第26話 回収部隊の貴族2

 お貴族様は船長室にいるようでドアの前に一緒に面接するカイらしき男が立っていた。らしきと言ったのは先程まで見ていた格好とはまるで違う姿だったからだ。

 

「遅かったな」

 

 こちらを向いた男は爽やかな雰囲気の好青年という感じだ。

 さっきまで私と同じ位ボサボサだった髪は櫛を通され整えられている。ベージュの軽めの上着に白い清潔そうなシャツと黒のスラックス。なんだか急に大人な感じに見えた。

 

「……あぁ、ごめん」

 

 いつもと違う姿に戸惑って何故か謝ってしまう。

 

「髪切ったのか?可愛くなってるな。スカートも似合ってる」

「ふぁっ!?」

 

 浴びせられた褒め言葉らしきものに顔が熱くなる。

 

「つ、つまんない事言わないで」

 

 兎に角何か言い返さないと落ち着かない気がして目をそらした。

 

「なんだ緊張してんのか?まぁ、黙って聞かれた事だけ端的に答えてろ。後は俺と船長で適当にやっとくから。いいな?」


 急に偉そうに仕切り出した事にカチンと来たが間を置かずドアをノックされ少し焦った。


「来たか。入れ」


 部屋の中から船長の声が聞こえカイがドアを開けた。


「失礼します」


 開けたドアへ向かって背中に優しく手を添えて押され部屋の中へ通される。一瞬戸惑ったが陸の育ちが良い家では貴族に倣って女性をエスコートする事があるらしい事を思い出した。


 船にいる荒っぽい奴等とは違うな。


 これがピッポのしたことなら何をするんだと思いっきり振り払っているところだ。本で得た知識が思わぬ所で役に立った。


「ぬ゙っ!……こっちへ来い」


 船長が私を見るなり凶暴な顔をした。何事かとカイが私の背に添えていた手をビクつかせていたがこれは見慣れた表情だ。私の着替えた姿にただ驚いているのだ。そもそもの厳つい顔がマシマシでかなり怖いが別段怒っている訳では無い。

 直ぐに持ち直し凶暴な顔を少し緩めた船長が自分の座る執務机の前に私達を呼ぶ。机の横には綺羅びやかな軍服姿の男が二人、私とカイを睨むように見ていた。

 

「お前たちだけか。もう一人はどうした?」


 並んで立つお貴族様の右側の眼鏡をかけた男が尊大な態度で視線を向ける。

 

 偉そうだが年齢はカイとそう変わらない二十代半ばに見える。回収部隊は危険が伴う外海に出る仕事だから貴族でも若い下っ端が多い。だからもしかするとカイより年下かも。

 

 奴等のこんな態度は珍しくない。そもそも女や子どもを見下す野郎は船にも大勢いるがこいつ等はお貴族様だ。平民で孤児など普通なら視界にも入れないだろう。


 けれど私達は今、特級遺物を発掘し国に貢献した民だ。機嫌を損ねれば遺物を他国に売ると言われる可能性もあるし、そうなっても無理に取り上げることは出来ない。遺物は発掘者の物だから。

 それでもこの態度なのは遺物発掘者であろうと平民に丁寧に接する謂れはないという事なのだろう。


「発掘者は私達だけです」


 カイは普通に眼鏡貴族へ答えた。怯む訳でもウザそうにする事もない平坦な態度が貴族と対するのに慣れている事がわかる。


「何を言っている?遺物が三つあるではないか」


 左側の貴族が眉間に皺でカイを見た。眼鏡貴族よりも更に若そうだ。


「私が一つ、こちらが二つ発掘したのです」

「何、二つだと!?」


 これまで一人で特級遺物を二つ発掘した事案に遭遇した事がないのだろう。この船でもレアケースではあるけれど無いわけではないが、若いから仕方がないかな。

 二人のお貴族様が揃って不審な顔で私を見る。


「しかもこんな小娘が?」

「男の方ではなくか?あぁ、媚びて譲ってもらったのか」

「ハハッ……ここじゃ碌な娯楽がないのだろう」

「確かに。多少幼くとも女として使える・・・のだろう。そこそこ整った顔だ」


 貴族達の言葉にゾワッと寒気が走った。首筋から腕に鳥肌が立つのがわかる。その瞬間にカイが私に背を向け貴族からの視線を遮るように体を横にした。表情は窺えなかったがグッと拳を握りしめた手が見える。


「てめぇ等いい加減にしろよ」

 

 ドスの効いた低い声が部屋に響く。

 お貴族様二人が体をビクッと震わせ船長を見た。


「こいつ等は特級遺物発掘者だぞ。そんな態度で他国へ逃げられてもいいのか?」


 いくらお貴族様とはいえこの場で一番偉いのは船長だ。国から回収船を任されしかも回収率は常にトップ。船長モッテン・ルーマンといえばそこらの貴族だって一目置くという。


「い、いや、我らはそういうつもりでは無い」


 じゃどういうつもりなんだよ。


「そうだ、まさかこんな小娘、いや、女子が二つも発掘するなど聞いたことがないと思ってだな」


 己の知識の無さをひけらかすんじゃないよ。馬鹿じゃない?


「ケッ、珍しくもねぇ。小僧が初仕事で粋がってんじゃねぇぞ」


 船長の言葉に赤面する貴族二人。なるほど、そういうことか。平民は貴族に逆らう事など無いだろうから何を言ったってまさか国外へ行かれるなんて思ってもみなかったのだろう。

 確かに殆どの発掘者は国内で遺物を売り払っていたが、稀に他国へ行くやつもいた。そんな情報を知らず、発掘者の権利も無実化しているとでも思っていたのだろう。やっぱり馬鹿だな。


「おいどうする?エルドレッド国に遺物を売るのを止めるか?」


 船長が意地悪く私達に聞いた。私を庇ってくれていたであろうカイが振り返り、どうする?って顔で見てくる。


 確かにムカつくけれど遺物を売り払った後船に戻るつもりの私は売り先を変えるつもりはない。他国へ売るなら他国へ行かなければならず、それには余計な旅費や旅の下調べが必要になりかなり面倒だ。


 答える代りに首を横に振るとカイが変更はしないと答えた。

 それを聞いた若い方の貴族が何やら零していたが船長のひと睨みで口をつぐんだ。


「では確認を始めるぞ」


 船長の合図で皆が机の上に置いてある遺物へ目を向けた。

 

 綺麗な布張りの箱にいかにも高級な品だという風に包まれた遺物が置かれている。

 一つ目の品の布が広げられるとそこにカイの発掘した遺物があった。

 

「こいつはカイの特級遺物で間違い無いな?」

「間違いありません」

 

 なんだか白々しいやり取りだが貴族の前での確認作業だから仕方が無い。

 

「鑑定の結果、第三区分外殻変容型と思われる。ポイントは二千万」

 

 オジジが鑑定し、船長が価値を算出する。第三区分というのは魔導具の部品として利用できる最低ランクの範囲だ。その価値も一番低く遺物としても多く発掘されている。

 カイが発掘した物はその中では上の方、欠けがない完品なので高い評価がついた。これが欠損が激しかったり欠片だけだったりするとかなり低いポイントだったろう。

 

「ぉぉ、たったこれだけでか」

 

 若い方の貴族がボソリと零す。貴族といえば何不自由なく生きて来たなんて思われそうだがそうではなく。爵位持ちで領地持ちでもない限り金には苦労しているそうだ。名ばかりでも貴族である為に体面を保たねばならず内情火の車という所も少なく無いらしい。

 恐らく回収部隊なんて仕事を請け負っているところを見るとコイツ等も大した事ないのだろう。カイの遺物をギラギラした目で見ている姿は怖いくらいだ。

 

「では次、これとこれはエメラルドの遺物で間違い無いな?」

 

 船長がさっきの隣の箱の布を捲るとカイのような長方形の遺物が見えた。それを見て頷くともう一つが捲られる。


 ずいっと貴族達が一歩踏み込むのがわかった。

 

 三番目の箱の遺物は前二つとはハッキリと形が異なる多面体。

 現れた二十面体の魔晶石の塊に貴族二人が喉を鳴らした。

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