第24話 リュディガーの憂鬱2

 不本意ながらカイを船長室へ連れて来た。

 

「リュディガーが怖すぎるんだけど。なんだよ話って」

 

 呼び出した時から嫌そうな顔をしているカイをイスに座らせ三人で取り囲む。コイツにエメラルドを任せるかもしれないと思うと不愉快極まりないが今は他に打つ手が考えられない。それならコイツをよくよく観察してエメラルドを任せるに値するかをここに連れてくるまでじっと見ていた。

 俺に比べて華奢だがスラリとして見栄えが良いと言える。薄い茶色の髪も少し上品に見え美しい金髪のエメラルドと並べば違和感ない感じがして他人が見ればお似合いだと評価されそうだ。それだけでムカツク。

 

「回収部隊の事は聞いてるな?」


 船長の威圧を滲ませる態度に少しピリッとした雰囲気になる。


「おいおいなんだよ?怖いんだけど」

 

 言葉とは裏腹に冷静な目で俺達への警戒を強めたように見える。

 なるほど、見た目より度胸がありそうだ。


「しらばっくれるな」

「はいはいわかってるよ。大物遺物と発掘した者を陸へ連れて行く船だろ?」

「そうだ、今回はお前とエメラルドだけだ」

 

 船長は机の上の箱を開けて中を見せながら話を続ける。

 

「こいつはお前の特級だ」

「おぉ、綺麗な箱に収められてるな」


 カイが嬉しそうに覗き込むとオジジがそれをよく見えるようにと少し押し出した。


「お前にはこれが何かわかるか?」


 カイはオジジの問に顔を上げ一瞬停止したがまた視線を自分の遺物に向けた。


「これはロストテクノロジーの魔導具の外側・・、つまり単純な魔導回路しか施されていない物だろう。多くの古の魔導具に応用が効く汎用性の高い代物だな」


 これまで見せたことの無い真剣な顔つきでスラスラと答えるカイに驚いてしまう。これじゃまるで……


「やはりお前はただの遺物好きではなく遺物の研究者じゃな。しかもそこらの上っ面だけのまがいもん・・・・・じゃない」


 オジジがそう言うとカイは嬉しそうに口角をあげる。


「やっと古代文明エウテュテモスの魔導具の研究第一人者、ゼバルト・ガーラントと遺物の話が出来そうだな」

 

 カイは嬉しそうに両手をこすり合わせ、自分の特級が入った遺物を押し返すとその隣のエメラルドの発掘した特級を指さした。

 

「こちらは何かおわかりになりますか?」

 

 急に表情を変えオジジに丁寧な言葉使いで質問を投げ掛ける。やっぱりこれまで見せていた姿とは違う研究者という一面があるのは確かのようだ。

 

「ふむ。詳しくは調べておらんが、恐らく魔導具の中心近くを支える部品じゃろ。お前の特級とは魔導回路の質が異なる」

「ん~、流石ですね。見ただけでそこまでわかるなんて凄いです」

「ふん」


 感心した様な言葉にオジジは鼻白む。それを見たカイも気分を害した様でもなく背もたれに身をあずけると腕を組み俺達を見回した。


「それで?」


 俺達がカイの知識を試す為だけに呼び出したのでは無いことがわかっているのか水をむけてくる。


「いちいち気に食わねぇガキだな」


 船長がギリッと睨みつけると多少怯んだがそれでも態度を崩さない。長年荒くれ共を抑えてきただけあって船長の睨みはそこらのチンピラなら一気に顔色を変えるだけの迫力はある。

 

「止めろモッテン。時間が無い」


 オジジが制すると船長はフンッと顔をそらした。


「お前にもあらかた予想はついとるじゃろ?エメラルド事じゃ」

「まぁ、そうでしょうね。ピッポと二人で結婚がどうのこうの話してましたから」


 あいつ等カイの前でベラベラと話しやがって!


「エメラルドは養子で船長預かりになっておるが、儂らが家族同然として育てた」

「血の繋がりが無いのは見ればわかります」


 カイのあっさりした言葉にエメラルドがいかにここで浮いた存在だったのかが知らされる。いくら目立たない様に暮らしていてもきっと他の奴等も同じ様に思っているんだろう。


「そうなら船長が正式な保護者なのでしょう?」 

「あぁ、じゃが船長は陸へは同行出来ない。同じ保護者を持つ兄妹のような立場でも成人したてのピッポでは何か起きた時の護りは弱い。そこでお前さんに陸でのエメラルドの後ろ盾になってもらいたい」


 ふ~ん、と、息を吐き何か考える様に目を閉じるカイ。

 保護者である船長が許可を与えればカイがエメラルドの一時的な保護者としての力を持つことは出来る。だがそうなれば陸でエメラルドが過ごす間、カイの意のままに扱うことが出来るって事だ。

 その事にムカつきが込み上げていると思わぬ言葉を投げかけられた。


「私のメリットは何でしょう?」


 一瞬何を言っているのかと思ってしまった。エメラルドに同行するのだからコイツは喜んで引き受けると勝手に考えてしまっていたが、よく考えれば確かにそうだ。陸の事を何も知らない未成年の娘を保護し王都まで連れていき契約を結ばせるなんて多少でなく手間がかかる。


「エメラルドは遺物を国に引き渡す契約を結んだ後船に戻るつもりじゃ。お前もここまで来てこのまま船を降りるつもりはないんじゃろ?無事にエメラルドを連れて帰れば古代文明エウテュテモスの遺物の研究に加えてやる」


 答えを聞いたカイがバッと立ち上がりオジジを見つめるカイ。


「本当ですか?」

「あぁ」

「約束ですよ?」

「どのみち契約書を作る」

「よしっ」


 願いが叶ったとばかりにカイは拳を握りしめていた。

 やはり最初からそれが目的だったようだ。



 

 早速二枚の契約書を作成しそれぞれ保管する。船長はギリギリまで契約に悪態をつき、サインしながらカイを睨みつけていた。よっぽど奴が気に入らないようだが気持ちはわかる。カイがサインしながらふと顔を上げる。


「このエメラルドに手を出さないって一文要ります?」

「「「当たり前だ」」」


 俺達の返答に何故か呆れた様子だ。


「午後一番に回収部隊の奴等と面談だ。体裁は整えておけよ」

「わかりました。あ、私が言う事じゃ無いですけどエメラルドは大丈夫ですか?」

「何がだ?」

「体裁ですよ。あんな男みたいな格好は不味くないですか?」


 確かに。


 一時停止しているオジジと俺と船長は同じ気持ちだったろう。


 女の子の体裁ってどうやって整えるんだ?


 何のアイデアも浮かばない俺達に救いの女神がドアをノックした。


「失礼するよ。回収部隊の事だけどあちらの船に待機している奴等から食料の補充を要請されたけど要求通り渡して良いんだね?」


 ドアを開けたのはこの船の食糧担当のマギーだ。コック長の妻で普段は料理を作ったり食糧の在庫を管理したり船の食に関する全般の責任者だ。本来は夫のダンが行うはずだったがマギーの方が上手くこなすし、コック長は尻に敷かれているので取って代わられたのだ。


「マギー!いいとこに来やがった」


 船長が手招きをすると胡散臭そうな顔でマギーが部屋に入って来た。


「また面倒事かい?」


 長い付き合いのマギーは船長に怯むことは無い。


「エメラルドが陸へ行くんだ。ちょっと小綺麗に仕上げてくれ」

「あぁそうだったね……わかった。ここじゃ大した事は出来ないけど出来るだけ可愛くするよ」


 マギーもエメラルドの事情をよく知っている幹部の一人だ。唯一女性幹部である彼女は母親の役目のような事を引き受けてエメラルドに接してくれていた為、エメラルドが陸へ行くのを寂しがっているようだ。


「マギー、可愛くしなくていい」


 船長の言葉にカイがため息と共に天井を見上げた。


 何か変だったか?





 

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