第20話 お嬢さん2

 リュディガーが船長のお遣いで陸へ行く機会がこれまで数度あった事は勿論知っている。二、三日で済むこともあれば十日以上かかっていた事もあった。お土産と言って甘味を買って来てくれていたのでいつもそれが楽しみだったけど。

 

「お遣いで陸へ行ってお嬢さん・・・・の部屋へ行ってたって事?」

 

 ムッとした気持ちを抑えきれずに言った。

 

「違う!……いや、違う、事もない……けど、そうじゃなくて」

 

 しどろもどろに言い訳しているリュディガーが完全に否定もしないことに更にムカムカと腹が立ってきた。

 

「もういい!時間だし」

 

 立ち上がると勢い良く部屋から出た。

 

「おうっ!なんだよ、ビックリした」


 ビクつくカイを睨むように見る。


「仕事の時間!行くよ」


 回収箱を掴むとそのまま部屋を出て行った。


 第五デッキの回収場へついて発掘をしながらピッポが不機嫌な私からあれこれと話を聞き出した。


「そりゃそういう事もあるだろ」

「そういうってどういう事よ?」


 怒りにまかせてクワを振るうとザクッと深く食い込む。そのまま掘り返す様にグイグイとクワを揺する。


「船長の遣いなら報告だけじゃなく港以外の場所にも行って色々な情報を探ったりしてるはずだぜ。でなきゃ国内外の事情が手に入らないからな」


 回収船の船長はただ遺物を回収するだけじゃなく、それによってもたらされる利益がどれ程のものかも把握していないといけないらしい。でなければ鑑定に差し障りがあるし、船長や引いてはメルチェーデ号の地位にも関係してくるようだ。


 回収船にランクがあるらしいことは聞いていた。

 メルチェーデ号は国内で一番利益をあげる遺物を回収してきた最高ランクの回収船で、その船長であるモッテンは業界では一目置かれる存在らしい。

 ここじゃただ口の悪い依怙贔屓の激しいケチなオッサンにしか見えないけどね。悪人面だし。


「その情報集めをお嬢さんの部屋でするってあり得なくない?」

「いや、まぁそりゃ……そうだな。お前の言う通りだ」


 ピッポが途中で何かを諦めたように息を吐く。


「大体さ、私にお嬢さんみたいにしろっておかしくない?」

「ホントそうだな、おかしい」

「私はずっとこんな感じだし、別にリュディガーに迷惑かけてないよね?」

「かけてない、かけてない」

「それを何なのよ一体!」


 ムカつく気持ちは最高潮に達し振り下ろしたクワが一際深く刺さった。


「出たー!」


 直ぐ背後から大きな声が聞こえて驚いて振り返った。


「ほらコレ!絶対に特級だろ!?」


 声の主は勿論カイで。得意気な顔のその手には薄汚れた直方体が握られていた。


「デカい声を出すな馬鹿っ」


 ピッポがウザそうな顔でカイに近づく。ホラホラとピッポの目の前に差し出した物は確かに遺物っぽく人工物感がありありとする。

 ピッポは慎重にそれを見た後回収箱をカイに差し出しそこへ入れさせる。


「やっぱり大物遺物だよな?特級の可能性があるよな?」


 嬉しそうな顔で私達を見ているカイを私は複雑な気持ちで見ていた。ピッポを見るとやはりなんとも言えない顔をしていて、クワをその場に突き立てると監視屋のいる方へ走り出した。

 直ぐにマルコがやって来てさっきの大物遺物っぽい物を見る。


「まぁ、恐らく間違い無いだろ。どうするエメラルド?」


 マルコが判断を私に委ねてきたのには理由があった。

 カイが大物遺物っぽい物を発掘した場所が私のマークした場所から半径三メートル範囲のギリ直ぐだったからだ。


「あれ?俺出てたんだ」


 指摘するまでそこに気づいていなかったようにカイが言う。


「ってことはコレ、俺のかぁ!?」


 再び大きな声で叫ぶカイをもう止めようとは思わなかった。私のマークした場所の外で起きた事まで口をはさむ筋合いはない。


「えぇー、この場合どうなるんだ?俺の半径三メートル範囲の中がエメラルドのマークと重なるじゃないか!?」

「今まさにその事を話そうとしてるのよ」


 基本的に隣り合う場所で大物遺物が発掘された場合、範囲を決める権利は先に発掘した者にある。カイが発掘した場所は私のマークした三メートル範囲のすぐ外だから大物遺物っぽいものはカイのもので、彼には私に権利がある場所を除く半径三メートル以内の発掘権が発生している。


「外のは勿論好きにしてくれていいけど、カイはもうこっちに入って来ないで」

「えぇっ、急に見放すとか冷たくないか?」


 これまでだって別にカイに手伝ってくれと頼んだ覚えは無いのに何故そんな事を言う?


「見放すとかじゃなく貴方だってそこをもっと発掘しなきゃいけないだろうし、私だってまだここを手放すつもり無いんだから貴方に手を引いてもらうのは当然の事でしょう?」


 当たり前の事を言っただけなのにカイがちょっと悲しそうな顔をするのは何故だ?


「はぁ、ここで一緒に発掘をしていければと思ってたんだよ。俺は回収船ここに来れば遺物の詳しい話が聞けると思ってきたのに発掘屋の奴等はどれくらいのポイントが付くかの話ばかりで遺物自体には全然興味がない」


 確かにそうだ。私はオジジが学者だったお陰で色々な事を教えてもらえて遺物に興味を持って発掘屋になったが金を稼ぎに来ている奴等とそういう話をしたことはない。


「遺物の話がしたいならそれ持ってオジジに聞けばいいじゃない?それは貴方の物だから好きに扱えるんだし」


 カイがどれ程遺物に興味があるのか知らないが、私は昨日今日会った奴と大事な私の・・特級の話をするほどお人好しじゃない。


「まぁ、そんなんだけど、そうじゃなくて……」


 何か言いたげなカイはリュディガーよりも四つ年上の二十四才だと聞いたが少し幼く見える。大丈夫か、こいつ。


「とにかく、ここはカイの場所だな。しっかりマークしておけ、これは鑑定に出しておくぞ」


 マルコが私達のやり取りを面倒くさそうに眺めていたがそう言うと立ち去った。本来なら人任せにせず自分で鑑定に持って行く方が良いだろうがマルコなら大丈夫だろう。私達も発掘に立ち会っているし。


「じゃあ、続けるよ」


 カイの事は放っておいて私はピッポと作業に戻った。

 チラッと見るとカイは少しガッカリした様子だったがダルそうに自分のマークした場所の発掘を開始していた。特級の可能性がある遺物を発見したのに落胆しながら発掘するやつを初めて見たよ。変なやつ。






「モタモタするな!早く上がらねぇと閉じ込めっぞ!」


 いつものマルコの声が響き私達は発掘の手を止めた。


「イタタ……」


 やっぱり腰をトントンと叩いているのをピッポに鼻で笑われたが舌打ちだけで許してやると回収箱を持ち上げた。


「お疲れ〜、そっちはどうだった?」


 カイが満足気に声をかけてくる。最初こそ落ち込み気味だったけど、独りで発掘を開始して直ぐにキューブを幾らか見つけたのかはしゃぐ声が聞こえていた。私もキューブを数個発掘し、勿論静かに回収箱へ入れている。


「普通ね」


 軽く返事をするとカイが少し驚き目を見開く。


「まともに返事してくれるなんて新鮮だな」


 ヤバ、ついうっかり普通に答えてしまった。


「何よそれ」

「良いじゃないか、素直なエメラルドは可愛いぞ」

「はぁ?今そんなの関係なくない?」

「いやいや、こういう小さなところか少しずつ素直になっていけば良いんだよ」


 誂われたと思って睨みつけたらカイは普通に真面目な顔をしている。思っていたのと違う反応にちょっと拍子抜けする。


「あんた何考えてんの?」


 これまで船にいた奴等とは違うタイプの男に戸惑っていると隣でピッポが変な顔をしてボソッと零す。


「俺は知らねぇぞ」







 

 

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