第21話 遺物回収部隊1
新しく回収物を入れ替えたばかりの日の鑑定屋は大忙しだ。中階にある鑑定デスクの前には長い列が出来ていて、いつもなら食堂へ直行する大勢の発掘屋がこの数日間は就業後ここで留まりガヤガヤとうるさくしている。
「早く俺のキューブを鑑定してくれよ!」
「うるさいぞ、お前はどうせただの石っころ持って来たんだろ!」
「何だとー!」
慣れない奴等や目利きが無い奴等がキューブとただの石の区別がつかないことは毎度の事で、下手すればキューブかどうか鑑定前の石を賭けの対象にしている時もある。
大物遺物を発掘した者はここで長い列に並ばなくても第二デッキへ行けば直接鑑定してくれる研究所へ持っていくことが出来る。まぁ私は前から鑑定に出さなくてもオジジに直接渡せば見てもらっているが。
カイはまだハッキリと結果は出ていないがアレは恐らく大物遺物。特級の可能性も高いからここでなく研究所へ行っても大丈夫だろう。
「カイ、そこ並ばなくていいから。行くよ」
鑑定待ちの列を眺めてうわぁ~って顔してた彼を呼ぶと嬉しそうな顔でついて来た。
「良いのか?」
「あんたのアレは多分そうでしょ。マルコが持ってったから上でオジジが見てると思うし。だからそのキューブも持って上がっていいよ」
どうせ結果は時間の問題でしょ。
私がカイを呼んだことでピッポがまた変な顔をしてる。
「俺は関係無いから」
「さっきからなんなの?」
三人で第二デッキへ向かう中、ピッポの一言が気になる。
「いや別に。ただエメラルドが急にカイに対する警戒を緩めた感じがするなぁと思っただけで」
「警戒を緩めるも何もカイのアレが大物遺物ならどうせ第二デッキへ移動でしょ?言わば隣人になるわけだし陸へ行くのも一緒になる」
このままいけば遺物の権利を国へ移す手続きをするために同じ遺物回収船に乗るだろう。
「なるほど」
「カイは陸での生活が長いから親交を深めておけば向こうで何かと使えるかもしれないでしょう?」
「それでか」
ピッポが納得した横でカイが嫌そうに眉間にシワを寄せている。
「そういう事を本人を目の前にして言うかな?」
本気で嫌がっている訳じゃなく仕方がないなぁという風なため息まじりだ。
「その代わりオジジと遺物について話が出来るようにしてあげるわよ」
「おぉー!伝説の鑑定師セバルドか、それはいいな。宜しく頼む」
交換条件がお気に召したのかカイは軽い足取りのまま第二デッキについた。
私の部屋の前まで来ると通路にオジジとマルコがいてカイに手招きする。
「来たか、鑑定結果が出たぞ」
マルコがオジジに促すように顔を向ける。
「大物で特級じゃ」
「……おぉ、やったー!これで第二デッキへ移れるな」
嬉しそうな笑顔を見せるカイの事をオジジが怪訝そうな顔で見ている。
「どうしたのオジジ?」
「うむ……」
何か考え込んでいるようで生返事しかしないオジジが気になるが取り敢えず部屋へ入ると回収箱を開いた。
普段なら一日で一個発掘出来るかどうかのキューブが半日で五個見つける事ができ、浮かれても良いはずだが特級を見てしまった後では感激が薄れる。
私の後に続いてオジジも部屋に入って来た。ピッポは食事を取りに行き、カイは幹部クラスへの移動手続きに向かったようだ。
「午前中のお前の大物遺物じゃが特級で間違い無い」
私やカイが今日発掘した形の特級大物遺物は古代文明の魔導具の一部、部品だと言われている物だろう。古代文明の魔導具は発見された部品を組み合わせれば再び使える事があるらしい。
同じ用途の部品ならとある方法を用いるとピッタリと組み合わされるとか。ただの大物遺物なら使い回しが利くが、その魔導具を動かす中心部分あたる部品は特定の特級遺物が不可欠らしい。
新たに特級を発掘したというのにオジジの顔は嬉しそうでも興奮気味でもない。
「何かあるの?」
私の問いかけにも反応が薄く、ピッポが持ってきてくれた幹部クラスの豪華な食事を前にしてもぼんやりとしている。
食べ終わりオジジはまた研究所へ行き、私とピッポはいつものように勉強していると、漸くリュディガーが帰って来た。
「遅かったね。何かあった?」
これくらい仕事が押すことは当たり前にあったがオジジの様子も変だったし少し気になってしまった。
リュディガーは少し視線を動かし「いや、いつものことだ」と最近ごちゃごちゃ煩かった彼が前のように素っ気なく答える。私は何が違うのかと部屋を見回しまさかと思った。
カイがいないからか?
「ごふっ!」
ピッポが何かを堪えるように口を押さえる。それをひと睨みしてリュディガーはシャワーへ向かった。
いいよね、ここにはシャワーがある!いつものくせでまだシャワーに入っていなかったが後で入るとしよう。
「そうだ、ピッポも入って行けば?」
ピッポだって発掘作業の時は三日に一度のシャワーだ。甲板や熔鉱炉の時は毎日使わせてもらってるはずだけど。
「おぉ、助かるよ。リュディガーの後でいいか?」
あまり遅くまでこの部屋にいることに遠慮していたのか、ピッポはあっという間にシャワーを浴びて帰って行った。
私も毎日シャワー時間無制限の感動を味わいリビングに戻るとリュディガーが丁度食事を終えたところだった。
「オジジはまだ仕事かな?」
これまでなら同じ部屋で仕事をしていたので気にならなかったが、今は研究室にいて姿が見えない事にちょっとした寂しさを感じる。
「帰る前に寄った時に遅くなると言っていた。気にせずもう寝ろ」
帰りが遅いと思ったら研究所に寄っていたのか。
「今日のオジジさ、様子が変じゃなかった?」
帰ったばかりの時も食事の時も何か考え事をしていたのか口数も少なかった。
「立て続けに特級が発掘されて忙しいだけだろ?」
リュディガーが食べ終えた食器を片付けドア横の棚へ持って行く。
何だか私の方を見ないようにしている気がする。
「何か知ってるの?」
「知らん。知っててもオジジが話さない事は俺も話さん」
むぅ、これは何かあるようだけど話してはくれないか。事情があるならもう少し待った方がいいのかも。
オジジはいつも何か問題が起こっても解決出来る目処がつくか方向性が見つからないと教えてくれない事が多い。中途半端な事情だけを知らせて私に心配をかけたくないと思っているのはわかるけど、リュディガーまでそのやり方を受け継いでいるからちょっと面倒くさいし疎外感がある。
「今からちょっと研究室へ……」
「駄目だ」
「同じ階だし……」
「もう遅い時間だし階は同じでも離れた区画だ」
言うと思ったよ。
今夜は諦めてもう寝よう。
早朝、響き渡る警笛で目が覚めた。
何か緊急事態か!?
起き上がり小さな窓から外の様子を窺うとこちらへ近付く船が見えた。
あの船体、遺物回収部隊の高速艇だ。まさかこんなに早く来るなんて聞いてない。
通常、大物遺物が発掘されるとその都度本国へ報告される。船と国を結ぶ通信用魔導具は特別な物で数も少ない貴重な道具だ。
キューブや鉄鋼のたまり具合に寄って船の方が本国へ向かう場合が殆どだが、稀に沢山の大物遺物が発掘されたり特級が出ると遺物回収部隊が派遣されることがある。
ベッドから出ると直ぐに着替え、リビングへ入ると居るはずの二人の姿が見えない。
「オジジ、リュディガー」
さっき響き渡った警笛が聞こえていないはずはないからベッドにいるはずはないが、一応声をかけたがカーテンの向こうからの返事は無い。部屋に一人で残されるなんて事滅多に無いのに。
直ぐに通路へ出るドアを開け研究室がある区画の方向へ顔を向けると隣の部屋から誰かが出て来ていてキョロキョロとしている。
「カイ」
名前を呼ぶと勢い良く振り返りこちらへ歩いて来る。
「おぅ、おはよう。なんか不穏な雰囲気だぞ。部屋にいた方がいいんじゃないか?」
「不穏って?」
私がカイの向こう側を覗き込むとさり気なく遮られた。
「なに?」
「さっきリュディガーが走って行った。そん時にピッポが来るまでエメラルドの部屋に誰も近づけるなって頼まれたんだ」
話をしている最中にピッポが研究室がある方から静かに走りながらこちらへやって来た。
「エメラルド、部屋へ入ってくれ。悪いなカイ、食事を頼む」
ピッポのいきなりの指示にカイは黙って頷いた。
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