第12話 新規の男5

 発掘用の箱を棚から持ってくると、トレーを片付けたテーブルの上に置いた。

 

「ほら見て」

 

 両手で包み込むように持ち、黒いキューブが複数集まっているものに違いないと思っている物を取り出し付着物にまみれたそれをオジジに見せた。

 

「んん?なんだこれは……」

 

 オジジは早速マイクロスコープを胸ポケットから取り出し手袋をすると私の手から受け取りまじまじと鑑定を始めた。

 

「キューブ……と同じ質感、だが見えている部分が大き過ぎる。魔晶石……いやだが個々の集合体のような区分が無い。一体物なのか?」

 

 ぶつくさと自分の頭の中で組み立てている考えを口から漏らしている。これはオジジがかなり興奮している状態の時だ。


 大きな魔導具を動かす時に必ず必要な物が魔晶石である。これが動力の起点であり、ここへ魔力を送ることで魔導具が作動する。

 キューブは魔晶石の欠片の様な物であり、魔導具に合わせて色々なキューブを組み合せて作った物が魔晶石である。故に大きな魔導具には沢山のキューブが必要といえる。

 キューブは一個発掘されると同じ場所に数個見つかる可能性が高く、不純物と絡み合い塊で見つかる事もある。


 期待に胸をドキドキさせながらオジジの鑑定をじっと待っていたが一向に顔をあげてくれない。それどころかぶつくさと呟く言葉が止まらず最早私の存在を忘れているようだ。


「オジジ!」

「おぅっ」


 オジジは私が急に湧いて出たかのように驚いた顔をする。


「あぁ、すまんな。つい、じゃがしかしこれは凄いぞ」

「やっぱりそう?そんなに大きな黒キューブの塊なんてなかなか無いよね?一体幾つ入ってると思う?」


 辛抱たまらず身を乗り出すとオジジの前に置かれたキューブに顔を近付けた。


「いや、これはキューブではない可能性が高い」

「は?どういう事?この部分のツヤっとした感じはどう見ても黒キューブと同じじゃない」


 私は慌ててポケットに入れていたこの前発掘した初黒キューブを取り出し見比べた。


「うぅぅぅんっ、た、確かにちょっと今回のは透明感があるというか、奥行きがあるかのように見えるというか……」


 オジジの指摘通り僅かに違いが見られるが、私だって数年オジジの傍でキューブを見続けて来たんだから、ただの石とキューブの違いくらい見分けられると自負している。その経験がこれはキューブだって思わせているのに、違うってなんだ!?


 私がうんうん唸りながら考えているとオジジが深くため息をついて口を開いた。


「エメラルド、これは魔晶石の可能性がある」

「はぁ?魔晶石はキューブで作られる加工品でしょう。これは私が発掘したばっかりの物だよ?」


 発掘した色々なキューブを組み合わせて人の手によって魔晶石が作られる。つまりこれって……


「古代文明エウテュテモス時代の魔導具に使用されていた魔晶石という可能性がある」

「なぁぁぁぁーーーー!」


 驚き過ぎて声にならない叫びをあげて立ち上がると慌てて自分の口を両手で押さえた。


「エメラルド、急いで発掘現場に戻って発掘を続けろ。その近くに大物遺物が……」


 オジジがそう口にした瞬間、私のブレスレッドが侵入者を知らせる警報を発した。


 ピーピー、ピーピー!


 小さい音のはずだがやけに大きく聞こえ、心臓が跳ね上がる。


「ヤバいっ!」


 叫ぶなりドアへ向かい通路を走った。後ろでオジジが叫んでいる気がするが振り返る余裕は無い。

 通路を突っ切り梯子のような階段を滑り降り、行き来する人の間をすり抜けて中階から第五デッキへの階段を駆け下りる。


「マルコ!私の場所が侵入されてる!」


 階段横の椅子に座る監視屋のマルコに叫んで知らせるとそのまま走って向かった。監視屋へも警報は伝わっているだろうけどどうしても時間差が生じる。


「わかった!」


 マルコは慣れたもんで素早く壁に設置されているボタンを押した。すると回収場に大きくサイレンが響き渡る。

 マークされている場所への侵入をここに居る全員に知らせる為だ。サイレンが鳴ると皆手を止め辺りに目を配る。


 私は皆が注目する中、走ってマークした場所へ急いだ。近づくに連れ誰かが叫ぶ声が聞こえ、よく見るとカイが誰かに馬乗りになっているのが見えた。


「お前いい加減にしろよ!」

「何言ってる!?俺は何もしてない!離せよ、この馬鹿!」


 私が発掘していた場所で掴み合い泥だらけの二人。


「あんた達!そこで何やってるの!?」


 走ってきたせいで息が上がってぜいぜいしながら叫ぶと揉みあう二人が動きを止めた。同時にこちらを見るとそれぞれ叫びだす。


「俺は何もしてない!コイツがマークがあるのに勝手に入ってたんだ」

「何言ってる!手で掘り起こしてただろ」


 何だか見覚えのある光景だ。


「なんでまたあんた達なの?トミーとカイ」


 食堂で揉めたかと思えば仲良くなってたと思ってたのにまたこれだ。


「いや、コイツがここのルールを知らなくてマークの側にいたから注意したんだ。俺はこいつの世話を見るって言ってたしな。そしたら急に掴みかかって理由のわからんことを叫びだして」

「はあ?デタラメ言うな、お前がここに這いつくばって何かしてたんだろ!」


 お互いに罪をなすりつけ合っている。呆れていると他の発掘屋も集まり出した。


「待て待て、騒ぎを大きくするな。エメラルド、こいつは新規でまだルールを飲み込めてないんだ。ここは穏便にしてやれよ。別に何も掘り起こしてないみたいだし」


 トミーが私になだめるように言う。


「新規……そうねぇ?」


 それを聞いたカイが何か言おうとするのを遮るようにトミーが続ける。


「新規は誰も味方してくれねぇ。無駄に言い訳すんな、印象悪くなるぞ」


 そう言われカイが口ごもる。確かにどちらに信用があるかと言われればトミーだと答える人が多いだろう。トミーはもう三年も船にいる。乗船十日余りのカイとでは比べようもない。

 そうこうしている内にマルコがやっとやって来た。こういう問題は監視屋の仕事の範疇だがトミーがまた話し出す。


「あぁ、マルコ。悪いなカイがルールをよくわかって無くてエメラルドのマークした場所に入っちまっただけなんだ。何も取ってないし今回はもういいよ、だろ?エメラルド」


 いつものように親しみやすい感じでトミーが私に笑顔を見せる。反対にカイが気不味そうに俯く。


「確かに、カイにはこの前から迷惑してる」


 そう言うとトミーが口の端を少しあげた。


「まぁそうだろ。だけどコイツは悪いやつじゃないんだ。だから」

「そうね、ここでルール違反をハッキリさせてペナルティを払わせるのは可哀想かもね」

「だろ?エメラルドはわかってくれると思ってた。じゃあ解散だ」


 そう言ってトミーは膝の汚れをパンパンと払い集まった皆を追い払おうと手を振った。


「でもね、こういう事はハッキリさせないと今後の示しがつかない。私が舐められるのは嫌だから、マルコお願い」


 誰が先に侵入したか調べればブレスレッドで直ぐわかる。トミーが焦ったようにマルコを見た。


「もう調べてある。侵入者はカイだ」


 ここへ来る前にマルコが調べてブレスレッドの持ち主を確かめていた。


「ほ、ほらやっぱりカイだったろ?エメラルド、調べたってなったらカイがペナルティを払わなきゃいけないじゃないか。許してやれよ」


 明らかにホッとした様子のトミーを私は冷めた目で見ていた。


「確かにカイのブレスレッドが反応して警報が鳴ったみたいだけど、侵入者はトミーでしょ?」


 カイが驚いた顔で私を見た。


「俺を信じてくれるのか?」

「二人の姿をよく見ればわかることよ」


 二人共泥だらけなのは同じだけど、立ち去ろうとしていたカイはその辺に放おり出していたクワと箱を拾い上げ持ってる。それに比べてトミーは手ブラでオマケにブレスレッドもしていない。


「手ブラで這いつくばって見つからないように発掘するのは侵入者の常套手段、それくらい誰でも知ってる。ブレスレッドを外していれば決定的ね。さっさと立ち去ってブレスレッドを付けようとしてたかもしれないけど、どちらにしてもマルコは絶対に調べて船長に報告をあげるわよ。警報は鳴ったんだから」


 トミーは顔色を変えて立ち尽くしていた。


「クソッ、カイさえ来なければバレなかったんだ」


 こりゃ常習だわ。





 

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