第27話 回収部隊の貴族3
二人の貴族はヒュッと息を吸い込み二十面体の魔晶石に釘付けになった。
私は怖いくらい必死なその二人から目を離せないでいると船長がひと呼吸置いて話を続ける。
「鑑定の結果、こちらは第三区分外殻変容型、ポイントは二千万。そして……」
一つ目の特級を説明した後、もう一つを勿体ぶったようにゆっくりと指し示す。
「こちらは、恐らく第一区分。ポイントは王宮にて判断される」
「へ?」
魔晶石に釘付けになっている二人と、その二人に釘付けになっていた私が揃って船長を見た。
「ふむ、コイツはそんじょそこらの物とは部類が違う。ゼバルトも初見のようだし恐らく国の鑑定師達も見たことは無いだろう。だから国家魔導士団魔導研究所預かりになると思われる」
船長の言葉に部屋中の人々の目が再び私の特級遺物に向かう。
付着物を拭われ綺麗に磨かれた二十面体のそれは鈍い光を放ち鎮座している。それぞれの面にはやはり記号のような印があり、それは前にオジジに見せてもらった時より更に鮮明に浮かび上がっているように見えた。その文字のような記号のような印を見つめていると頭の片隅の奥深くから何かが浮かび上がる。
「……レプラハム」
誰かが小さく囁やく。
…………あれ?私の声か!?
「エメラルド、今なんて言った?」
船長が射殺すかのように私を見る。流石の私もちょっと引いてしまう。
「え〜っと、あぁ~」
自分で言っておきながら意味を持って吐いた言葉では無かった為、焦って固まってしまう。
「お腹痛いのかエメラルド?緊張してるって言ってたもんな」
カイが急に小さい子に接するような態度で私の肩を引き寄せポンポン叩く。見上げると微かに頷き何か合図しているように見えた。
「う、うん。そうかな」
有耶無耶な態度で俯くと船長が舌打ちした。
「もういい、さっさと部屋に戻って船を移る準備を進めてろ。出発は二時間後だ」
あまりに早い出発に驚いて顔を上げた。
「では失礼致します」
カイは知っていたのか動揺もなく暇を告げると私を連れて部屋を出て行った。
船長室のドアを閉めた瞬間、カイを見上げる。
「出発時間知ってたの?」
「そりゃな。貴族達は早く陸へ帰りたがっているから回収船に留まりたがらない」
「だからって、こっちだって準備があるのに」
口を尖らせながらオジジ達が待つ部屋へ向かう。
「準備ったって大したもんは無いだろ?着替えくらいだ。それだって陸へ着けば買い直すしな」
「買い直す?なんで?」
特級遺物を発掘して王城へ向かうにはそれなりの格好をしなければいけないらしい。そうじゃないにしても、大金を持った発掘者は陸へ着くなり先ず買い物へ向かい金をバラ撒きたがるそうだ。
「服にお金かけるの勿体なくない?」
私がそう話すとカイがクスッと笑う。
「俺が知ってる女の子っていつも可愛い服を欲しがってるもんだと思ってたけど」
「そう?私は貴方が知ってる女の子とは違うのね」
「あぁ、その子達よりずっと良いよ」
褒められてるのか貶されているのか良くわからない内に部屋の前に着くとノックをし鍵が開かれる。
「エメラルド、どうだった?」
ピッポがドアを開けるなり聞いてくる。特級の金額が気になるのだろう。
「オジジに聞かなかったの?」
鑑定はオジジがするんだから大体の目安は知っているはずだ。
「
普通は発掘した遺物は気安く他人には見せるものでは無いが勿論ピッポは上手く立場を利用して見ていたようだ。まぁ、こいつなら別にいいけど。
「そうなの。だから国家魔導師団魔導研究所預かりになるって」
私の言葉にピッポがうがーっと頭を掻きむしる。
「なんだよそれじゃ正確な金額はエメラルドが帰ってからしかわかんないのか!」
ピッポの姿が可笑しくてアハハッと笑っているとリュディガーが真剣な顔で見ているのに気がついた。もうすぐ私が行ってしまうことを心配しているのだろう。
「そんな怖い顔しないで。王城で鑑定ってことは思ったより時間がかかりそうだけど、金額が決定している方の特級のお金があるから陸の町で美味しいものでも食べながら時間潰してるよ」
勿論私だって不安はある。鑑定にどれほど時間が必要なのかもわからないし、全く知らない場所で知らない人ばかりの中に行かなければいけないのなんて初めての事だ。カイが仮の保護者って事は一緒に鑑定を待つことになるだろうが四六時中行動を共にするわけじゃ無いだろう。
何か暇潰しをするところがあればいいけど、それもどうやって探せばいいか検討もつかない。
でも不安な顔を見せては更にオジジもリュディガーも心配するだろうから無理に笑顔を作った。
「荷物はそこだ」
オジジがイスから立ち上がりこちらに近付きながら壁際に置いた鞄に目を向けて言う。
「ありがとう」
服はマギーが着替えさせてくれた時に用意してくれた物を鞄に詰めてくれていた。
「それから、部隊の高速船じゃ恐らくここから陸まで十日位じゃろ。その間は退屈じゃろうからこの本を持って行くと良い」
差し出された本の表紙のすすけた深緑色にドキッとした。
「それって
「あぁ、退屈凌ぎに丁度いいじゃろ」
受け取った本をパラッと捲ると後ろからカイが覗き込んできた。
「えぇ!それって」
「そう!古代語の本なの。しかも誰もまだ解読しきってないやつ!」
私は三歳からオジジに色々教わるようになって二年で普通の学習は終えた。普通っていうのは所謂一般知識の読み書きと計算、五歳からは歴史とか文化を学んだ。
それ以後はこの船の事に遺物の事そして色々な仕事について教えてもらい、最終的に私が発掘する事を選ぶと古代文明エウテティモスについて学ぶ様になっていった。
その中でも古代語で記された本は何より興味を惹かれた。
今手に持っている古代語の本を四歳で初めて見た時に、何故か私は表紙の文字が読めた。『ヴィーラント法』と書かれたその文字を声に出して読んだ瞬間オジジが驚いて持っていたってガラス板を落として割った。
それから何故読めたと問い詰められたり本を開きこのページを読めと言われたりで驚いたが、その時はまだ幼く普通の語録も足りてなかった為、読み解く事が出来なかった。
『ヴィーラント法』とは古代文明エウテティモス期の魔導具を再現、利用する上で現代の研究者にとって必須の物で、彼の時代の研究をする者が最終的に辿り着く本だという。
勿論既に原本は無いと言われ、現存する写本も僅か。今手元にある古ぼけた本も何人もの手によって研究され受け継がれてきた貴重な品だ。解読されていない古代語がどれほど正確に受け継がれているかは不明だがそれでも多くの研究者がこの本を欲しているという。
その『ヴィーラント法』が今、私の手の中にある。
「これはかなり古そうだな……」
カイはまじまじと本を見つめ鼻息が荒い。本が古いという事はそれだけ原本に近く内容の正確度が高いと言われている。勿論数も少なく大変高価な物だ。
「オジジ、凄く嬉しいけどこんな貴重なの持っていけないよ。無くしたり破ったりしたら大変だもん」
私がうっかり、つい、いや何気に読んでしまったあの時以来この本は見せてくれなかった。オジジは他にも古代語の写本を二冊持っていて、それは見せてもらっていたのでいずれ遠くない未来に見せてもらえるだろうと思っていたが、まさかこのタイミングで渡されるとは思って無かった。
「かまわん。ワシは自分で写した複製がある」
「いや、だったらそっちを頂戴よ。その方が安心」
渡された本のザラついた表紙をそっと撫でるとオジジに差し出した。でもオジジは首を横に振るといつもよりうんと優しい顔で私を見つめそっと髪を撫でてくれた。
「エメラルドが成人になる祝じゃ。遠慮せずに貰ってくれ」
感慨深そうに私を見る灰色の瞳が少し潤んでいる事に気が付いてしまい何も言えなくなってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます