうか……そりゃそうなるな」

 

 元々陸に住んでいたカイにすれば生まれてからずっと、正確には拾われてからずっと船で暮らしていた私はかなり特殊な環境で生きてきたと思われているのだろう。

 

 ぐるりと首を巡らせ甲板を見渡した。メルチェーデ号とは比べ物にならないほど小さいとはいえ、三十から四十人程乗船出来る高速艇だ。後で船内を見回るつもりだがそこそこ暇潰しにはなるだろう。

 ここにはお貴族様達と護衛や世話係、船を操る乗務員、そして私達と同じ遺物発掘者がいるはずだ。


 私達が高速艇に乗り込んだ事が確認されたのか、不意に足元がふわりと揺れた。メルチェーデ号から切り離す為に少し浮かせていた船体をゆっくりとクレーンが降ろしていく。先程までメルチェーデ号の保護を受け船体の揺れを制御されていた高速艇がその影響から外れ、波を受けグラリとした。でも直ぐに自身の魔導エンジンを動かし始めたのか態勢を整えた。当たり前だがこの船も魔導具で保護され、揺れの軽減や魔物からの護りも施されているのだろう。


 ゆっくりと高速艇がメルチェーデ号から離れて行く。


 顔を上げるとメルチェーデ号の甲板から皆がこちらを見下ろしているのが見えた。初めて外から見たメルチェーデ号の大きさに圧倒される。私ってこんなに大きな船で生活してたんだ。

 ピッポが手を振ってくれ、その隣で湯気が出そうなほどの形相で私達を見ているリュディガー、と船長。


 だから怖いって。


 クスッと笑いが漏れた後、オジジの何とも言えない表情が見えなくなるくらい船から離れると、足元にエンジン音が響き一瞬クンッと体が揺れるとあっという間にメルチェーデ号が遠ざかって行った。


 俯き込み上げてきた涙を零さないように瞬きを繰り返す。鼻をすすって顔を上げるとカイが微笑みながら私を見ていた。


「大丈夫か?」


 口では心配しているように言ってるがなんだかムカつく。


「大丈夫に決まってる」


 プイッと横を向くとそこに見知らぬ若い男が立っていた。


「こっちだ」


 手慣れた感じでどうやら私達を案内してくれるようだ。手にはいつの間に積まれたのか着替えの鞄を持ってくれている。


「俺はカイだ。こっちはエメラルド」


 カイが気さくな感じで男に声をかけた。


「俺はイーロだ」


 ひょろっと細い体に猫背のイーロは先程わかれたピッポを彷彿とさせる。高速艇に乗船してるだけあって身なりは小綺麗でメルチェーデ号で発掘している人達よりも金がありそうだ。同じ船員でも貴族の傍で働くにはそれなりの格好が必要なのだろう。



 

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