第16話 大物遺物2
オジジと一緒に船長モッテンの部屋へ向かっていた。船長室は第二デッキにある。
最上階の第一デッキには操舵室があり船に何かが起こった時に船長が直ぐに駆けつけられるようにとの事だ。
「やっと来たのか、遅かったな」
船長室に入ると豪勢な椅子にふんぞり返った偉そうな船長モッテンがパイプをくゆらせている。まぁ、船長なんだから本当に偉いんだけど。
白髪混じりの髭が顔の下半分を覆い極悪非道と思わせるに十分な悪人面だ。
「ねぇ、オジジとリュディガーも一緒に幹部クラスに移動してもいいよね?」
「……構わんが、ゼバルド!もっと俺を敬えとちゃんと教育しろと言っただろ。ろくに挨拶もしやしねぇ」
「すまんな。エメラルド、仮にも船長だ。体面があるから尊重してやれ」
オジジはそう言いながら部屋の右壁にある造付けの棚から木箱を取り出しモッテンの執務机に置いた。
「仮とはなんだ。儂はこの道四十年、ブルーズシーという広大な海を掌握し続けている回収船メルチェーデ号の船長モッテンだぞ!」
「船長、掌握は言い過ぎだよ」
私はオジジの横に並び立つと箱に注目する。
「生意気な小娘め!ちゃんと飯を食ってんのか?いつまでもヒョロっこいなりしやがって」
「そう言うなら食糧事情をもっと改善してよ」
「これ以上いい食材を使うと単価が上がるんだ馬鹿野郎!そうなれば払えなくなる奴が多くなる。そんな事もわからんのか馬鹿娘!」
「毎食の内容を変えるんじゃ無くて、時々取れ高が良い時用に自分へのご褒美感覚の特別なメニューを入れてくれって事だよ。デザート的なの」
「でざーとだと!?なんだその生ちょろい言葉は?」
「前々回に入って来た女の人が言ってたの『たまには甘いデザートでも食べたいわね』って」
「これだから小娘は馬鹿だって言ってんだ。そんな事はもう解決済みなんだ、近々食事とは別で嗜好品を販売する部門を開設するんだよ。皆の働く意欲も増すようにとようやく国からの許可が下りたんだ。わかったか!」
フンッと鼻息も荒く言葉使いも荒いモッテンだがそこそこ良い奴だ。
「もうそれくらいでいいじゃろ。これから暫くエメラルドは幹部クラスにいるからちょくちょく顔を合わせられるんじゃからじゃれるのは後にしろ」
オジジの言葉に船長がギロリと私を睨んだ。
「別にじゃれてねぇわ!おいエメラルド、面倒を起こすんじゃ無いぞ。何かあったらややこしくなる前に直ぐに言ってこいよ、まったく」
「わかってる、ありがとう」
プンスカ怒っているような顔をしているが本当に気に入ってる者には面倒見が良いんだから。
それより今は特級の遺物だ。
オジジが持ってきた箱を開くと例の遺物が白い布に包まれて収まっていた。
「うわぁ~、キレイにしたのを見たかったの」
鑑定前はほぼただの歪な石ころみたいだった姿を周りの付着物を取り除き薬品で磨かれたであろう
それをオジジが慎重な手つきで覆っている布を捲った。
「なに……これ?」
私はこれまでさほど多くの特級を見たわけじゃない。
発掘される特級の最上とされる代表的なのが箱型で箱そのものが古代の魔導具だったりその部品だったりでそれだけで価値があるもの。稀に中身が入っていてそれが古代文明の何か貴重な物だったりすると一生贅沢三昧で食いっぱぐれない。
よくあるのが色々なキューブが幾つも組み合わさった魔晶石や古代で使用されていたであろう魔導具の外殻部品で、これでもかなり価値があり今回私が発掘したのがこれに当たると思っていた。
だが目の前に出された物は片手で持てるサイズで丸い訳でも四角い訳でもない。多面体でそれぞれの面に何やら意味不明の記号が刻まれている。
「これは正二十面体、正三角形二十枚の多面体じゃ。よくわからん代物じゃが、魔力が内包されていることはわかった」
オジジは特級になるべく手を触れないように気をつけ布ごと箱から出し目の高さまで持ち上げた。
「魔力……ってことは魔導具ってことだよね……」
問い掛ける訳でもなくただ呟くとオジジが嘆息する。
「
人は何も意識しなくても僅かに魔力が漏れていることがあるというから、下手に魔力が特級に干渉しないための処置だろう。
「つまりこれ以上ここでは鑑定を進められんという事だな」
机越しに船長が気に入らんという顔で零す。
基本的にこの船では遺物が特級かどうか位の鑑定しかしない。オジジの経験則である程度の見当をつけて判断を下しているが最終決定は国の研究機関が下している。
「エメラルドは
船長が自分の顎髭を毟らんばかりに撫でつけているがこれは気に入らない事があった時のクセだ。
「勿論だよ。これまで一度も陸へ上がったことがないからちょっと楽しみなんだよね」
陸は遠目でしか見たことがないがすっごく広くて人も沢山いるという。あまり沢山だと知らない人だらけな。船じゃ半年置きに人の出入りはあるけど一ヶ月くらいで接する人は決まってくるもんね。
「陸じゃ俺の目が届かねぇから何かあっても助けてやれねぇんだぞ。わかってんのか?」
「わかってるよ、でもリュディガーがいるから大丈夫だよ」
オジジの手に握られている不思議な形の特級をまじまじと観察しながら答えた。
私が発掘した時に少し見えていた箇所は黒かった気がしたが今見ている特級は黒というより濃紺。光の加減で外側が薄っすら青みを帯びている美しい色だった。
「綺麗な色だね。こんなの見たことないよ」
「お前リュディガーを連れて行く気なのか!?」
急に立ち上がり持っていたパイプを落とす船長。
「はぁ?何言ってるの?当たり前じゃない」
私は呆れながらパイプを拾い上げて手渡す。
「私が行くのにリュディガーが行かないわけないじゃない」
「「…………」」
オジジと船長が無言で見つめ合う。
「確かにな」
オジジが頷くと船長も同意し、
「よく考えればお前がいなくなった後のリュディガーなんて想像も出来やしねぇ。っていうかしたくねぇ」
苦々しい顔で椅子に腰を下ろす。
そこへドアがノックされピッポが来た。オジジがさっと特級に布をかけて箱にしまった。
「荷物の移動が終わったぜ」
幹部クラスへの引っ越しが済んだらしく後ろにリュディガーと何故かまだカイもいる。
「リュディガーもいるのか、だったら丁度いい。エメラルドが幹部クラスにいる間お前も近くで寝泊まりしろ」
「とっくにそのつもりで荷物を運んでるよ」
「なっ!お前らなんの許しもなく勝手に決めるな。本来幹部クラスへの移動は俺の許可が……」
「許可は出とるじゃろ?リュディガーは昔大物遺物を発掘しとるし儂はそもそも幹部クラスじゃ」
船長室に微妙な空気が漂う。
「そうだったな。あの時はアレがアレで第四デッキで暮らすことにしたんだったな」
誰に言うでもなく船長がボソリと零す。
何のことだ?
「リュディガーが昔大物遺物を発掘したって初耳なんだけど!?」
私の記憶の中にリュディガーが発掘をしていたというものはない。ってことは私が拾われる前って事?
「その事は追々話す。それよりそいつは誰だ?」
船長が皆の後ろにコソッと立っているカイに気がついた。
「あ、どうも初めまして。カイです」
神妙な態度で挨拶をする。
「…………はっ、とっとと出て行け。お前ごときが入れる場所ではない」
カイの姿をジロジロと眺め船長が言い放つ。
「えぇー、俺はエメラルドの発掘の手伝いをしてるんですよ」
「だから何だ?お前は幹部クラスへの出入りも許されておらんだろ」
「いや、明日からの打ち合わせとか」
「いつもの時間でいいよ。じゃ、お休み」
何故かここへ留まろうと頑張っているカイを私があっさりと突き放すとピッポが部屋から追い出しドアを閉めた。
相変わらず良い仕事するね。
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