第19話 お嬢さん1
ちゃっかりしている二人に昼食も私達の新しい部屋へ運ばせる事にして急いで普通の階段を第二デッキまで駆け上がった。
「オジジいる?」
鍵を開けて部屋へ入るなり声をかけたが誰もいない。
もうっ!いつもなら直ぐにオジジと話せたのに!
同じフロアになったせいで研究室で仕事をするようになってしまった事が今はもどかしい。だけど直ぐに鍵を開ける音がしオジジが帰って来た。
「オジジこれ見て!」
お帰りも言わずに回収箱を開けるとズイッとオジジの目の前に突き出す。
「なんじゃ、またなにか見つけたのか?」
オジジが驚きながらも素早く手袋を取り出してはめると発掘したばかりの板状の物を取り出す。
「ふむ……」
「遺物だよね?」
ほぼ確信を持っている私を見ていつものように胸ポケットからマイクロスコープを取り出してじっくりと調べる。
「遺物じゃな。特級の可能性もあるようじゃ」
「でもおかしいよね?」
オジジに特級と言われたからには鑑定に間違いはない。だけど嬉しさ以上に気にかかることがある。
「うむ、そうじゃな。キレイ過ぎる」
発掘されたばかりの遺物には例外なく付着物が多く付いていて、時にそのせいで見逃される事だってある。なのにこの遺物はちょっと泥を拭っただけで余計な付着物もなく既にキレイな状態だ。
「そう、それにね、これ表面近くの浅い場所から出たの。どうして気づかなかったのかな?あり得ないよ、昨日のうちにざっと探ったんだから」
半径三メートル範囲内を区分けして発掘するために表面を軽く均してから本格的に深く掘っていくのが回収場での一般的な手順だ。あれ程浅い場所にあったならその時に気づいていたはず。それに埋まっていた場所も簡単にクワが入った。
オジジが黙ったまま難しい顔をしていたが、その時ドアの向こうからリュディガーの声が聞こえた。
「どうしてお前がここにいる?」
思わずプッと笑ってしまう。またカイに絡んでいるんだろう。
「エメラルド、この事は一先ず誰にも言うでない」
皆が帰ってきたことに気がついたオジジが早口に言うと板状の特級(仮)遺物を手に自分のベッドのあるカーテンの向こうへ行った。
直ぐに部屋のドアが開けられ昼食を持ったピッポとカイがリュディガーに続いて入って来た。オジジは何食わぬ顔でテーブルにつき、今朝のようにテーブルに全員の分の昼食をのせると私も余計な事は口にせず皆で食べ始める。
昼食も幹部用の食事が食べられるようになったお陰でいつもの物よりレベルが上がっている。これまでは黒い硬いパン一個に肉が申し訳程度に入っているスープの二品が基本だったが、今目の前にあるのは白さ輝く上品そうな白パンと皿のど真ん中に肉が鎮座しているスープ、それに船では貴重な生野菜のサラダだ。
「パンが柔らか〜い、いくらでも食べられそうね」
まだほんのり温かいパンはこれまで滅多にお目にかかれなかったバターまで添えられている。これだけでお腹いっぱいになりたいくらいだ。
「今朝は通達が行き届いていなかったせいでいつものやつに果物がついただけだったけど、昼食からは本当に幹部用だからな。暫くは俺も良い飯にありつける」
機嫌良さそうにピッポがふかふかのパンを一口で頬張った。直ぐに手を伸ばした先は、おかわり用の別の皿の山盛りのパンだ。
「リュディガーもこれでお腹いっぱいに食べられるね」
ピッポに続いて二個目の柔らかパンにパクつきながら目を向けると向かいに座る彼に何故か鼻で笑われた。
「陸へ行くんだから少しはマナーを身に着けたほうがいいんじゃないか?」
「は?マナー?」
「少なくとも女がパンに食いつきながら話すのは船でさえ行儀が良いとは言えないだろう?」
これまで行儀にとやかく言われた事がないのに急に何を言い出してんだ。
「うるさいな、そういうリュディガーはどうなのよ?」
「俺は男だしな。お前よりは緩くても大丈夫なんだよ」
「何よ、急に
言うなりテーブルの下で彼の向こう脛を蹴っ飛ばした。
ざまあみろ、痛さで悶えるがいい……あれ?
「イッテー!!」
飛び上がったのはリュディガーの隣に座っていたカイだった。
「なんでカイの足がそこにあるのよ?」
「謝る前に文句かよ……本当にマナーや礼儀を学び直したほうがいいんじゃないか?陸じゃつまんないこと言ってくる奴も多いからな」
カイが足を擦りながら涙目で私を見て言った。
「なんで私が陸の奴らの言う事を気にしなきゃいけないの?」
「今からそれじゃ陸の生活に慣れるのに大変だな。どれ程の価値がある遺物を発掘したのか知らないけど、そこそこの生活をするだろうからそれなりの奴等と付き合わなきゃいけないんだぞ。一定のレベルに達してなきゃ誰も相手にしてくれないぞ」
「別にそれでいいよ。どうせ直ぐに帰るんだし」
「はぁ!?帰る?帰るってこの船にか?」
カイは足の痛さも忘れたように立ち上がると私の方へ身を乗り出して来た。
「私がここ以外どこに帰るのよ?」
こいつ案外頭が悪いのかなって思ったけどそういえば私が
ざっくりと事情を説明するとカイは驚いた後、眉間にシワを寄せた。
「そうか、そんな事情があるとは知らず言い難い事を話をさせてしまってすまなかったな」
ペコリと頭を下げる姿にこれまでただ遺物が好きな変な奴だと思っていた彼が急にちゃんとした大人のように見えちょっとビックリ。
「別にいいよ。昔からここにいる奴等は皆知ってる事だし、そんなに気にしてないから」
これは本当の事だ。私にはずっとオジジとリュディガーがいたんだから。
チラッと二人を見ると優しげな眼差しを向けてくれていた。なんだかこそばゆいや。
「だけどな、普通の奴等は遺物が発掘出来れば陸に定住したがるしその方が安全で穏やかな生活が出来るんだぞ。エメラルドはここでの生活しか知らないから今はそう思うんだろうけど、陸へ行ったら考え方が変わるかも知れないぞ」
カイの真剣な話し方にちょっとドキッとした。
「そういや今朝発掘した遺物は鑑定してもらってないのか?」
食事を食べ終わり皆でゆったりお茶を飲んでいるとカイが私を見て言った。
「さっき渡したばかりだしまだに決まってるでしょ。それにあんたには教えなくても良いって言われてるから言わな〜い」
オジジの言い方じゃちょっと深刻そうだったけれど、私は軽い感じで何も知らないよって答えた。
「えぇ~、まだその話し続いてんのか?頼むから俺にも教えてくれよ、遺物のことが知りたくてわざわざ回収船に乗ったんだぞ?」
「それはあなたの勝手でしょ」
素っ気なく言い放ち休憩すると言って自分の部屋へ逃げ込んだ。こういう時は別に部屋があるって便利だな。まさかここまでは来ないでしょう。
汚れた服でシーツを汚したくなくて、床に腰を下ろすとベッドにもたれた。
流石幹部の部屋だけあって床も安っぽい板が打ち付けているだけじゃなく、高級そうで黒光りする磨き抜かれた板ですべすべして手触りも良い。お金を払えばここに絨毯も敷けるらしいが今はそこまでする気は起きない。もし私の特級が相当な値をつけるなら帰って来た時に考えよう。陸には色々な物が溢れかえっていると聞くから買って帰っても良いな。
そんな事を考えているとノックがしリュディガーが入って来た。
「椅子もないのか?」
私の姿を見るとちょっと呆れたような顔をする。
「あるわけない」
ずっと一緒に暮らしているんだからわかりきっているはず。
「陸じゃ良いとこのお嬢さんでなくてももう少し部屋を整えてるぞ。船長に言って少しは融通してもらえ」
私の横にドカッと座ると同じ様にベッドにもたれた。
「はぁ?なんでリュディガーが陸のお嬢さんのお部屋事情を知ってるのよ?」
ムッとして問いただすとリュディガーは一瞬口ごもる。
「それは、俺はお前と違って時々船長の使いで陸へ行ってたから……」
船で集められた鉄鋼が一定量貯まると陸へ向かい下ろす作業が行われる。直接港へ船をつける訳ではなく沖に停泊し作業船をメルチェーデ号へ横付けし積み替えるのだがその手続きのために幹部の数人が陸へ向かうことがある。
その時を見計らって久しぶりの陸へお出かけするやつもいる。船でのポイントを金に替えハシャイで陸へ向かう人達をいつも不思議な気持ちで見送っていた。
陸にはそんなに楽しい所があるのだろうか?
だったらどうして船に乗るんだ?まぁ、大体が金の為だろうけど。陸で暮らすってそんなに金がかかるのだろう。
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