第25話 回収部隊の貴族1

 朝食後、何故かリュディガーがカイを連出し私はピッポと二人でいた。部屋から出してもらえず発掘にも行けず仕方なく二人で勉強でもするかと本を開いていたが内容は全く頭に入って来なかった。イライラと午前中を過ごし、お昼の少し早目にオジジとリュディガーがカイを引き連れ戻ってきた。

 

 昼食を食べながらオジジがこの後の手続きの話を始める。やはりリュディガーは一緒に行けないようだ。

 オジジは勿論ピッポだってついて来れず少しばかり不安に思っていると、なんとカイと契約を結び一時的な保護者として同行する事を聞かされた。驚愕し思わず向かいでふかふかパンをおかわりしている当人を睨むように見ていたら目があった。なんでコイツ?

 

「エメラルド、頼むから陸じゃ大人しくしてくれよ」

「はぁ?私がいつ大人しくなかったのよ?」

 

 出会って数日しか経っていないのに何を根拠に言ってるんだ?

 本気で睨み始めると突然カイが悲鳴を上げた。

 

「痛ってぇ!」


 飛び上がって向こう脛を押さえるカイ。

 

 あれ?まだ蹴っ飛ばして無いんだけど?


 不思議に思っているとカイが私の右隣りを見た。


「リュディガー!俺の足を折るつもりか!?」

「船の上では考えられない事故が起こるもんだ」

「何が事故だ。これは故意だろ!?」


 どうやらリュディガーが私よりも早く制裁を加えたようだ。流石だ。


「これくらいの攻撃を避けられなくてどうやってエメラルドを護るつもりだ?」


 あぁあ、攻撃って言っちゃってるよ。最近過保護が加速しちゃってるから。


「攻撃ってなんだよ!俺はエメラルドの保護者という立ち位置で護衛じゃない!」


 カイの返答に何故かオジジまでビックリした顔をしている。


「お前何を言っているんだ?保護者というのは自分の身を挺しても被保護者を汎ゆる攻撃から護るという存在で護衛と同意語だろ?」

「いや違う」


 呆れたカイが改めて私を見る。


「お前ら……いや、お前と一緒にするな。俺は常識の範囲内でしかエメラルドを保護することは出来ないぞ」

「常識の範囲内って、よくわからんが兎も角エメラルドを無事に船に戻す事がお前の役目なんだ」


 睨み合う二人だったが根負けしたカイが視線を逸らし「ちっ、予定外だが仕方ないなぁ。アイツを巻き込むか……」と零した。何の事か尋ねようと思っているとノックが響く。


「む、時間だな」


 オジジが頷きピッポが扉を開けると大荷物を抱えたマギーがずいっと部屋へ入って来た。


「まだ食べてんのかい?時間が無いんだからさっさと切り上げておくれ!」


 私に向かってそう言うと呆れ気味に奥にある部屋へそのまま歩いて行く。幹部の部屋の造りはどれも似たようなものだからそこが私の部屋だって事は当然のようにわかっているようだが一体なに?


「エメラルド、早く顔を洗ってきな」


 戸惑っていたがオジジにも促されともかく言われるままに顔を洗って私の部屋で待つマギーの元へ急いだ。



 中では既にマギーが色々と準備をしていた。


「なんなのこれ?」


 何も無かったフローリングの床に絨毯を広げそこへ数枚のワンピース、ブラウス、スカート、靴に靴下を並べる。うわっ、下着まである。

 訳が分からない私の服を脱がせて下着まで剥ぎ取るマギー。


「ほら早く」

「ちょっと待ってマギー!なになになんなの!?」


 どちらかといえば小柄な私と、どちらかといえば大柄なマギー。しかも昔から何かと面倒を見てくれた彼女に逆らう事は至難の業だ。


「聞いてないのかい?相変わらず言葉足らずな野郎共だね。船長に回収部隊との面接に向けて小綺麗にしてくれって頼まれたんだよ」


 働き者のマギーは口も手も両方動かしながらアワアワとする私に次々と女性物の服を着せていく。


「はぁ?なんの為に着替えなきゃいけないの?」

「そりゃ……目立たない為だろ」


 マギーの言葉にぐっと口をつぐむ。


 私はアレ以来出来るだけ目立たず、しかも男みたいな格好を意識していた。なのにここに来て目立たない為に女の子の格好なんて笑ってしまう。


「そんな訳無いでしょ。これじゃ目立つに決まってるし、似合うわけない」


 私の言葉にマギーは少し困った様な何とも言えない表情をする。


「女の子のが女の子の服着てないと多少の違和感があるんだよ。まして陸から来た人達、貴族には尚更ね」


 マギーが持って来た鏡に映った自分の姿を見て胸の奥にどんよりとした黒い何かが渦巻いていく。

 ボサボサの短い髪に可愛らしい襟の白いブラウス。ふんわり広がる黄色いスカートは裾にヒラヒラしたレースが付いていて幼い頃に好きだったお気に入りのワンピースを思い出させる。


「ほら、そんな顔しないの」


 バンバンッと背中を叩かれ我に返る。


「あんたが目立ちたくないのはわかってるけど回収部隊のお貴族様は小汚い子どもより普通の・・・女の子の方が気に留めないと思うよ」


 確かにマギーの言う通りあいつらが思う普通・・である方が記憶に残らない気もする。


 この船にも女性はいるが男勝りの女冒険者でも完全に男のような格好ではない。私はまだ未成年だった事や捨てられた子だった事もあり様々な理由で男の子のような格好をしているんだと思われていただけなのだ。


「もう……マギーには敵わないなぁ」


 上手く言い包められてるような気もするが船長を含め皆が私を心配しての結果という事であれば従わざるを得ないのかも。


「でもこれじゃ浮いてるよ」


 ボサボサの髪をつまみ上げると鏡の中のマギーがニヤッと笑う。


「大丈夫、大丈夫。最近陸じゃ女性のショートカットも流行ってるって聞いたから」


 そう言ってハサミを握るとシャキシャキっと音を鳴らし整えだした。


 これはもう逃げられないわ。






「お待たせ。どうだい会心の出来だろ?」


 気恥ずかしい私の手を引きマギーが部屋の扉を開けた。

 皆がいるリビングに出ると、ぉぉ……と小さく感嘆の声が聞こえた。


「エメラルド、かわ……」

「可愛いだろ?短い髪だって切り揃えりゃそれなりに見れるもんだよ」

「スカートも良くにあ……」

「ちょっと痩せ過ぎだけどスタイルはいいからね、フレアスカートが良い感じだろ?」

「これだったら陸の奴等にも負けやし……」

「なんたってアタシの娘みたいなもんだからね。アタシの若い頃そっくりで大陸一可愛いに決まってる」


 オジジ、リュディガー、ピッポが何かを言おうとするのを遮りマギーは矢継ぎ早に私を褒めちぎる。


「ほらアンタ達も早くなにか言ってやりなよ、本当に男どもは口下手で仕方ないねぇ。じゃあアタシは仕事があるからもう行くよ。エメラルド、陸に行っても頑張んな」

「マギーありがとう。でも私、戻って来るから」

「そうかい、期待しないで待ってるよ」


 嵐のようにマギーは去っていった。私が戻ると言ったことはあまり信じてないらしい。まぁ稼ぎがあるのに船に戻るなんてあり得ないと思っているんだろ。

 マギーがいなくなり静まり返った部屋で、カイが居ないことに気づいた。どうやらカイも渋々ながら回収部隊との面接の為に着替えに行ったらしい。


 女の子らしい服を着た私に三人がそわそわしていたが落ち着く時間も持てないまま再びノックが響いた。いよいよ回収部隊のお貴族様からの呼び出しだ。


「じゃ、行ってくる」


 ドアへ向かう私にオジジが微笑む。


「あまり話すな。ボロが出るぞ」

「うるさいな。わかってるよ」


 振り返りつつ答えるとノブを握る手にリュディガーの手が重なった。


「出来るだけ急いで俺も陸へ行くから」

「え?そんな事出来るの?」

「船長がなんとか考えるって言ってた」


 もしリュディガーが本当に陸へ来てくれても私が乗る回収部隊の船は速さ重視の高速艇だから追いつく事は無いだろう。


「そう、帰りは一緒になるかもね」


 重ねられた手でドアを開け部屋を出る。

 振り返るとオジジとリュディガーが今生の別れを惜しむような顔をしている。


 いや面接が終わった後、もう一回この部屋に戻って来るからね。




 

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