第23話 リュディガーの憂鬱1

「どうして駄目なんだ!」

 

 想定外の事に一気に体が熱くなる。

 

「チッ!デカい声を出すな。儂だって考えてる最中なんだ」

 

 船長と睨み合うと隣でオジジがため息をつく。

 

「少し落ち着け、騒いでも解決出来んぞ」

 

 思ったより早く回収部隊がやって来たのは偶然他の船へ特級を回収した帰りに連絡を受けてしまったからのようだ。向こうにすればついでだろうがこっちはいい迷惑だ。

 

 客室へ案内した貴族達は長居するつもりはないようで特級の確認ができ次第出発するという。この短期間では小細工する時間も無い。

 回収部隊には本人とその家族しか同行出来ない規則は知っていたがまさかそれが俺達の行く手を阻む事になるなんて考えもしなかった。

 

「お前がさっさとエメラルドをモノにしておけば良かったんだ」

 

 船長の言葉に心臓が跳ね上がる。

 

「な、な、なにを……」

「エメラルドはまだ未成年じゃ。無茶いうなモッテン」

 

 すかさずオジジが口を挟み力が抜けた。

 

「だがどうする?ピッポを押し込むか?」

「ピッポだってさほど陸に慣れてる訳じゃない」

「じゃあ、あのカイとかいうバカモンに任せるのか?まぁ顔はいいからエメラルドも喜ぶかもな」

 

 ムカツク気持ちを込めて再び船長を睨んだがどこ吹く風だ。

 

「そうなるかの」

「何言うんだオジジ!あり得ないだろ!?」

 

 数週間前に乗船したばかりの新規野郎にエメラルドを任せられるはずが無い。

 そんな事がわからないオジジではない筈なのにまるで船長と二人で通じているように頷き合っている。

 

「馬鹿だなお前は。カイは普通の奴じゃねぇ」


 そう言いながら船長の後ろに設えてある棚から箱を三つ取り出し机の上に置く。中身はエメラルドとカイの発掘した特級だ。


「乗船して二週間そこそこで特級を発掘する確率がどれほどかわかるか?」


 蓋を開け中身を見せながら船長が問いかける。

 確かにこれまでそんな話は聞いたことがないが、こればっかりは運が大きく左右する。ベテランでも見つけられない者がほとんどで勘なんてもんも当てにならない。

 だからこそ一攫千金を狙って人々が乗り込んで来る。


「あり得なくはないだろ?」

「いーや、あり得ないな。ましてこんな綺麗な・・・ブツなんて発掘出来る訳が無い。これは誰かの仕込み・・・だ」

「…………は?仕込み!?」


 理解が追いつかず混乱する。

 

 仕込みってどういう事だ!?

 誰かがわざとここで発掘した風に見せたってことか?それってつまりもともと特級を持っていたって事なのか。


 信じられなくて船長とオジジの顔を交互に見る。


「待ってくれ、カイがそれを回収場へ埋めておいたと思っているのか?オジジも?」


 特級といえば一財産の価値がある。それ一つで一生食いっぱぐれ無い代物を持っているのにこんな不便な生活を強いられる回収船に乗り込んできたっていうのか!?


「ふむ。カイ自身ではなく他の者じゃろうな。あやつ自身はエメラルドに付き纏っている以外怪しい動きは無さそうじゃ」


 それってオジジ達がカイの動きを見張っていたってことなのか。

 どうやら最初からカイを要注意人物として密かに目を光らせていたようだ。


 船に乗船する為の審査は基本的に来た時点で終わっている。しかし渡された資料を確認して船長が独自に目をつけ見張る場合もある。あからさまに素行が悪い奴は乗り込めないが狡猾な奴は色々な手段で紛れ込むからだ。


「カイの何が引っかかったんだ?」


 商人の息子で遺物好きで貰えるポイントを断り上手く上の者に取り入る強かさも持ち合わせている。奴が皆に見せている表の顔はそれだけだ。

 

「うむ、明らかに指摘出来る不安要素は無いが、あえて言えば綺麗過ぎる・・・・・身上書だな。いかにも怪しくない」


 船長がカイの身上書を引き出しから取り出し投げて寄越す。そこには数行だけの簡単な内容が載っている。家族構成、出身地、これまでの職歴。通常船に乗る奴等とは全く違うのは学術院に通っていたらしい事だ。


「本当に遺物の勉強をしていたんだな」


 遺物が好きで船に乗り込んできた事が裏付けされた感じがする。


「その辺は最初から使うつもりで記しているんじゃろ。つまり幹部狙いじゃないかと思った。この船は優秀じゃからな。取って代わりたい奴はいくらでもいるじゃろ」

「なるほど」


 俺達の話を聞いて船長がニヤリとして嬉しそうだ。船の評価は船長の評価だ。


「じゃが真っ先に近づいたのはエメラルドじゃった」


 一瞬にして不快感が突き上げる。


「オジジに近づく足掛かりのつもりじゃないのか?」


 オジジの孫である俺よりも女のエメラルドの方が御し易いと思われたのかも知れない。


「だったらまだマシだがな。エメラルド自身が狙いだったらどうだ?」

「すぐさまぶっ殺す」


 食い気味で答えると二人共呆れたようにため息をついた。


「そう簡単にいかないんだよ馬鹿が。そもそも何故エメラルドを狙っているかも不明だろうが」

「確かに」


 船長の言葉に頷く。


「これまでエメラルドの存在は出来るだけ目立たない様に扱ってきたが、人の出入りが激しいこの船に年頃の美しい金髪碧眼が紛れておれば隠しておくのは限界がある」

「「確かに」」


 オジジの言葉に俺と船長は深く何度も頷く。


「じゃがエメラルドの容姿狙いならこんな面倒な事などせずこれまで通り普通に申し込んで来れば済む話じゃ」

「は?これまで通りって……」


 エメラルドには何度か船を降りる奴等から養子や婚姻の打診があったらしい。


「お前に言えば大袈裟になるし相手の身の安全が怪しくなるからな。黙っておった」

「んなっ!」


 ぶつけようの無い怒りがこみ上げ歯を食いしばって堪えた。

 目に付くそんな輩は片っ端から撃退していたはずなのに水面下でそんなやり取りが行われていたなんて。油断した。


「エメラルドはまだ未成年なのにそんな変態野郎を見逃していたのか」

「成人まで待っていたら手遅れになると思ったんじゃろ。大金を稼いで船を降りる奴等が金と名声と女を手に入れようとするのは世の常じゃ」


 オジジがなんてこと無いように話している。気に食わないが全て断っているのだから思いは同じなんだと怒りを静めた。


「そんな事より回収部隊の奴等だ。カイを呼んで来い」

「嫌だ」


 船長が命じてきたが、カイの何を信じてエメラルドを任せようとしているのかがわからない俺はその場から動かない。


「ゼバルト!お前の所のガキは全く俺を敬っていやがらねぇ。どうにかしろ。ただでさえ時間が無いってのに」


 呆れながら船長がイスに偉そうにふんぞり返る。


「早く行けリュディガー。行かぬなら本当にエメラルドを頼る者もなく一人っきりで陸へ行かせなければならんぞ」

「だからってどうしてカイなんだ」

「アイツの狙いはエメラルドかも知れんがそれだけではないじゃろう。恐らく遺物に関わる何かを探っている。となればエメラルドを傷つけず大切に守ってくれるじゃろ」

「取引ってことか?」


 エメラルドを守る代わりにこちらが握っている遺物の情報をチラつかせる気か?

 俺の頭の中に例の特級遺物が思い浮かぶ。エンジンルームにある俺の特級・・・・。アレは陸には知らせていないこの船の秘密だ。


 

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